第5話 俺の自慢の彼女、いえ、将来の奥さんです
「はぁ......俺、やってけんのかな......」
俺は溜息とともに、数か月前にやり取りした美咲さんとの会話を思い出しながら、そんなことをぼやいていた。
天気は晴れ。俺の心とは裏腹に晴天である。数日前から晴れ続きと、最近は安定した天気だからか、憂鬱な気分が晴れない俺であった。
そんな俺は本日の挨拶運動を終え、あと十分くらい経てば始まる朝会に向けて、教室へ戻ろうとしていた。
「おい、やっぱりあの噂って本当だったのか?」
「ばかッ! 聞こえるぞ!」
......。
今も校内に次々と登校してくる生徒たちの一部が、俺を見ながら陰でそんなことを話していた。
その噂というのは、俺が“ヤリチンクソクズ野郎”という、事実無根の噂である。
童貞なのに、この噂。
やりづらいったらありゃしない。
「ちょっと高橋さん! そんな所で威圧するように棒立ちしないでください!」
俺が天を仰いでいると、後ろから声を掛けられた。
声のする方へ振り向けば、そこには書記ちゃんこと佐藤 佳奈ちゃんが居た。
俺と同じく三年生になったからか、さらにお洒落し始めた彼女は、暗めの茶髪という染めた髪に加え、薄っすらと化粧をしている。
『この子可愛い?』と町中で誰かに聞けば、『まぁうん、そうじゃね?』と返ってくるような容姿の彼女である。
そんな彼女の片腕には、“生徒会役員”と書かれた黄色の腕章が付いている。
そう、三年生になった彼女も生徒会役員だ。
「あ、書記ちゃん」
「もう書記じゃないので、その呼び方はやめてください」
そうだった。書記ちゃん、ジョブチェンして副会長ちゃんになったんだ。
もう俺の中では彼女のことを書記ちゃんとしてインプットしているから、副会長として認識するのが難しい。
ちなみに彼女は今代の生徒会に入るつもりはなかったらしい。
が、元会長の西園寺 美咲さんがそれを許さなかったので、書記ちゃんは副会長へと昇任させられ、彼女は嫌々俺と生徒会役員を担うことになった。
ざまぁ(笑)。
「じゃあ佳奈ちゃん」
「下の名前で呼ぶなって言いましたよね?」
「今日も可愛いね。てか、シャンプー変えた?」
「あの、下の名前で呼ぶなって言うくらいには嫌悪感抱いているんですけど。なんでセクハラ決め込むんです?」
はは。セクハラじゃないよ。お世辞だよ。
“可愛い”って間違っても、化粧覚えたての副会長ちゃんに言えることじゃないよ。うん。
それくらい、俺もお前のこと嫌いだよ。
俺が生徒会長になったのは、こいつのせいでもあるからな。
ちなみに『シャンプー変えた?』という、自身に対して嫌悪感剥き出しな異性に言っちゃいけない言葉は、割と素で聞いてしまった。
だっていつもと違うの、すぐわかったんだもん。
「うわ。見てくださいよ、この鳥肌。高橋さんのせいです」
「うっわ、すっご。ってあれ? 脱毛してる? 肌綺麗だね」
「なんで畳み掛けてくるんですか?」
と、俺らが無駄なやり取りをしていると、不意に俺の名前を呼ぶ者がこの場に現れた。
俺を呼ぶその口調は若干強めで、同時に少女特有の高い声音でもあった。
「和馬! あんた私が作ったお弁当忘れてったでしょ!」
黒髪を後ろの方で結って、ポニーテールを左右に揺らす少女だ。
俺と目の前の少女の年の差はたったの一歳。それなのに、両者には圧倒的な体格差がある。
俺が同年代の同性と比較して、ややデカめってのもあるけど、それに拍車をかけるようにして、彼女は同世代の同性よりも小柄だ。
我が校の制服を着ているのに、JKであるはずなのに、JCと思わせるような身形の少女。
それでも“美”が付くほど可愛いのだから、眼前の美少女は必然的に目立ってしまう。
ややツリ目なところが愛らしく、ぷんすかと左右に揺らすポニーテールが特徴のこの美少女は――中村 陽菜。
俺の――
「あ、陽菜」
「『あ』じゃないわよ! せっかく私が作ってあげたのに!!」
「ご、ごめん」
遅刻ギリギリ、とまではいかないが、それなりに遅めの登校をした彼女は、高校二年生のひっぱいガールである。
ちなみにこの“ひっぱい”とは、“陽菜のおっぱい”という意味で、略して“ひっぱい”なのだ。
決して、“貧乳”の“ひ”ではない。ないったらないのだ。
そしてそんな彼女と去年から付き合っているラブラブカップルのうち、彼氏役がこの俺である。
「ちゃんと感謝しなさいよね!」
「おう。いつもありがとうな」
俺は彼女から、自宅に忘れたお弁当箱を受け取って、感謝の言葉を述べた。
この廃れきった古代文明【ツンデレ】をぶちかますのが、俺の彼女である。
「朝から校門前でイチャつかないでくださいよ......」
そんな俺らのやり取りを目の当たりにした副会長ちゃんが、まるで脂っこいものでも食したような顔つきになってぼやいていた。
すると、今度は陽菜が俺の横に来て、副会長ちゃんに物申した。
なぜか俺にぎゅーと抱きついてきて。
「なぁにぃ? 彼氏いないからって妬んでいるのかしらぁ?」
「っ?! は、はあ?! 私は別にそんなこと思って――」
「ないの? 無いのにそんな薄化粧して、お洒落しているの?」
「こ、これは、その、えっと......」
「はぁ。和馬が生徒会長やらないといけなくなったって言うから見逃してるけど、諸悪の根源である佐藤さんを許す気ないから」
「うっ。っていうか、敬語くらい使いなさいよ!」
などと、何も言い返すことができなくなった副会長ちゃんは、冷たい陽菜の対応に年齢差しか攻め手がないことを見せつけていた。
そう、今も尚、俺に可愛らしく抱きつく少女、陽菜は俺が生徒会長になったことを不満に思っている。
というの、今日みたいな挨拶運動があると、どうしても俺の方が朝早く家を出ることになるからだ。
で、俺と彼女は毎日じゃないが、半ば同居していることもあって、以前のように一緒に登校ができないという別の生活リズムが生まれたことに不満を抱いていた。
その怒りの矛先は副会長へと向けられたのだが......まぁ、自業自得だな。
俺はしゃがんで陽菜のひっぱいに顔を埋めるよう、抱き着きながら言った。
「うぇーん。副会長がいじめてくるよぉ〜」
「なッ?! 私がいつそんなこと――」
「ちょっと、うちの和馬さんをイジめるってどういうこと」
「具体的には、俺と話すと鳥肌が立つって理不尽を......」
「部分的に切り取って言うな!!」
「可哀想に......」
などと、校門前で馬鹿なことをしている俺らは、急に鳴り響いた朝会の予鈴に驚き、慌てて各々の教室へ走り出すのであった。
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