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入口の古びたドアを開けると、中からむわんっとした空気が押し寄せてきた。最近は湿気のせいで、普段よりも臭いが鼻につく。
「おはようございます」
里美がそう言うと、課長の小宮だけが「おはよう」と言った。
里美はここで事務員として働いている。短大を出て新卒で入社し、研修を経てここの支店に配属された。当時のこの支店は、里美以外は全員男で、営業が四人、事務が里美を含めて二人の小さな支店だった。男性社員たちは皆優しく、里美の配属を心から歓迎してくれた。仕事も一から丁寧に教えてくれたし、仕事の後には毎日のように食事に誘われた。里美はそれを「女性の特権」だと思っていたが、数年後に山本歩美が新しく配属された時に、「若い女性の特権」だということを思い知らされた。男性社員たちはもう、誰も里美を誘わない。
この会社に入社してから、気が付けば干支が一周していた。同期で入った女性社員たちは、三十歳を待たずに次々と辞めていった。一人は結婚、一人は妊娠、一人は転職。そして里美だけ、辞める理由がないまま今日も同じ会社の同じ支店で働いている。
繁忙期でもなければ、ほとんど残業はない。残業がしたいわけではないが、給料のことを考えると全く残業がないというのも苦しかった。毎月少ない手取りの中から、家賃に水道光熱費、食費に雑費に通信費を支払わなくてはならない。そして二ヶ月に一度だけ、ここに交際費が追加される。
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