episode9 炎上騒動

 炎上。

 それはまさに炎上と言って良かった。

 奇しくもタイジュ=クドーがもといた世界でも、それは炎上と呼ばれる現象だった。

 それはもう、大炎上だった。あちこちに火柱が立った。


「うわー。チャット欄がめちゃくちゃに早くてもう追えないよコレ。掲示板も早すぎて全然読めない」


*いまの話なに!?

*聞いたことだけはある

*説明しろ

*ヤバい

*この話、どこまで知ってる話なんだ!?


 火柱は冒険者だけではなく、あちらこちらで立っていた。

 隠者、魔女、研究者、冒険者、酒場、ギルド、城、一般人、その他諸々。

 それが一斉に掲示板とチャット欄に殺到していまの話の真偽について書き込むものだから、文字を読もうとしてもあっという間に流れてしまう。


「うわー。めちゃくちゃ炎上しててウケる」

「ウケるじゃないわ!! なんてことをしてくれたんだお前は!!」

「ねえバルも見てみてよ、読める? すごいスピードだよコレ」

「本当だな……、って違う!!」


 危うく乗せられそうになったのを振り払う。


「お前、自分が何をしたのかわかっているのか!? この――この世界の秘密を全世界に発信したんだぞ!!」

「いやこんなとこで世界の秘密とやらを喋ってる方が悪いでしょ」

「ぐぬううう……! 反論の余地がない事を……!!」


 横では先ほどまでバルバ・ベルゴォルと話していた魔族が頭を抱えている。


「なに? つまり魔王と勇者って……神様たちが作った遊びの役割ってこと?」

「お前はちょっと口を閉じろ!」

「どうせもう全世界に発信されてるから黙ってても同じだろ。それにほら、私、勇者研究者だし」

「だからなんだ!? ……まさか、お前……!」


 バルバ・ベルゴォルは叫んでから気がついた。

 まさかこれまでの配信は全部、このためだったのか。

 アーシャはいままでに見た事がないほどに勝ち誇った表情で、両方の手でピースをしている。

 遅かれ早かれ、こんな事態は起きえたかもしれない。魔物たちも魔人も、そしてバルバ・ベルゴォルも、それどころか人間たちでさえ――アーシャという研究者に一杯食わされたのだ。人類側は、バルバ・ベルゴォルが間違いなく本人で、彼がする話ならば本当なのだという土台が出来ていた。そして自分たちは、趣味に興じるアーシャを毒にも薬にもならないと思い込んでいた。

 そこを、突かれた。


「って言っておくと私の頭がめちゃくちゃ良く見えるからそういう事にしておいてよ」

「馬鹿かお前は!?」


 やはり偶然だったらしい。


「まあでも色々と隠してるなあとは思ってたけどさ。それだと何? 《幽冥なる忌み仔》とかいう二つ名にも理由とかあんの?」

「だからお前は一旦口を閉じろ!!」


 魔物たちへとちらりと視線を送る。

 あまりの負荷に維持するだけでも大変で、配信を止めるということができない。

 バルバ・ベルゴォルは舌打ちをした。


「それで、なんだ、お前はいったいどうしたいんだ。驚いてそれで終わりか? この始末をいったいどうしてくれるんだ。冗談でしたじゃ済まされないんだぞ!!」

「いや、うーん。びっくりしたというか……」


 アーシャはちらりと流れていく文字たちを見る。

 雨のように文字が流れては消えていく。

 それから窓の外へと眼をやる。そこには、黒雲に覆われた空があった。いまにも雨が降りそうで、それでいてただひたすら雷だけが鳴り続ける空。かつてはそこに神の姿を見た人々も、もういない。

 バルバ・ベルゴォルはアーシャの視線の先を見たが、彼女が何を考えているのかまではわからなかった。ただ、いつになくアーシャが真剣な表情をしていることには気付いた。これまで魔王城で過ごしてきたどんな時よりもだ。

 そのときだ。アーシャから光のようなものが浮かび上がった。それはいくつもの光になって、彼女の周囲を回り始める。


「えっ。うわ何これ。虫?」

「ま、待て……なんだそれは」

「いや知らん、何これ?」

「まさか、勇者たりえる条件を満たしたのか!? いったい何故……!」

「いや一人で納得しないでもらえるか」


 強き意志と、英雄的行為。

 それは勇者として選別されるのに必要な条件。


「ま、まさか、吾輩の秘密を暴く行為が英雄的行動として登録されたのか!? ……そんなもの、アリなのか……!?」

「だから何が?」

「それは! 勇者の武器だ!」

「……」


 アーシャはしばらく考え込んだが、ピンと来ていないようだった。


「えっ。これ? これ勇者の武器なの? このキラキラしたやつ?」

「武器というか、いまから武器としてお前が変化させるものだ! だがちょうどいい! いいか、お前のやることはただひとつだ。その『力』を剣でも槍でもなんでもいい――自分に合う武器へと変化させろ。思うだけでいい、なんとでもなる。それは勇者の武器だ。勇者だけが持ちうる、魔王を殺す武器――!」

「へー。そうなんだ」

「どうでもいい感じに答えるな!!」

「と言われても」


 虫でも払うような仕草で、光の粒を追い払おうとするアーシャ。


「吾輩を殺し、次の百年までに考えておけ。今度こそ、この状況を打破する――」

「ま、魔王様!」


 声をあげたのは魔族のひとりだった。


「なんだ! いま説明の最中だぞ!」

「過負荷です! 魔力回線がパンクし――い、いや違います! これは……!」


 ブツッと音がして、魔力ネットワークのすべての回線が、落ちた。

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