続・ギリギリで出勤したのに偉いやつがいるなだなんて気づくわけがない

 「宮島君、君ねぇ…」


 口を開いたのは斉藤孝(サイトウ タカシ)38歳バツイチのシングルファザーでシオンが働くウミセンヤマセンの店長だ。


 アルバイトからは店長やサイトーさんなどと呼ばれ熊のように大きいが気は小さく実は愛されキャラだ。 


 遅刻ギリギリで急いでいたシオンはノックもせずに控室の戸を勢いよく開け放っていたため気まずくなる。


 普段であれば店長は遅刻ギリギリでも出勤時間さえ過ぎていなければ五分前に修正してくれる。悪い人ではないのだが今日は日が悪かった。シオンは頭を抱え込みたくなるがそれもできない。


 それもそのはず本部の社員…地区の担当SV(スーパーバイザー)の高橋(たかはし)が来ていた為である。


 「まあまあ斉藤さん、宮島君は、17時から出勤だろう?ギリギリだけど間に合っているし硬いことは言わないでもいいんじゃないかな。」


 思っていたのと逆に高橋が助け舟を出してくれるとホッとしたシオンは、ばれないように乱れてていた呼吸を整える。


 高橋の年齢は20代後半くらいだろうか、シオンより年上ではあるが少なくとも店長であるタカシよりは若い。だが、その立場から店内ルールなどに厳しく店長であるタカシより偉そうにしている。


 シオンは突然やってきてあーでもないこーでもないと指摘してばかりで店長も小うるさくなるからと、何もしていないとしか思えない高橋のことを疎ましく思っていたが今回ばかりは感謝した。


 ____________そもそもこいつさえ来てなけりゃ店長も小言なんて言わなかった思うけど、


 「高橋さんがそういうならいいですけど…ほら宮島君、中野ちゃんが一人でオープン作業やってるはずだから手伝ってあげてね。」


 タカシはそう言って早く出て行けと言わんばかりにシオンに目配せする。

 おそらくあの女性の面接中だろう。


 タカシの合図にシオンは急ぎつつ、いつもより丁寧にロッカーを開けるといつもは投げ入れてるリュックを置いて上着を脱ぐとロッカー内にあるハンガーにかける。

 

 店で着替えるスタッフも多いが長いアルバイトは家から上着の下に店のTシャツを着てくる。

 シオンもそれに習って同じように中に着て来ていたので遅刻ギリギリでしかも見知らぬ女性がいた今日は助かった。


 ロッカーの中にある前掛けを取り出してそれを腰に巻き付けると、シオンはタカシと高橋、それから女性の方に向かって小さく頭を下げると足早に控室を後にした。


 控室を出ると右側が裏口。左に行けばホールに出る。


 シオンは左にでるとほどなくして右側にあるのれんで仕切られた出入り口から中へ入る。

 そこがキッチンだ。


 そこにいるであろう、人物を探す。

 

 「あっせんぱぁい」

 

 声とともに小柄な女性がシオンに飛びつく勢いで小走りにやってくる。

 シオンはそれはいつものこととばかりにいなすと女性の頭に手を当てこれ以上近づけないように抑える。


 この女の名前は中野美咲(ナカノ ミサキ)19歳


 働きはじめて半年の大学生で人当たりも良く身長は152センチと小柄だが元気いっぱいの娘だ。


 ショートカットだがボーイッシュという事もなくウェーブのかかった髪が女性らしさを感じさせる。

 一般的に見るとかなりかわいい。店長とは別の意味で小動物的なマスコットキャラクターとして常連客やアルバイト、店長からかわいがられている。


 シオンも同様にかわいがっているが同じ高校に通っていたというバイト先だけではない後輩だ。

もちろん同時期に通っていたわけではないがその話を聞くや否やなぜか先輩先輩と懐かれてしまい毎度毎度会うたびに抱き着いてきたりして困っていた。

 

 しかしいつの間にやらシオンもミサキの対応には慣れていた。いつものようにハイハイとミサキの日本人らしからぬコミュニケーションに対応すると予約などの引継ぎ事項の確認をしていく。


 元気よく引継ぎ事項を伝えるミサキだが入って半年だというのにどんな作業もそつなくこなす。

 かなり要領が良く人柄も良い。


 この日のオープンはシオンだったが急きょオープンを変わってもらっていた。

 睡眠時間を一時間ほど減らせばオープンには問題なく間に合ったが、何時ごろ帰れるかわからなかったシオンは念のためにとミサキに出勤時間の交代を頼んでいたのだ。


 結果的には気が楽になる。


 居酒屋には色々な人たちが働いているが仕事のできるできないに加えどうにも相性のようなものが存在した。


 だれだれと出勤が被ると、提供のタイミングなどトラブルが発生したり予約席に飛び込みのお客様を通してしまうなどという事があったりと様々だ。

 そういうスタッフと一緒だと気が重くなるが、そういった物を感じさせないミサキと一緒なのでシオンは寝不足であったが、不満やいらだちを感じてはいなかった。


 「…っていう感じです!」

 

 引継ぎ内容を確認したがその日は日曜日で別段大きな引継ぎ事項はないようだ。

 日曜日だと早い時間に団体の貸し切りが入ることなどもあるがこの日は特にこれといった予約や引継ぎもない。

 シフトが薄めなので心配だったが、何とか乗り切れそうだ。


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