episode4 真の勇者

 冒険者たちは、別に毎日冒険に出ているわけではない。

 毎日のように――と比喩されることはあるものの、時には街中で休息をとったり、武器の手入れをしたりする。ドーズの所属するパーティも、今日は街中でそれぞれ自分たちの荷物の買い出しなど自由に過ごしていた。ドーズが宿の部屋でひとり、攻略中のダンジョンの地図を清書していたところ、早々に戻ってきたリーダーのエルタに昼飯に誘われた。

 断る理由もなく、二人は宿の一階にある酒場で昼飯にすることにした。


「そういえば、真の勇者。……って、最近じゃ言われてるらしいな」

「……真の勇者?」


 エルタの言葉に、ドーズはフードの下の目を瞬かせた。

 丸テーブルを挟んで座り合った二人は、自然と『深夜同盟』の話になっていた。いまや冒険者の中で知らぬ者はいない。……少なくとも二人の周囲ではそうだ。


「ほら、深夜同盟で魔王が言ってたろ。人類代表としての勇者はたった一人、みたいなこと」

「……あ~、言ってたなぁ、そんなこと」


 魔王と勇者とは本来は、人類と魔物、それぞれの代表者のようなもの。

 魔物を統べる者、魔物の代表者としての魔王。

 そして人類の代表者としての勇者。


「ほら、各国の王様が自分の好きなように勇者を使命するだろ」


 エルタの言葉に、ドーズは頷く。


「勇者って実際はこんなにいたんだ、と思ったけど、やっぱり最終的には一人なんだな」

「まあ、たくさん居てもな。いま任命されてる勇者って、優秀な奴に対して国が後ろ盾になるっていう証明みたいなものだし」

「それにしても、まさか逆だったとは思わなかったけど」

「逆って?」


 ソーセージにフォークを突き刺しながらエルタが首を傾げる。


「ほら……、たとえば、功績をあげた騎士が英雄って言われるようにさ。最終的に魔王を倒した者が本物の勇者だって言われるんだと思ってたから、そもそも魔王に対する存在として『勇者』が居る、っていうのが改めて意外だった」

「あー」

「前勇者のタイジュ=クドーは魔力も物理も規格外だったみたいだからわかるけど」


 タイジュ=クドーがその名前を残したのは、いま使われている技術のほとんどが彼が作ったものだから――という事実の他に、実際に規格外の強さを手にしていたこともある。

 邪竜でさえほぼ一人で討伐したとか、海中のアーケロンも仕留めたとか、眉唾ものの伝説はいくつも残っている。だが実際に強かったのだから説得力もある。

 出身は森に捨てられ、森の隠者によって育てられていた、ということ以外は何もわからず、もしかして魔人だったのではないかとか、半分くらいは魔人の血を引いていたのではと言う識者もいる。当初は「自分が親かもしれない」と名乗り出る者も多かったというが、森の隠者によって突っぱねられたという話が残っている。単に隠者の教育が良かったのだろうという説が一番納得できる。

 とにかくそんな規格外のタイジュ=クドーが魔王を倒したのは当然の結果だった。

 ではそうでない場合はどうなのか。


「それで、勇者がいっぱい居るもんだから、『真の勇者』か」

「そうそう。深夜同盟でもやってたけど、国がそれぞれ任命した勇者がたくさんいる現状を知らないとか、逆に詐欺に使うやつとか居るしな」


 冒険者パーティが一組捕まったのには驚いた。

 深夜同盟で言われただけだから、ひょっとしたらそういう事例はたくさんあるのかもしれない、とドーズは思った。ニュースで言われていたパーティはもともとそういう土壌があったところでやっているから確信犯の上に悪質だ。


「ま、他の奴等は浮き足立ってるよ。魔王が別に国から勇者に任命されてなくてもなる場合がある――みたいなこと言ったせいで、自分たちにもまだチャンスはある、と思ってるみたいだ」


 任命された勇者は所詮候補に過ぎない。

 そんなことが他ならぬ魔王の口から語られたら、期待するのもうなずける。


「そうだな。つまり俺たちにもチャンスはある?」


 ドーズは半分ジョークで言ったつもりだったが、エルタは少しだけ真面目な顔をした。

 思わずその目を見返す。

 だがエルタはすぐににんまりと笑った。


「そうだな。その通りだ」


 ドーズは少しだけ目を瞬かせたが、やがて同じように笑った。

 それから、茶化すように続けた。


「それにしても、アーシャが言ってたみたいに協力するわけにはいかないのかね」

「それかあ。出来そうな気はするんだけどなあ」

「魔王が出てきて宣戦布告した以上、魔王を倒すって目的は共通してるし……」

「ただ、冒険者だと自分ひとりで報酬を独占したいって奴もいるし。勇者が全員同じことを思っているわけじゃないと思うから……」


 なんとも言いがたい。

 全員でかかって魔王を倒せればそれはそれで楽だろう。


 けれども魔王は、勇者はたった一人のような言い方をした。

 勇者になるにもなんらかの条件があるのだろうか。それが勇者の持つ武器なのかもしれない。

 けれど、もしそうだとしてその武器はいったいどこで入手できるものなのだろう。特殊な鉱石でも使うのだろうか。それが言い伝えとして残っていても不思議ではないのに。


 ――見てみたくはあるけど、魔王は勇者の武器についてなんて言ってたかな……。


「どっちにしろ、俺たちは恵まれてると思わないか、ドーズ」

「え?」


 思考から引き戻されて、ドーズは瞬きをした。


「恵まれてるって?」

「魔王が発するヒントを直接聞けるんだぜ。こんなことははじめてだろ、たぶん。中には魔物の情報だのダンジョンの情報だの引き出してやろうって奴もいるしな」

「ああ、コメントでな。よくやるよなあ」


 ドーズが頷いて笑いかけたところだった。


「……てめぇ、ドーズか?」


 ドーズの笑顔が固まって、青白くなったのをエルタは見逃さなかった。

 多くの冒険者で賑わう酒場。エルタの視線が向いた先に、「帝王の牙」のリーダーが見えた。

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