配信5 特集:勇者はいっぱいいる?

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「そういえば最近の勇者の動向はどう~?」

「それを吾輩に聞くのか!?」

「いやさぁ、この間『帝国の牙』が壊滅状態にあるって話があっただろ。あれからちょっと勇者に関しての質問がちょいちょい来てて。人間だけじゃなくて魔物っぽい人たちからも来てんの」

「なぜここに送る!?」

「魔王様に直接聞くような事じゃないからじゃない?」

「ここに送ってきたら結局吾輩に聞いているではないか!?」

「あはははは!」

「笑うな!」

「で、さあ。結構こういうコメントが来てるんだよ」


*:勇者って一人だと思ってました

*:勇者ってたくさんいるの!?

*:二百年前の件があるから……


「それは吾輩も思っていた」

「バルも!?」

「ただ、どうしてこうなっているかある程度予測はできたがな」

「おっ? どういう事か説明してもらおうじゃないか」

「結局吾輩が説明するのか!?」

「というわけで本日の特集はこちら!」


《勇者はたくさんいる!? 勇者って何!?》


「意外に勇者指定のこと知らない人たくさんいそうだよねぇ」

「なぜコーナーにした?」

「そもそもコメントじゃなくてもこういうお便りが来てるんだよね」


*:アーシャさん、魔王さん、こんばんは。私は小さな村に住む「村人C」といいます。先日、うちの村に勇者パーティが来るというので、村長をはじめ盛大にお迎えしました。二日ほど滞在して彼らは去っていきました。ところがその翌週に来てくださった冒険者の方も、別の国の勇者だというので、村じゅう大変な事になりました。これはどういうことなのだろう、騙されたのかと思っていたのですが、先日お二人の配信を聞いて、勇者ってたくさんいるんじゃないかって事に思い至りました。他でもない魔王なら何か知っているんじゃないかと思ってお便りしてみました。教えてください。


「だからなぜ吾輩に聞く!?」

「勇者が倒すべき存在だからじゃない?」

「なおさらなぜ倒すべき存在に聞くんだ!?」

「ほらそういうのいいから、さっさと説明して」

「ッ、この、小娘ッ……!?」


 ―しばらくお待ちください―


「……基本的には、そもそも勇者も魔王もこの世にただ一人の存在だ」

「えっ、そうなの」

「そもそもこの戦争は魔物と人類との戦い。それぞれの代表者と考えるとわかりやすいだろう。魔王という吾輩に対して、人類側の代表である勇者。それは一人ずつで変わらん」


「……、いやそこ何してる!?」

「えっ、とりあえず書記として字で書いておこうかと」

「これ声だけなんじゃなかったのか!?」

「そうだった!! 見えないじゃん!!」

「阿呆か!!」


「でもじっさい、勇者っていっぱいいるよね」

「急に元の話題に戻るな。……ゴホン、それはお前たちの都合だろう。吾輩はただ一人だが、お前たちは毎回誰が勇者なのかわからん状況に陥っているではないか」

「それはそう」

「加えて、お前たちはそれぞれ国を持っている。勇者という存在が自分の所から出現すれば、その国は繁栄すると約束されたようなもの」

「なんかそうやって考えるとすごい俗物的な思考からの指名だね」

「人間のお前が言うな。とはいえ国が指定した勇者が、代表としての勇者になる確立は高いだろう。後ろ盾を得られる分、吾輩と戦うに相応しい力を得られる可能性は高いからな」


「ほーん。じゃあ国がそれぞれ「お前勇者な」って決めてはいるけど、バルからすればそれは勇者候補でしかないって事か」

「そういうことだ」

「ってことは、勇者指定されてないけど、ものすごい功績をあげちゃった冒険者とかがうっかり魔王を倒したりしたら……」

「吾輩を倒す前提で話をするな。……指定とは関係なく、そいつがその世代の勇者だったということになる」

「それはそれでロマンがあるなぁ!」


「そういうわけで、リスナーのみんな。どうして勇者はいっぱいいるのか、という疑問の答えにはなったかな!?」

「吾輩からすれば勇者と名乗ってはいても所詮候補に過ぎん、ということもな」

「あ、そうそう。それともうひとつ聞きたいんだけど。血筋って関係ある?」

「血筋?」

「うん。二百年前、というか前回の勇者って、自分の国を作ってるんだよな。ほら、こういうコメントも来てる」


*:タイジュ様の功績がでかすぎて

*:勇者=コスタズ連合王国の王家の人みたいな印象があった。

*:自分もタイジュ様の血を引いてる王家が勇者かと……

*:他国の勇者とか意味あるんかと思っちゃった。いまの勇者は絶対にオーギュスト様でしょ。


「ヤバいくらいオーギュスト様推しがいない?」

「……」

「一応説明しておくと、タイジュ=クドーっていう前回の戦争時の勇者がいたんだ。二百年前の勇者だね。かなり破天荒というか強力な力を持ってて、魔王を倒した後はコスタズ王の座を譲られて、コスタズは連合王国になった。いまの王家はその血を引いてて、勇者に一番近いって言われてるけど……、魔王的にはどう? オーギュスト王子はいまのところ王位継承者一位にして、同時に勇者継承者第一位なんだけど」

「ああ……、この間、樹上都市イージハルの迷宮を踏破したとあったな。確かお前たちの決めたダンジョンの難易度は……」

「★5!」

「……そして、パーティの名前は――」

「『王剣の守護者』!」


――――――――――――――――――――


「ねえ、ちょっと! 起きてる!?」

 声を張り上げながら、何度も扉を叩く音がする。宿の中だというのにとんだ迷惑である。

 中にいた赤髪の男が立ち上がり、苛々したように扉を開けた。

「なんだよ、うるっせぇな!?」

 苛立ち紛れに、扉の向こうにいた少女二人に声を荒げる。だが扉を叩いていた一人は、その苛立つ声さえも無視して続けた。

「ねえ、いま『深夜同盟』聞いてる!?」

「ああ? こっちでも聞いてるから、騒ぐなって!」

 赤髪の男が面倒臭そうに少女を窘めてから、部屋の中を見た。

 魔力パネルを前に、二人の男がじっとそこから流れる声を聞いている。

「なあオーギュスト」

「ああ」

 オーギュスト、と呼ばれた金髪の男が、穏やかに頷いた。

「聞いてるよ。いままさに、『王剣の守護者ぼくらの名前』が呼ばれたところだからな」

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