episode7 特別展インタビュー!

 コスタズ王立博物館の前に、特別展と書かれた看板が立てられる。

 明日からの特別展は、こぞって人が押し寄せるだろう。なにしろ魔王を二百年も寝かせておいた直近の勇者にまつわる展示なのだから。この一週間は博物館は休業で、タイジュ=クドー特別展に向けての準備が急ピッチで進められていた。


「ああー、もう、年寄りを雑に扱うもんじゃないよ」


 メルセは顔を顰めていた。

 特別展のために呼び出された魔女は、既に人がいなくなった博物館を見回す。


「ふん……」


 準備はほぼ完了していた。明日からの展示に向けて、ゆっくり見られるのはいまのうちだけだ。呼び出されたことは癪だが、こうしてじっくりといまのうちに見られるのは僥倖だ。企画もなにもかも突然始まったというのに、展示の仕方だけはよく考えられていた。そこは博物館の職員たちの面目躍如というところだろう。

 館内を歩いて回っているのは自分だけだ。

 そのはずだった。


「あ~、どうもどうも~」


 突然、後ろから明るい声がした。


「記者で~す。特別展の開催おめでとうございます~。特別展に関するおはなし、いいですか?」

「ああ? まずあんた、どうやって入ったんだい」


 メルセが振り返ると、すぐに目を丸くした。そこには頭に角が生え、本来白目のあるところが黒く、赤い目の少女がいたのである。マイクを突きつけているのは使い魔らしきコウモリで、彼女自身はメモ帳とペンを持っている。あまりにチグハグだが、魔族であることはわかる。なんとなく、見たことのあるような気さえする。


「あんた魔人だろう。魔王のとこのか?」

「じゃあ取材NGっすか?」

「いや、ダメじゃないけど……はは。とうとう魔王のとこから直接取材とはね」

「明日からの特別展! いやぁ、ちょっとここまで見させてもらいましたけど、ほっとんどこっちでも知ってるような代物ばっかだったんで、なんか新しい情報があればいいかな~って」

「なんだいそりゃ。アーシャの影響かい?」

「ひひひ。あの子、面白いっすよねー」


 否定はしなかったが、魔族自身もそう思っているとは。

 メルセは少しだけ鼻で笑う。


「アタシたちからすれば、アーシャのことを知りたいがね。アーシャは人間だろう。なんだってあんな事をしてるんだい?」

「趣味でしょ、本人の」

「『趣味』で上に報告できりゃ苦労しないんだよ」

「アーシャの趣味に、うっかり願いを叶えるなんて言っちまった魔王様が乗せられただけっすよ。暇だったからちょうど良かったんじゃないっすか?」

「暇ってあんた、自分の上司だろう」

「どうせ勇者が出てくるまで暇っすよ。勇者はいずれ出てくる。それは確定してんですから。まあそれはそれとして……、こんな特別展まで開くなんて、ずいぶんタイジュ=クドーも愛されてますねー。二百年も経ってんのに」

「そりゃまあ、直近の勇者だからねえ」


 メルセはちょっと座らせてもらうよ、と言うと、中央にあったソファに腰を下ろした。

 魔人の記者は頷き、どうぞどうぞと薦めてから口を開く。


「二百年近く魔王様も眠らせてくれましたからね」

「はっ。アンタたちからすれば、二百年しかもたなかった、の間違いじゃないかい?」

「で、タイジュ=クドーはなにものだったんですか?」

「どういう意味だい?」


 老婆は少しだけ目を細める。


「タイジュ=クドーは勇者だよ。憎い魔王を倒して、世界に平和をもたらした勇者」

「本当にそう思ってます?」


 ほんの少しの間、沈黙があった。


「魔王様は知っていますよ。タイジュ=クドーがなにものだったのか」

「……」

「彼は死ぬまでにたくさんのものを残したそうですね。まるで、この世界には無いような発想のものばかりです」


 それはこの展示会場で如実に現されていた。

 捨て子であり、森の隠者によって育てられたとされるタイジュ=クドーは、生前、親を名乗る者たちがたくさん現れた。だがそのどれもは親子関係が否定されるものだった。そんな生い立ちにもかかわらず、彼の脳にはたくさんの『発想』が眠っていた。

 医療、福祉、そしてありとあらゆる技術。それはこの世界にタイジュ=クドーが現れるまで無いものだった。魔力を使ったネットワークも、掲示板も、チャット欄も、なにもかも。それらの功績がすべて展示されている。人々は彼のこの『発想』がどこから来るのか不思議がりながらも、その恩恵を享受した。彼はまるで――まるでかつての技術を取り戻そうとするかのように尽力した。魔王を倒したあと、志半ばでその生涯を終えるまで、ずっとだ。


「でもそれも当然っすよねえ。『転生』――でしたっけ?」

「……。そこまでわかってるなら……」

「うんうん。とてもわかりやすい発想ではありますよ、『転生』。死んだ人間の魂が新しく生まれ変わる。死ぬ前のできごとをも覚えているという意味では、まるで人生のやり直しのようですね。でもその『転生』という言葉は、ちょっと正確じゃない。違います?」


 メルセは何も言わなかった。

 代わりに魔人の記者が続きを口にする。


「なにしろ勇者の正体は、ありとあらゆる魔力とリソースを突っ込んで作られた……人造兵器。肉体を使って作られたゴーレム。……またの名を、ホムンクルスだっていうんですからね?」

「……」


 ただでさえ皺の寄った顔の眉間に、深い皺が作られた。


「ホムンクルスには――その人造兵器には、魂が無かった。それだけはどうしても、作り出すことはできなかった。だから魂だけは、掬い上げるしかなかった。魂が還り、まっさらになってひとつになる場所――原初の海とも呼ばれる場所から、ランダムに引き上げるしかなかった。自分達にとって都合のよく、魔王を討伐してくれる魂を」


 ホムンクルスには魂が無い――ならば、どこかから持ってこればいい。

 その結論に至るのは、ごく自然な成り行きだった。

 ホムンクルスは人が操るにはあまりに繊細すぎる生物だった。もちろん誰かの魂を入れる方法もずいぶんと研究された。だが、魂は思いの他、もとの肉体と繋がりが強い。幾度も研究は破棄され、再び立ち上がってはたち消えた。

 そもそも勇者として選定されるには条件がある。

 ひとつは強い意志の力。そしてもうひとつは英雄的行動が為されていること。

 魂に宿る人格も重視される。

 原初の海から掬い上げるという簡単な話ではあるが、それは簡単ではない。


「そして、そこにたどり着くまでにも多くの犠牲があったはずです。何しろ原初の海から魂を引っ張ろうなんて、並大抵のことじゃないですからね」

「……」

「魔族でさえ近づけぬ不浄の地、魔術大戦『カーリバール』……あそこで本当は何があったのか知っている者は、もう既に人間には数えるほどしかいないでしょうね。多くの人々が犠牲になったでしょう。多くの魔術師と、多くの錬金術師が」


 灰色の大地カーリバールは『魔術大戦跡地』という偽りの歴史をかぶせられ、そこで本当は何が行われていたかを覆い隠した。もはや小さな生きものですら忌避する地に、魔物が住み着けるはずもない。


「そこまで知っていて……どうするつもりだ?」

「いやあ、別に。だってそれ知ってても、魔王様は特にノーコメントじゃないですか。タイジュ本人にすら言ってないから、タイジュ=クドーだってその活動可能年数をまっとうしたんでしょう」

「寿命と言え。あれは寿命だった……」

「でもねー、たとえ倫理にも世界のシステムにも反することであっても、あれでちょっと期待してたんですよ魔王様も。ああ見えて一度折れてますし。今度こそ、自分を殺して、このクソみてーなシステムを破壊できる勇者が現れたんじゃないかってね」

「……はは。クソみたいなシステムか。……それには同意するよ」

「本当です。こっちの事にはもう興味も無いくせにね」


 メルセは息が詰まるような感覚に陥った。


「……それはもう、わかりきっているのか? 本当に……この世界は見捨てられたのか?」

「そりゃそうでしょう。だいたい勇者はともかく同じ魔王で二千年三千年保たせようなんて、マジでクソシステムだと思いません?」


 彼女は同意を求めたが、メルセはため息をついただけだった。


「ま、それはいまは関係ねーです。システムがどうあれ、これをぶっ壊すのはかなり大変なんで」

 彼女はひとつふたつ瞬きをしてから続けた。

「私が聞きたいのではですね。結局、罪と失敗だけが残ったことに対してどうお考えですか?」

「……ノーコメントだ」

「わかりました。ありがとうございます」


 彼女の横では相変わらず、マイクが向けられている。

 メルセはそれをちらりと見てから続けた。


「ここまではオフレコで頼むよ。あんたはあくまでこの特別展に関する記者なんだろう? こんなの使えるはずないだろ」

「そうでした! じゃあ、まずは今回の特別展の魅力をお願いします」

「それで普通に取材始めるんだね」


 案外真面目な魔人に、メルセは普通にツッコミを入れてしまう。


「やれやれ。こんな時間に年寄り捕まえて、インタビューとはね」

「いまあなたしかいないんで。だいたいあなた、タイジュ=クドーと一緒に闘った美少女魔術師だっていうじゃないですか。そんな美少女からインタビューできるなんて光栄っすよ」

「仕方ないね。魅力たっぷりに宣伝してくれよ」

「それはアーシャ次第ですねー」


 彼女は知らん顔をしながら、「それじゃまず最初に……」とインタビューを始めた。

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