episode8 放送事故
深夜同盟。
それは、深夜に行われる配信をする同盟。
勇者が来るまでという約束でかわされた契約であり、それまでの間のただのお遊び。
「よーし、今日もお疲れ!」
アーシャが両手をあげた。
バルバ・ベルゴォルは微妙な顔をしながら、テーブル越しに片手をあげる。べちっと音をたてながら、アーシャが片手を叩きつけた。そのまま、こっちも、というようにもう片方の手をわきわきと動かす。仕方なしに上げてやると、そっちの手にもべちんと音を立てて合わせた。これで満足するのだったら安いものだ。これももう何度目だろう。
「じゃあ、私は帰るぞ!」
「ああ、はいはい……」
バルバ・ベルゴォルはどうでも良さそうに手を振り、その背中を送り出した。魔王に背を向けるなど、いったいどういう心境なのかわからないが、見逃している自分にも責任はある。
アーシャは魔王城の出現に巻き込まれて以降、ここに住んでいる。
というより、家ごと巻き込まれて、魔王城の中にその家が建っているのだからしょうがない。どうしてこうなったと聞きたいのはバルバ・ベルゴォルの方だった。
しかし事故であれなんであれ、アーシャは魔王城に一番にたどり着いてしまった。
そのときにはもう、一番はじめに到達した奴の願いを叶える、などと吹聴してしまったのだから、約束を違えるのは沽券に関わると思ったのだ。魔王が、小娘一人の願いを叶えられないなどあってはならなかった。
――まあ、結果的にはいいか。
自分と勇者との戦いにはなんの関係も無い願いだったのだから。
その間の暇つぶしくらいにはなるだろうと思ったし、実際なっている。多少忌々しく感じるが、もはや恒例行事だ。この忌々しいシステムの中で少しでも暇が潰せるのなら、魔力くらい安いものだ。
「魔王様」
収録室の中でしばらく寛いでいると、声を掛けられた。
「お疲れ様でございます」
「ああ……」
「アーシャはもう帰ったのですか?」
「とっくに帰った」
帰ったという言い分もどうかと思うが、それ以外に形容しようがない。
「そうですか。ちょうどいい茶葉が手に入ったのでどうかと思ったのですが」
「……」
自分の部下たちですらあのアーシャに慣れてきているのはどうかと思う。
しかし自分が見逃している以上、それも致し方ないことかもしれない。
「しかし――ひとつ気になることがあるのですが」
「なんだ?」
「彼女は本当に人間ですか?」
「人間だ」
自分でも驚くべきことに即答してしまった。
「少なくとも何も無い、本当にただの小娘だ。……人間の」
「でも、あの……タイジュ=クドーの血を引いているのでしょう?」
「タイジュ=クドーは結婚もしている。何人か子孫を残している……それはお前たちも知っての通りだろう。おそらく血が薄れたのだ」
「あのホムンクルスが、本当に子を残せたというのでしょうか」
「……」
「あの、魂を持つホムンクルスが……」
ちらりと彼を見る。
彼は慌てて口を塞いだ。
「人間は真の勇者を作るために、流さなくても良い血を流し、死ななくても良い人間達を犠牲にした。自分たちの倫理と信念をさておいてもだ。ただそれだけの話だ……」
世界的にホムンクルスの製造を禁止してまで作り上げた、最後にして最強の、唯一の成功例。
それがタイジュ=クドーだ。
「いまだにこのシステムを破壊したい奴等が向こうにもいる、というのが知れただけでも僥倖だ。失敗はしたがな」
二百年の時をかけて、自分は再びこの世界へ戻された。
それだけでも失敗なのが理解できる。
研究施設カーリバールが無に帰した以上、いま人間側ではどうなっているのかはわからないが。
「忌々しいものだ……もはやプレイヤーたる神々はとっくにこのゲームに飽いて、この世界には見向きもしていないというのに」
「この世界を二分するゲーム……。遙か昔から行われていた神々の首位争いですね」
「そうだ。システムだけは残され、百年毎に吾輩は復活し、勇者が選別される。真実を知る者たちさえ悪逆教と貶められ、もはやシステムの破壊を期待できるのは勇者だけだったが……」
二千年前に復活したときに、魔王の心は既に折れた。
どちらかの敗北で片が付くわけでもなし。
例え魔王が勇者を殺し、暗黒の百年が訪れたとしても、それだけだ。百年が経てば再び勇者が選別される。例え相打ちになろうとも、もはや復活できないほどに粉々にされればあるいはと何度も考えた。
その勇者ですら魔王たる自分の殺害に失敗したとなれば――もはや勇者に期待することもできないのか。
――いまだ、勇者は選ばれていない。
だが焦ることはない、と自分に強く言い聞かせる。
気になるのは、今回に限ってこんな妙なことになったからだ。自分が復活すれば勇者が選ばれるのはいつものこと。そういう仕組みになっている。それが「いつ」になるかはわからないが、たいていは復活の前後だ。まだ遅すぎることはない。必ず勇者は選ばれ、現れる。そうして魔王と戦う。そうなっている。本当に忌々しいシステムだが、それだけは決まっている。
タイジュ=クドーの時がいろいろと規格外で、期待してしまっただけだ。
規格外の力、規格外の発想力、規格外の精神力――。
その三つの力を持って、タイジュ=クドーは勇者たる条件をクリアした。
強い意志と、英雄的行動。
だが結局、人類は失敗した。
復活するのに二百年掛かったが、自分は蘇った。
――きっと今回も変わらんのか……。
「へー。そうだったんだ」
「ああ、そうだ……」
バルバ・ベルゴォルと魔族の眼が一斉に同じ方向へと向いた。
「えっ? なに?」
そこにいたアーシャは自分のことだと思わずに背後を振り向く。
「小娘!? お、お前いつから聞いていた!?」
「うーん。ちょっと前っていうか、その人が来たあたりから」
「私が!?」
「最初からではないか!!」
さすがにどこに隠れていたのかと戦く。
「お、お前、いまの話を――」
「いや、最初からっていうかさあ」
アーシャの視線が不遜にも手元へと向く。
「な、なにを見てる?」
「いまの話、ラジオに乗せて全世界に発信しちゃった」
「……」
「……」
沈黙。
「何やってんだお前は!?!!?」
そうして――世界には混乱が訪れようとしていた。
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