配信37 ニュース:闘技場の獅子、「金獅子」勇退

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「東口、入場~~~!!」

「は?」

「お~~~!!」

「いや過去イチで意味がわからん」


「というわけで、いまのは闘技場の剣闘士入場のやつです。ここだけはわかる!」

「中途半端すぎる……! 闘技場の前口上ってもっと長いだろうが」

「本当はバルが名乗る前にいろいろ言おうと思ったんだけど、ついうっかり忘れてた」

「吾輩だけ辱めるのはやめろ! せめて自分もやれ!」

「それはバルがやってくれないと」


「とにかく今日のニュースがなんなのかはもうわかったからな」

「えっ、なに? 言ってみて?」

「闘技場関連だろう。吾輩のところにもとっくにそれらしい情報は入ってきておるわ」

「えー……」

「ちょっと不満げにするな!」


「というか、口上を闘技場のそれにしてニュースが違ってたら逆に怖いわ」

「いや、わかんないぞ? 私のさじ加減ひとつだから」

「どう考えてもここまでフリに巻き込んでおいて違うのはむしろ詐欺だぞ」

「……」

「……」

「まあ闘技場関連なんだけど」

「だろうな」


「でもこの話題、もう好きな人たちは知ってそうな気がするな~」

「だろうな。注目……いや、ファンが多いのだったか」

「そうそう。それじゃ、今日のニュースは闘技場のあの人だ!」



+++――――――――――――――――――――+++

《闘技場の「金獅子」、勇退を表明》


 先日、長らく闘技場の花形であった「金獅子」が勇退を発表した。

 「金獅子」はもともと剣闘奴隷だった獅子獣人で、本名をライヴァー・デンゴイル。最初の試合よりめきめきと頭角を現してあっという間に闘技場の花形にまで上り詰めた。彼の特徴である金のたてがみから「金獅子」と呼ばれてファンも多く、自分を買い取ってからも期待に応えて定期的に闘技場に顔を出し、一般試合に特別枠として出場し続けた。また、試合の無い時にも訓練場にて冒険者や兵士向けに技術を販売。自ら剣を振るって伝授・指導して、人気を博していた。

 昨今のダンジョンの増加傾向を鑑み、闘技場を勇退してダンジョンの制圧などに力を入れるという。ファンは再び闘技場に戻ってきて欲しいと願うが、一方で金獅子がダンジョン制圧に加わってくれれば心強いという意見も。

 金獅子本人に話を聞くことができた。「おう! お前、もしかしてあれか!? 魔王のとこのだろ? アーシャではないよな。声が違う。でも魔王のとこの奴なんだな。これは深夜同盟に出るのか? ハッハッハ! そうかそうか、それじゃあ魔王に言っておけ、俺がダンジョンを制圧するからには、すぐこんな事態はおさまるってな!」と笑っていた。また、復帰や訓練場での技術指導を願うファンに向けてコメントが無いかと聞くと、「おう、さっさと魔王なんざ倒してまた闘技場に戻ってくるからよ。待ってろよ!」と語った。

+++――――――――――――――――――――+++



「……ふむ」

「さっきも思ったんだけど、珍しくバルが興味持ってるよなあ」

「それはそうだ。勇者に選ばれそうな者については目を配っているからな」

「冒険者以外から出てくるのも意外じゃない?」

「そんなことはない。前も言った気がするが、冒険者はあくまでその功績が表だってわかりやすいというだけだ」

「じゃあこういう闘技場でブイブイ言わせてるような人たちも一応見てるんだ」

「無論だ。闘技場の他にも騎士団や兵士の中にも可能性のいる奴等はいるだろうからな」

「ふーん。そうなるとやっぱり強い人が勇者になりやすいんだ」

「そんなことはない。場合によっては、例えば聖女や聖人と呼ばれるような、癒しの術の使い手もその可能性はありえる。国の諜報部員のような事もな」

「おお?」

「ただし、場合によってはだ。選ばれる確率が多少あるという程度だからな。ただ、勇者でなくとも勇者の仲間に入る可能性はある。……警戒はしておいて損は無い」


「お~。意外と考えてるんだな?」

「毎回聞くが、お前は吾輩をなんだと思っているんだ?」

「魔王だと思ってるよ!」

「……」


「……ん?」

「どうした」

「え、ちょ、うおお!?」

「なんだ一体!」

「めちゃめちゃコメントが来てる! なにこれ!? あっ、このコメントについてるやつだ!?」


*:俺がニュースに出てるじゃねぇか! やっぱりあのときの嬢ちゃんは魔王の手先か!


「……金獅子からのコメントだー!? これ本物!?」

「魔力は……ああ、本物だなこれは」

「えーすごい! 長年おつかれさまでした! ご勇退おめでとうございます! おめでとうで合ってるよね!?」

「ふん、なるほどな。吾輩は逃げも隠れもせん、金獅子よ。ここまで登ってくることだな。勇者でなくとも、相手くらいはしてやろう」

「うわー、アツい展開じゃん! ダンジョン制覇もがんばってね!」


「っていうかコメント欄がすごい勢いで流れてる!! どうしよう!?」

「どうしようもこうしようもないだろうが」


「とにかくいったんここでブレイク! みんな邪霊楽団の音楽でちょっと落ち着いて!」

「ついでに永遠の眠りについてもいいんだぞ」

「それはダメだろ!!」

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