一緒に夏祭りに行くことが決まった私たちは、浴衣を買いに来ていた。実は私もしずかも夏祭りに浴衣で行くのは初めてだった。しずかが私と初めてを共有してくれることが 嬉しかった。


「着付けとかできるかなぁ」

「動画とか見ながら練習したら大丈夫だよ。できなかったら私が着せてあげるね」

「できるの?」

「お花の発表会は着物で行ってたから」


 そういえば、しずかが花道をやっていたという話は以前にも聞いたことがあった気がする。地元は私の地元と同じくらいに田舎だった筈だが、生まれ育ちは全然違う。

 彼女は見た通りのお嬢様で、箱入り娘だ。大学進学で都会に出ることも両親は難色を示したらしい。結果、真柴ましばとかいう人の善意に付け込んだ送り狼の餌食になったことを考えると、両親は正しかったのかもしれない。ただ、しずかに田舎に帰って欲しいとは思わなかった。

 これからも、側にいてほしい。友達で良いから。


「着付けはしずかに任せちゃお」

「練習はしておいてよ?」

「がんばりまーす。ねぇしずか、どれが良いと思う?」

「んっとね……」


 しずかは陳列を端まで早足に見ると、その中から一つを手に取った。

 紺地に大きな赤い花が描かれたものだ。


「これ、美月みつきちゃんに似合うと思う。絶対に可愛いよ」


  真っ直ぐに言うしずかに、私は少し恥ずかしくなって彼女の手から浴衣を奪い取った。


「試着行ってくる」

「一緒に行っても良い?」

「……うん。あっ、靴はどうしよう? 下駄履く?」

「私は履くつもりだけど、慣れていないと歩きにくいからサンダルとかでも良いと思うよ」

「でもしずかは履くんでしょ?」

「うーん……あ、じゃあ髪飾りはお揃いにしよ?」


 その台詞に、耳が熱くなるのがわかった。私がお揃いにしたがっていたことは、彼女に気づかれていたようだ。しずかはお揃いを恥ずかしいとは思わないタイプのようで、髪飾りは色違いのお揃いにしようと笑顔だ。この笑顔が私だけのものだと思うと、心が満たされた。

 いつまでも、辛い過去を乗り越えないで欲しいと思うのは、悪いことなのだろうか。



 *   *



 夏祭りの日、私はしずかを連れて実家に帰った。

 仕方ないが、私の部屋はエアコンが付いておらず暑かった。


「あっつ」


 私はエアコンを最強にして、手に持っていたハンディファンも最強にして机に置いた。


しずか、暑くてごめんね」

「大丈夫。うちの実家はもっと暑いと思う」

「九州だっけ?」

「うん。来年、遊びに来てね」


 しずかが来年も私と一緒に過ごしたいと思ってくれていることが嬉しかった。この部屋が涼しければ、ちょっとしたハグぐらいできたかもしれない。ただ、それをやるには暑すぎた。


 その後、他愛もない話をしたり、浴衣を着付けてもらったりした。

 西日が部屋に差し込んでくるといよいよ夏祭りという雰囲気で、私たちは部屋で浴衣姿のツーショットを撮って、妹がいるリビングに顔をだした。すると涼しい家を出る気がさらさらない妹が、ソファに寝転んだまま視線を向けてくる。


「へー。馬子にも衣装ってやつ?」

「それ、褒めてる?」

「姉ちゃんにしては可愛いよ。髪の毛とか、浴衣とか」

「……しずかがしてくれた」

「なるほどね。しずかさん、何もできない姉だけどこれからもよろしくお願いします」


 しずかは「美月みつきちゃんは頼りになるよ」と照れ笑いをした。そんなしずかの手を握る。彼女は少しだけ驚いて体を強張らせたが、「早く行こう」と手を 引けば大人しく歩き出した。

 鼓動がバクバクとうるさい。繋いだ手を通じて、この緊張がしずかに伝わってしまうのではないかと思うと余計にうるさくなった。




 祭りの会場には、この田舎のどこに隠れていたのだろうかというほどの人がいた。私はしずかとはぐれないようにと、来る途中に離してしまった手をもう一度伸ばす。するとしずかの手はするりと逃げ、私の浴衣の袖を掴んだ。


「ここ、持ってて良い?」

「うん。迷子にならないでね」

「うん」


 私が屋台に向かって歩き出せば、しずかもちょこちょこと付いてくる。彼女はきょろきょろと周囲を見回して目を輝かせていた。


「わぁ……」

「いつもお祭りでどの出店行く?」

「ごめん、私あんまり行ったことなくて……」

「じゃあ、どこ行きたい?」

「カキ氷! ブルーハワイ!」


 彼女の希望通りカキ氷で色づいた舌を見せ合ったり、大きなわたあめを二人で分け合ったりして、私達は祭りを楽しんだ。花火の時間をまった。


「そろそろ花火の見えるとこ行こっか」

「うん」


 先を歩く私の浴衣の袖を、今一度ぎゅっと掴み直すしずか

 そして私は、家族で来るときによく皆で一緒に花火をみていた場所にしずかを連れていく。しずかかな高台は、この祭りの花火を楽しむ特等席だった。

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