episode0-1
二千年の間、繰り返されてきた。
だから、それは予想された出来事だった。
予想にも限界はある。いったいいつになるか、という細かいことまではさすがにわからない。
だが今回も二百年という時間を迎え、人々は感じ取っていた。
魔物どもはにわかに騒がしくなり、そのときが来るのを待っていた。
最初に気がついたのは空を飛べるものたちだった。
忘れられた土地を覆い尽くした森の中から、鳥たちが一斉に飛び立っていった。入れ違いのように、空を飛べる魔物たちがギャアギャアとその地に集っていった。次第に、地を這う魔物たちの瞳が爛々と輝きだし、きたるべき時をうずうずと待った。
忘れられた土地に一閃が走り、地表に這う植物をすべて振り払った。
一瞬にしてすべてが耕され、大地が揺れ、幻のように空間そのものが揺らめいた。
凄まじい轟音が鳴り響き、空は暗く落ち、太陽は永遠に閉ざされた。ほんの僅かばかり許された光が、あたりを沈んだ紫紺に染め上げる。しかして黒雲に覆われた空では、稲光があちこちで鳴り響いていた。その真下ではギャアギャアとコウモリともカラスともつかぬ魔物たちが、忌まわしい祝福のように鬨の声をあげる。やがて大地からは巨大な――あばら骨か、あるいは爪のように巨大な岩が隆起して立ち上がり、何か包み込むようにそそり立つ。
やがてその中心地である場所から、地響きを伴いながら、最初からそうであったかのように城が出現した。
魔王『幽冥なる忌み仔バルバ・ベルゴォル』――その居城である。
尖塔が幾つも建ち並び、薄暗いレンガで出来た忌まわしき魔王の城。異形の城ともいえる城は一気に土地を掌握し、すべての魔物たちの目に映るようだった。
その一番高い塔の上で、魔王バルバ・ベルゴォルは玉座から立ち上がった。
不気味な風が紫紺色のマントを揺らす。
うねるような長い黒髪が広がり、頭の左右からは天を突く灰色の角が王たる証として君臨している。紫色の稲光とともに歩を進めると、黒い鎧が姿を現す。紫色の瞳が、その場に集った配下の魔物たちを見据える。
それだけではない、全世界ですべての魔物が、彼に向かって頭を垂れた。
やがて魔王はその魔力を持ってして、世界へと宣戦布告をする。
魔力が形となり、ありとあらゆる媒体を乗っ取り、世界中へとその再臨を告げる。
「二百年ぶりだな――人間どもよ」
その声が響いた途端に、人々は金縛りにあったように動けなくなった。
立ち上がり、この時が来たとばかりに待ち構えていたのは世界でたった数人だけだ。
「吾輩は魔王『幽冥なる忌み仔バルバ・ベルゴォル』――貴様らの敵となる者である!」
魔物たちが魔王の名を呼ぶ。
それが人間に聞き取れぬ言葉であっても、その咆哮は轟いた。
「人間どもよ、恐れよ、ひれ伏せ、互いの存亡を賭けた戦争の始まりだ!」
戦争が始まる。
人間と魔物たちとの、二百年毎に繰り返された戦争が、いま再び始まろうとしている。
「ただし、たどり着ければの話だがな。くっくく。ははははっ!」
バルバ・ベルゴォルは高らかに笑う。
「そうだなぁ、もしこの魔王城に最初にたどり着けた者が居たのならば、そいつの願いをなんでも叶えてやろうか。ふふふふっ……、はっはっはっは……!」
高らかな笑い声とともに魔力の通信は切れた。
各国ではまだ固まっている人々をよそに、この時を待っていた人間たちが動き出した。それからようやく、各国の王が勇者を決めるべく、まだ震える体を動かそうとした。
かくして、魔王バルバ・ベルゴォルは踵を返して玉座へと再び腰を下ろした。
「さぁて――まずは人間どものお手並み拝見といこうか。各地に偵察隊を派遣せよ」
「はっ!」
配下の魔人が指示を出し、魔物たちが動き出す。
彼らの力は魔王によって強化され、各地で狂乱の声をあげていた。
「こたびは誰が一番最初にここにたどり着くか――いや、その前に人間どもをすべてこの手で」
魔王が言葉を続けようとした、その瞬間だった。
バァンと謁見の間の扉がぶち開けられた。
「いまの話は本当か!?」
澄んだ声が謁見の間に轟いた。
「はっ?」
「えっ」
「……はぁ!?」
あまりに早い第一冒険者の到達に、魔王はもとより側近達ですら呆気にとられた。
全員の目が扉に向けられる。立っていたのは、ミディアムショートの茶色い髪に金の瞳を持った少女だった。冒険者という風体ではなかった。ありふれたシャツに短パン、そして腰の鞄と多少動きやすい服装をしているものの、戦えそうな剣も杖も、それこそ何も持っていない。
だが紛れもなく人間だった。
あまりの事に、魔物でさえも誰も反応できなかった。
「……いや早いわ!! どこから入ってきた、小娘!?」
「そんなことは後でいい! いまの話は本当かと聞いてるんだ、バルバ・ベルゴォル! 最初に魔王城にたどり着いた者の願いをなんでも叶える、その言葉に嘘は無いな? なんでもと言ったな!?」
「は?」
バルバ・ベルゴォルはようやく目の前の状況を理解――いや微妙に理解しきれていなかったが、とにかく冷静さを取り戻すだけの時間はあった。
よくはわからないが、何らかの手段でここにいの一番に乗り込んできた少女は、願いを叶えろと言っているのだ。つまりそういうことだ、とだけ理解する。バルバ・ベルゴォルはごほんと咳払いをして、できるだけ落ち着いて答えた。
「……そ、そうだ。人間の小娘よ。お前が一番にたどり着いたのであれば、金でも名誉でも力でも、吾輩に出来ぬことなど……」
「それなら」
指先がバルバ・ベルゴォルに向けられる。
「私と一緒に、「らじおはいしん」をしろ!!」
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