第8話 我儘な妹は可愛さに全振り
「兄さん、私喉乾きました」
「そうか。俺の水筒にまだお茶入ってるから――」
「嫌ですよ、そんなばっちぃの」
「......。」
前も言ったけど、もっかい言っておこう。
俺と彼女は付き合っている。
俺の飲みかけのお茶がばっちぃと言われても、俺らは交際関係にある。
中村 千沙は一言で言ってしまえば、可愛いだけが取り柄の美少女。
具体的に言えば、可愛さだけを持って生まれてきた子で、その他諸々、人として持ち合わせるべき道徳とかそこら辺のものを、全て母親のお腹の中に置いてきちゃった子だ。
無論、これは俺だけの印象じゃない。
「おま、ばっちぃって......。俺ら付き合ってるんだよね?」
「交際しているかどうかは関係ありませんよ。なんで妹が兄の飲み残しを飲まないといけないのですか」
「いやだって喉乾いたって、お前が言うから......」
「妹が喉乾いたって言ったら、兄は近くの自販機やコンビニで飲み物を買ってくるのが常識ですよ」
なにその常識、初耳なんですけど。
とまぁ、俺と千沙はやや一方的であるが、兄妹というか交際関係にある。
そんな俺らは下校中で、二人一緒に並んで歩いているところだ。
俺は千沙の分の荷物を持ち、彼女は俺が荷物を持っていない方の手を繋いでいる。無論、手のつなぎ方は恋人つなぎだ。
で、なぜ俺は既に陽菜という彼女が居るのに、こうして千沙という少女と付き合っているのかというと――
「なぁ。今日って陽菜が俺の彼女当番だよな?」
そう、陽菜と千沙は“彼女当番制度”を下に、日付で俺の交際相手をどっちが担うか決めているのだ。
何言ってるかわからないだろう? こいつらと付き合って一年近く経とうとする俺も何が何だかよくわかってないよ。すごいだろ。
例えば、月、水、金、日曜日は陽菜が俺の彼女当番。その他の曜日は“千沙”。
もしくは四月十五日は千沙が彼女当番。一週間毎に交代することだってある。
そう、“彼女当番制度”というのは、陽菜たちが互いに納得のいくかたちで、俺と交際する日を決める制度なのである。
イメージ的にはアルバイトなどのシフト制勤務みたいな感じだろうか。
無論、そんな馬鹿げた制度に、彼氏の意見が入る余地は無い。
できるのは首を縦に振って、彼女たちのご機嫌取りをするだけである。
「そうですよ、今日は陽菜が兄さんの彼女でした」
「“でした”?」
俺の問いに、あっさりとした感じで千沙は答えた。
この際、『今日は陽菜が兄さんの彼女』という危ない発言は聞かなかったことにしよう。
「昼過ぎくらいに陽菜から連絡があったんですが、なんかあの子、今日は桃花さんと宿題を一緒にやるそうですね?」
「あ、うん。だから俺一人で帰ろうとしてた」
「はい。そこで陽菜が私に『今日和馬の彼女代わって〜』と」
「そ、そう」
「ちょうど私も今日は午前中に授業が終わりましたし、週末ですし、このまま兄さんの学校へ行って一緒に帰ろうかと思いました」
「すごい行動力」
「でしょうでしょう」
「そんなに俺のこと好きだったんだな」
「はい。大好きです」
「俺の水筒飲む?」
「ばっちぃから嫌です」
「......。」
そこは嫌なのな。
あと“ばっちぃ”って言うのやめてほしい。そこそこ傷つく。
まぁ、好きな人が口付けたからって、特別飲める理由にはならないか。
俺なら千沙の飲み残しのペットボトルの水を、ソムリエの如く味わってから『さっきチョコ食べましたね、水から薄っすらとわかります』とか決め顔でキモ発言かませるけどな。
やったら引かれそうだからしないけど、いつかやってみたい。
「あ、兄さん、そこに自販機ありました」
「はぁ。わかったよ。何飲みたい?」
「モン○ターで。ピンクの」
「......。」
あんま偏見は良くないけど、彼氏に色指定のモン○ター買ってこさせる彼女っていんのかな。
完全に顎で使われてる気がして仕方がないんだけど。
俺は呆れ顔で自販機の下へ行き、お目当てのドリンクを購入した。
買ったドリンクを千沙に渡すと、彼女は一言お礼を言ってからプシュッと開け、さっそく飲み始めた。
「ぷはー! エナドレ最高です!」
「さいですか。満足していただけたようで兄は嬉しいですよ」
「はい。これで今日は寝る必要無く、兄さんと朝までゲームできますね」
「あの、俺、明日の朝からバイトなんだけど......」
「? はい、知ってます」
「......。」
知ってて寝かせない気ね。うん。
美少女が今夜は寝かせませんって言ってきたら、普通はドキドキするもんなんだけど、千沙からは微塵もそんな気が湧かないや。
すると千沙は、もう満足です、と言って、エナジードリンクを俺に渡してきた。残りを飲めということだろう。
さっきは人の飲み残しをばっちぃのなんのと言ってたくせにな......。
俺は千沙からそれを受け取って、一気に飲み干した。
「うん、美味しい」
「私もそのエナドレ好きです」
「あれ、これ媚薬成分入っているの? 股間部分の血行が良くなってきたんだけど」
「それはプラシーボですね。“
「......お前、ほんとすごいよ」
「?」
俺のセクハラに動じない美少女、中村 千沙。俺の大切な妹で、交際相手だ。
帰宅するまでの間、俺は彼女と素の自分を隠さずに会話を続けるのであった。
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