閑話・バ先の店長は部下のミスに気づかなければいけない
シオンとミサキが帰ったウミセンヤマセンのバックヤード
週報の作成が完了したのかタカシは誤字脱字のチェックしているようだ。
一方でパイプ椅子に腰かけスマートフォンをいじっていたカズマは、未だに足を組んでそこでスマートフォンを操作している。
「タカシさん週報おわったすっかー?」
この時もカズマはタカシの方を向いたりもせず画面を見たままで実に偉そうだ。
「うん。あと送れば終わりだね。」
ウミセンヤマセンは関東に系列店含め二十数店舗を構える小規模な飲食チェーンだ。
シオンが働く店舗はそもそも直営店舗だがタカシが買い取りフランチャイズ営業をしている。
そのためタカシはオーナー店長であり、ある意味で社長だ。
そんなタカシは38歳にして飲食歴20年超えの大ベテランだが、実はウミセンヤマセンで働いてる長さで言えば、カズマの後輩だ。
タカシは6年ほど前に妻の浮気が原因で離婚。
それまでは別の企業で社員として居酒屋の店長として、働いていたが息子の親権を得るため実家へと帰っていた。その時点で通勤が難しく退職。
地元で職を探していたところ中々いい場所が見つからず当時フランチャイズ展開を考えていたウミセンヤマセンのオーナー募集の求人を見て応募。
少ないながら出ていた退職金と浮気相手からの慰謝料で貯金にも手を付けずに済んだ。
またウミセンヤマセン初めてのフランチャイズ展開で実験的な運用のため初期の自己資金の金額が安くなっていたこと、実家に戻り生活費が浮いていたことも相まってオーナーになることができた。
そのオーナーになる際の研修先でアルバイトとして働いていたのが当時20歳のカズマだ。
30代前半という若さで実験的なオーナーにタカシが選ばれたのには理由があった。
高校時代のアルバイトや、高校を卒業して就職した飲食のキャリアのみならずその腰の低さや人当たりの良さが最終面接で社長に買われた。
そうして選ばれた当時のタカシは、研修中カズマに仕事を教えてもらっていたが、年齢や飲食歴は出さず、生意気な子がいるなと思ったが、仕事で見返せばいいとカズマや学生アルバイトにも常に敬語で下から入り信頼を得ていった。
一方のカズマは仕事ができないわけではなかったが持ち前の明るさと勢い…いわばノリだけで仕事を乗り切っていて今よりも適当だった。
よく話を聞かないカズマはタカシの研修を任された時もよく話を聞いておらず『なんかおっさんの新人バイト入ってきたっすね。研修とかだるっ。』などと社員に漏らしていたくらいである。
一年ほど働いていたカズマはフリーターで仕事はできていたので社員として雇う案が会社の会議で出ていた。
しかし責任感の無さや軽さ、いい加減さなどから先送りにされていた。
そこで会社の新しいプロジェクトであるフランチャイズ展開の際にオーナーの店舗研修として入ってきたベテランのタカシの研修を任せて、責任感を学ばせ成長させようとした。
結果的にはその成果はあまりでずアルバイトのままだったがカズマから社員になりたいという申し出がありタカシの後押しもあってしっかりカズマも変わったと認められ社員になった。
成長したカズマだが付き合いの長いタカシの前ではこのありさまである。
タカシは上下関係でがみがみというのは嫌いで、誰の前でもこういった態度ではなく、むしろそういった場ではしっかりしている世渡り上手なカズマを見ていたので特に注意した事はなかった。
「送信っと…そういえばカズマ君さ。」
誤字脱字のチェックを済ませたタカシはメールを送信した。
「うっす。なんかありました?」
カズマはスマートフォンを触るのをやめてそれを置くとしっかりとタカシの方を向く、タカシはたまにこうやってカズマに対して注意をする。
カズマは最近は少なくなったからと油断していたが何度も経験していたのでその雰囲気を察したのか姿勢を正した。
「今日って発注した?」
ウミセンヤマセンの発注は主にインターネットで客足の良くなる金曜日の仕込みに間に合うよう水曜日と週末で使い果たした食材の補充で火曜日には届くように日曜の基本的に二回だ。
現在店舗社員研修中のカズマはアルバイト上がりなので基本業務は完璧にこなせるが発注や予約等の管理がまだ弱い。
タカシはカズマが休みの時以外はそのすべてを一任していた。
もちろんサポートはしているし、確認もしているがその確認で日曜日の発注がされていなかったのだ。
何度も小姑のように細かくチェックして注意をするのもなんだが同じミスが三度目だった。
前回、前々回と自分で気が付かずに、タカシが代わりに発注していたため気が付かなかったのである。
「あっ」
言われた瞬間にすぐにカズマは気が付いたようだ。
「俺、すんません。多分先週とかも忘れてたのに店長が代わりにやっててくれたのに申し訳ないっす。今日は忘れないようにって思ってたのに…」
普段、タカシさんと呼んでいるカズマだがこういう時は店長と呼ぶ。
カズマはあきれるかと思いきや、先週の忘れに気が付いていたことに驚いた。
___________ただ多分、僕に報告して謝るべきだけどね。
と思ったが口には出さない。やっと芽が出そうなカズマをダメにしてしまうかもと思ったからだ。タカシの良いところでもあり悪いところでもある。
「とりあえず今日はやっておいたから気を付けてね。僕も若いころ忘れて怒られたことあるし、今は僕がリカバリーに入るからさ。多分納品される日が休みだし日曜日は休みの前日だから気が抜けちゃうのかな?」
ウミセンヤマセンがフランチャイズになる前からこの店舗で働いている古株というのもあってカズマ預かりでフランチャイズ店舗で研修をしているからいつかはこの店舗も離れてしまう。
本社から借りているような複雑な状態でタカシからするとカズマは取引先の社員さんだ。
しっかり育てなければと甘さとやさしさで揺れている部分があった。
「すみません。」
カズマはかなり落ち込んでいる。
それを見たタカシはカズマがだんだんとかわいそうに見えてきて別の話題を考えた。
「そういえば、宮島君さ。学校やめて社員になってくれないかなぁ本部のじゃなくてうちの社員にさ。」
自分でもひどいことを言ったと思ったタカシだが経験上、大学生アルバイトスタッフは、留年するスタッフはそのまま学校をやめて社員になることが多い。
ちょうどカズマがいなくなるんじゃないかと考えていたのでそんな話題が出てくる。
「どうっすかね?シオンは馬鹿じゃないっすからね。あいつが社員になってくれたら俺も楽できるんでありがたいっすけど…」
どうやらカズマも自分がいつまでもここにいるわけじゃないとわかっているようだ。
「そんなことより!美咲ちゃんとシオンどうなったっすかね?」
「どうなったってどういうこと?」
クスクスと笑いをこらえているカズマに何の事かと考えたがタカシに思い当たるふしはない。
「ええー、もしかして気が付いてなかったんすか?」
「今日、日曜だから多分美咲ちゃん終電逃してますよ?」
「あーもう…なんで君はそうやって蚊帳の中に蚊をいれて蚊帳の外で楽しむようなことをするのかなぁもう…」
「中野ちゃんか親御さんに連絡した方が良いのかな?」
本来年上で店長なタカシが考えて行動するべきである。
こういう恋愛事には弱いタカシだがミサキのシオンに対する気持ちは察していたので、頭を抱えて部下でありながら取引先の社員とも言えないカズマに意見を求める。
「あっはっはっはっはっは…」
タカシの妙の言い回しがツボにはまったのかカズマは先ほどまで怒られていたことも忘れて笑っている。
「もう、わらってるばあいじゃないでしょ…」
「だってシオンですよ?なんかあると思います?」
「…そっか、宮島君だね。」
タカシはカズマの大笑いに考えることを放棄した。
「そんなことより高橋さんが連れてきた面接の子どうするんすか?」
「あぁ、那珂川さんね。フリーターだし、とりあえず雇うつもりだよ。」
タカシは面接のときのことを思い出した。
「どうでした?かわいかったっすか?」
カズマは毎度こうだが職場で恋愛がらみのトラブルを起こしたことがないのでタカシはあまり気にしない。
「うーん。どうだろうね?僕はそういうのわかんないけど今時、髪も染めてないし三つ編みで素朴な感じだったけど顔立ちは整ってたんじゃないかな?」
前日は朝までこの日は昼から働いて疲れていたタカシだがせっかく早く帰れるというのにこうしてカズマと話しているうちに夜が更けていった。
------------------------------
最後までお読みいただきありがとうございます。
応援やフォロー大変励みになります。
良ければ簡単な感想コメント批評もお待ちしております。
誤字、脱字には気を付けておりますが教えていただけますとうれしいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます