第4話 直談判は怒りから

 「会長! いったいどういうことですか!!」


 俺は生徒会室のドアを乱暴に開け、そう怒鳴りつけながら入室した。


 この部屋には生徒会長こと西園寺 美咲さんが、窓際の大きな机の上で、なにやら物をダンボール箱に次々と入れている様子が見受けられた。


 おそらく、もうすぐ生徒会長の座を次代の者に譲る彼女だから、その片付けをしているのだろう。


 ちなみにこの部屋には会長と俺以外に、見知った人物、生徒会副会長の男子生徒と生徒会書記の佐藤 佳奈ちゃんも居る。


 “生徒会副会長の男子生徒”は名前を忘れてしまった。


 黒髪メガネでキザったくて興味が無かったからか、書記ちゃんは一瞬で覚えることができたのに、副会長は覚えることができなかった。


 また書記ちゃんと俺は同級生だ。つまりは今年の春で同じく三年生となる身である。


 彼女は少し前からイメチェンしたのか、黒髪を少し重ための茶色へと染めていた。うちの高校は金や赤といった派手な色でなければ、髪を染めてもお咎めなしだ。


 そんな彼女はこの部屋の棚にて、なにやら書類を整理している模様。


 副会長はというと、巨乳会長と同じくなにやら片付けを行っていた。


 「まずはノックをしようか。部屋の中で異性が着替え中だったらどうするんだい」


 「尚更ノックしません!」


 「相変わらず清々しいほどまでにクソ野郎ですね、こいつ」


 などと、書記ちゃんこと佳奈ちゃんは、俺をまるで汚物でも見るかのような目で見ながら言ってくる。


 俺が生徒会室に直談判したのは、全校集会の出来事である。


 内容は新学期に向けて各先生からの話とか、校長の長い挨拶などといったものがメインだが、今回の集会はそれよりもインパクトのある出来事があった。


 俺、高橋 和馬を生徒会長にするという正気の沙汰とは思えない宣言を、目の前の巨乳会長がしたからだ。


 「会長!」


 「まぁ、少し落ち着きなよ。佐藤君」


 「はーい」


 俺が巨乳会長に訳を説明しろと催促すると、彼女は片付ける手を止めて、生徒会長専用と言わんばかりの一際格式高い椅子に腰掛けた。


 そんな彼女が書記ちゃんに合図を送ると、彼女はとある棚の下へ行き、そこから茶葉を取り出して、お茶を淹れる準備を始めた。


 一応、俺を客人として扱ってくれるみたい。


 が、俺は別に茶とか要らないから、早く本題に入りたい。


 「、ワタシはあともう少しでこの学校を卒業する」


 「え、ああ、はい」


 すると彼女が、なにやら感慨深い面持ちで語り始めた。


 ちなみに彼女が俺のことを“バイト君”と呼ぶのは、俺が会長の実家でバイトしているからである。


 まぁ、それはまた別の話だが。


 「結構楽しかったよ。ここでの学生生活。それなりに実績も残せたしね。満足と言ってもいい」


 「さ、さいですか」


 「そしてワタシが卒業し、新しい一年生が入る。ワタシの偉業を知る者は、生徒という枠組みで言うのであれば、二、三年生たちだ」


 「そうですね」


 「そこで思ったんだ。ワタシという完璧な人間を知る者からしたら、きっと次代の生徒会長も少なからず完璧を求められるんじゃないかと」


 「いや、そうはなりませんよ」


 俺は会長の言葉を即否定した。


 会長はちょうど運ばれてきたお茶の入った湯呑を書記ちゃんから受け取って、そのまま啜った。ズズッと。


 次いで書記ちゃんから俺に渡された湯呑には、お茶が入ってなかった。


 お湯だ。


 透き通るようなお湯が、お茶の代わりに湯気を立てている。


 「あの、お茶は?」


 俺が思わずそう聞くと、書記ちゃんは持っていたお盆を胸に抱いてから口を開いた。


 「茶葉が切れました」


 「息を吸うように嘘尽くのね、佳奈ちゃん」


 「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでください」


 などと、俺の言葉にぴしゃりと冷たい返答をしてくる書記ちゃんである。


 すると今度は、今まで黙っていた副会長が壁に背を預けながら、湯気の立った湯呑を片手に口を開いた。


 「ふっ。お湯も悪くないぞ?」


 「......。」


 ああ、あんたもお湯なのね。


 いやしかし理解し難いな。一般生徒の俺はともかく、少なからず色々と頑張ってきた副会長まで俺と同じ扱いとは。


 そんなことを考える俺だが、副会長の学ランからチラリと見える白シャツにプリントされたデザインを目にして思い出した。


 彼の白シャツに描かれているのは、某ニチアサのキャラクター二人の笑顔である。


 そう、副会長はアニメオタクなのだ。しかもオープンな方の。


 副会長が学ランの下にこんなもの着込んでも、生徒指導室に呼ばれないくらいには、うちの校則は緩いのである。


 「仮にワタシが決めず、このまま生徒会総選挙で次代の生徒会長が決まったとしよう。誰かが立候補し、もしくは推薦され、投票に応じて生徒会長の座を勝ち取るわけだ」


 俺がそんなことを考えていたら、会長が話を再開させた。


 「問題はその生徒会総選挙が行われるのが、ということだ」


 彼女はいったい何が言いたいのだろう。俺が会長をやらされる話にいまいち繋がらない気がする。


 ちなみに他の高校がどうなのか知らないが、我が校は二月に生徒会総選挙を行い、全生徒から投票をもって選ばれた生徒を次代の生徒会長とし、現役の生徒会長からその象徴たる記章バッジを、皆の前で受け取る。


 そうしてやっと全校生徒と現役の生徒会長から公に認められて、次代の生徒会長が決まるのだ。


 俺は巨乳会長自身の胸に付いている記章を見ながら、我が校の風習を思い出した。


 ついでにこんな感想も浮かんでくる。


 おっぱいデカいな、マジで。


 「ワタシがこの記章を直々に渡すということは、ワタシが認めたということ」


 「ですね」


 「なんも実績の無い、どこの馬の骨ともわからない、ただ投票だけで選ばれただけの未知な一般生徒を認めたということだ」


 「い、いや、まぁ、言い方はアレですけど、そういうもんじゃないですか」


 「ワタシはそれが恐ろしくて仕方がない」


 「......。」


 こいつ、腐っても生徒会長よな。


 完全に一般生徒を見下している感が否めないんだが。


 「本当は佐藤君に任せたかったんだけど......」


 そう言いかけて、巨乳会長が書記ちゃんを見つめると、彼女から即座に否定の言葉が入った。


 「わ、私なんかじゃ無理ですって! 西園寺会長の偉業を間近で見たからこそ、余計プレッシャーですし......」


 「と、言うんだ。困ったものだよ」


 などと、巨乳会長は全然困った様子じゃない雰囲気で呟く。


 今度は俺から聞いてみた。


 「で、なんで、そこで自分なんですか?」


 俺がそう聞くと、会長はニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。


 「だってバイト君、スペック高いじゃないか」


 ど、どんな理由......。てか、“無駄に”とか一言余計だろ。


 そんな俺を他所に、彼女は続ける。


 「図体もデカくてどっしりしているから、見た目でも頼られると思うよ。頭良いし、周りもちゃんと見ている。それになにより――このワタシが認めた男なんだ」


 い、いや、買いかぶりすぎでしょ。


 俺、本当にそんな人間じゃないから......。


 「納得いかないって顔しているね?」


 「そりゃあ当たり前でしょう」


 「でもこれは良い機会だと思うんだ」


 「“良い機会”?」


 俺が思わずそう聞き返すと、巨乳会長は自身のスマホを取り出して、映し出されたある画面を俺に見せた。


 そこには――


 「っ?!」


 俺が全裸で寝ている写真があった。


 健やかさが溢れる、産まれたときのありのままな和馬さんだ。


 「ワタシが所持しているこの写真を佐藤君が発見して、バイト君を“ヤリチン”と校内で言いふらしたから、君は“ヤリチン野郎”というレッテルを貼られてしまった」


 うっ。そうなんだよな。


 なんで会長が俺のこんな写真を撮ったのかは、今は置いておくが、書記ちゃんが事実無根を言いふらしたのは本当だ。


 俺、童貞なのにな......。


 そこから噂に尾鰭おひれが付いて、やれ生徒会長が俺に抱かれたとか、他校の生徒に手を出したとかなんとか......。


 今となっては付いたあだ名が、ただの“ヤリチン野郎”だけではなく、“ヤリチンクソクズ野郎”という、これでもかとオプションを付けたあだ名が俺に与えられてしまった。


 不名誉極まりないとはこのことである。


 そして当の本人である俺が童貞というのが、その事実を否定し難いものとしていた。


 世の男に聞きたい。『お前ヤリチンだろ』と言われたら、なんて返すのだろうか。色々とあるだろうが、ほぼ選ばれない回答として次がある。


 『いや、俺、童貞だから』だ。


 きっとそんな回答を選択した暁には、場は静まり返るに違いない。年齢を重ねるごとに言ったらヤバい言葉なのは明白だ。


 故に高校生という俺の立場でも、事実を口にすることははばかれる。


 俺がジト目で諸悪の根源たる書記ちゃんを見やると、彼女は何か思い出したかのように、棚から茶葉を取り出してお茶を淹れ直した。


 おせーよ。お茶なんかで俺が許すと思ってんのか。


 そんな俺を他所に、会長は続けた。


 「この噂を払拭するには、相応の行動を取る必要がある。わかるかい?」


 「......それで生徒会活動をしろと?」


 「そ。皆から誤解を解き、本当の君を知ってもらう。もちろん、バイト君が童貞という事実は伏せて、だ。そこは上手く動いてね?」


 「いやでも......」


 「それともなんだい。こんな噂が残ったまま、君はこの学校を卒業するのかい?」


 「......。」


 俺は黙った。


 別にそこまで生徒会長をやりたくない理由も無い。ただ絶対に面倒くさいだろ、と思っているくらいだ。


 「なに、別にバイト君の代になったからって、新しいことをやれとか、実績を残せと言っているわけじゃない。ワタシがやってきたことを繰り返せばいいんだ。。それはワタシによく付き合ってた君が知っていることだと思うな」


 「......。」


 俺の心を読まれている気分だ。


 巨乳会長は俺が黙っていることをいいことに、さらに生徒会長の魅力を伝えてきた。


 「メリットもある。特に先生たちからの印象が良くなるはずだ。それだけで......わかるね?」


 その先はご想像にお任せします、と言わんばかりに彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。


 はぁ......たしかにあの噂はどうにかしたいなと思ってたけど、まさかこんな形でなんて......。


 「わかりました。一応、視野に入れておきます」


 「ふふ。それにバイト君、実は君は生徒会長に憧れていたんだろう? 知ってるよ」


 「え?」


 何の話だ? 俺はたしかに西園寺 美咲さんすげぇ人だなって尊敬はしてたけど、生徒会長に憧れた覚えはない。


 だって面倒くさそうな役職だし。


 俺がそんなことを考えていると、巨乳会長は自身の胸にある記章に人差し指を当てた。


 「いつも、見てるでしょ?」


 「......はい」


 あ、いえ、おっぱい見てました。


 などと、失礼なことは口が裂けても言えない俺であった。

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