続・後輩が終電を逃しているとか気づくわけがない
シオンたちが裏口から非常階段に出ると気圧差で室内に空気が流れ込む。
すると重い鉄扉がさらに重くなる。
シオンは両手にごみ袋を持っていたので扉に背を向けると自然と閉じようとする扉を背中で抑えた。
それを見ていたミサキはすかさずシオンからごみ袋を取り上げようとするがシオンは渡そうとしない。
しかしどちらにしろ両手が塞がったままでは鍵も閉められないので軽いほうをミサキに差し出した。
ミサキはただのゴミでしかないソレを嬉しそうに受け取る。
「はよ通れー」
「はい、せんぱいっ」
ごみ袋を持ったシオンで狭くなった隙間をミサキは通り抜ける。
通り抜けるときミサキからシャンプーの香りか香水の香りかいい匂いがしたとシオンは思ったがそれは気のせいだと、扉を閉じると施錠し階段を横にいるミサキを扉の方に追いやって、先に階段を下りた。
下りる途中、シオンより荷物が多くさらにごみ袋までもった小柄なミサキの方をさりげなく気にする。
ゆっくりではあるが特に問題なくついてきているいるようだ。
このときシオンは右手でごみ袋を持って脇に抱える形だったがミサキは両手で持ち前にぶら下げる形だ。
足元は見えていないかもしれない。
ミサキがいるのだから少し遠回りでもエレベーターで下りればよかったと気が付いたがここまで来て戻るわけにもいかない。
ミサキに渡したごみ袋を取り上げようと思うが階段の途中でそれをするのはかっこつけているようで嫌だし、急に止まってそれを行うのもなんだと思ったシオンは後ろから聞こえる足音に合わせてゆっくりと階段を下りた。
一階まで下りると階段の真下にあるごみ捨て場に向かうシオンはごみ袋をミサキから奪うとそこへ投げ入れた。
汚れているわけでもないがシオンはパンパンと手を打ち合わせて払うそれを見たミサキもそれを真似する。
そのままごみ捨て場からすぐのビル備え付け駐輪場へと向かう。
日曜日は24時までの営業のため終電の関係上近場に住むスタッフ以外は23時や23時半で退勤してしまう。
そのため自転車で通勤しているシオンは24時以降も残ることができるので重宝されていた。
駐輪場につくと定位置に停めてある真っ赤な自転車のダイヤルロックを外して引っ張り出す。
「ほんじゃ帰るかー」
少し呆けた間抜けな声でシオンは言うが反応がない。
_________あれ?ついてきてない。
いつもなら「はいっせんぱいっ」っと元気な返事が返ってきそうであるがもしかするとついてきてないんじゃないかと心配になり当たりを見回す。
すぐ後ろにミサキはいた。
「…美咲?」
なぜか俯いているミサキにシオンは声をかける。
「おい、美咲!」
反応がないので少しボリュームを上げてシオンはミサキの名前を呼んだ。
「えっ??あっ、みさきは元気ですよぉ」
何度か呼ばれていたのを察したか、ミサキはミサキなりの元気ですよっというポーズを取ろうと腕を振り上げる。
すると、手に持っていたコーヒーショップの紙袋を落としてしまった。
なぜかそれを拾おうとしないミサキを見るたシオンは自転車のスタンドを下して停めるとそれを拾いあげてミサキに渡そうとおもうが。
ミサキはそのまま肩を落として何やら落ち込んだ様子だ。
行き場を失った紙袋は自転車の前かごに置かれた。
シオンはミサキのこんな姿を見るのが初めてでいったいどうしたのかと心配になるがどうすればいいのかわからない。
「…ミサキ?」
先ほど声をかけた時より少し小さな声でシオンが名前を呼ぶとミサキは少しだけピクっと反応する。
このままだと電車が無くなってしまうかもしれないが、ただならぬ様子のミサキの言葉を待つ。
「詩音せんぱぁい…」
ミサキはシオンを名前を呼ぶ。あげた顔を見ると今にも泣きだしそうだ。
__________一体どうしたんだろう?
ミサキがシオンを名前付きで呼ぶのは珍しい何を言われるのかとシオンは不安になるがシオンはミサキの表情からは何も読み取れない。
「わたし、もう電車ありません。どうしましょ~う、うぅう…」
よくよく考えればすぐに気が付くべきだったとシオンは後悔した。
シオンの普段のオープンシフトは16時か17時~24時。
そしてミサキは、というと17時~23時半だが日曜日や祭日は電車のダイヤが変わるので23時だった。
この日、急きょシオンのシフトとミサキのシフトは交換していたがミサキ以外の三名のスタッフは誰もその事実に気が付いていなかった。
終電の時間の早くなる日曜日、ミサキは最寄り駅まで帰れる終電を逃していた。
「…ったくなんでいわねんだよぉ。」
シオンはどうにかできないかと頭を回転させる。
「だってだって、それは先輩と変わったから…」
ミサキはシオンのせいだと責めるような発言に気が付きそこで言葉を止める。
ミサキの言葉になんて自分は浅はかなんだとシオンは頭を抱えた。
シオンの都合で二人はシフトを交換していたがシオンはいつもの出勤時間を遅くしただけの感覚で残っていた。
ミサキはミサキでシオンから物事を頼まれたのがうれしく何も考えず交換してしまった。
出勤中には気が付いていたようだが、交換の話をしていた際に言わなかった自分が悪い快く引き受けたのに、帰らせてくださいなんてかっこ悪い。と、思い言い出せず、シオンのシフト通り24時まで勤務のつもりでいた。
帰りの事はできるだけ考えず誰かが帰っていいよと言ってくれるのを期待していたが店長のタカシや社員であるカズマ、シフトを変わったシオンでさえ気がついてはくれなかった。
唯一カズマだけは気が付いていてシオンにちゃんと送れよとニヤニヤしていたがシオンは一切気づいていなかった。
ミサキはなんとなくそれには気が付いていたがシオンを困らせてはいけないと言い出せずにいた。
こんなことになるならもっと早く言えばよかったと後悔しているようだが、普段明るく活発なミサキだが元々引っ込み思案で控えめな性格だったので言い出せなかった。
「あーもうおれのせいか、おれのせいなのかっ。すまん美咲!」
この通りと言わんばかりにシオンは平謝りするがその先のことを考えると頭の中がぐるぐると回っていた。
例えば家に連れていく…レイジがいるから無理、そもそも付き合ってもいない。
それもこんな時間に未成年の女の子を家に連れ込むなんてできるわけがない。
そんなどうしようもないことを考えていると一つのアイデアが浮かぶ。
______________そうだ誰かに迎えに来てもらえるように頼めんでもらえば…
「誰かに迎えにきてもらったりできないのか?」
と聞くがミサキは「んーん」と首を横に振る。
ミサキの家はここから電車で約一時間ほどの場所にある。
地元はこの辺りだったが、二年ほど前に父の転勤があり、両親についていけばあと一年くらいで卒業できる高校を転校しなければいけなくなってしまう。
それを嫌がったミサキはわがままを言って何とか高校に通えないことはない父方の祖母の家で暮らしていた。
両親はここからは遠い場所に住んでるし、祖母はこの時間には寝ているし、そもそも祖母は車も免許も所持していない。
大学に入学して、たった半年のミサキの友達も車を持っているものは少なく、こんな遅い時間に頼れる人間はいなかった。
どうにもできないとしばし沈黙が流れるが先にミサキが口を開く。
「漫画喫茶とかカプセルホテルとかなんかそういうとこを何とか探してみます。わたし大丈夫ですっ」
というと、ミサキはスマホもありますしと首からぶら下げたスマートフォン手に取りそれをシオンに見せる。
だが、いつもと同じように笑うミサキだがどこか不安そうなミサキの表情を見た。シオンは自分のせいだというのに、はいそうですか、と、そのまま別れることができなかった。
シオンは下を向いて動こうとしなかった。
シオンが動かないのでミサキも動けずにいた。
「…先輩?」
完全に思考停止していたシオンの顔をミサキは心配そうにのぞき込む。
「んなわけにはいかないだろ!19になったばっかの女の子が無断外泊とか…それも満喫とかこんな時間にそんな危ないし…」
とっさにそんな言葉が出てくる。
実際危ないかどうかなどわからないシオンだったが自分のせいでミサキが不安になるのは嫌だと思いついた言葉をそのまま並べた。
「あっ、そうだミサキうちに来いよ!」
いい案を思いついたシオンはミサキにとってはとんでもないことを口に出していた。
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