第3話 鬼が城

【まくら】


えー、一席、講談でお付き合いを願いたいと思っております


今回の演目(えんもく)は「講談」なのですが、同じような演目に「落語」というものがございます。

今、お聞きになっている皆さんには、講談よりも落語の方が馴染(なじ)みがある、という方も多いと思いますが、


この2つの演目、

どちらも物語をお聞かせするという事で、似たような演目なのではございますが、お話の作り方が違うんです。


この違いを分かりやすく説明をいたしますと。


まず、「講談」というのは、

まぁ、簡単に言いますと、物語のストーリーをお聞かせする演目でございます。

誰が、何処(どこ)で、どんな事をやりましたよ、

という事を説明するものだと思っていただければ、分かりやすいかと思います。


講談の演目の終わりには「一席の読み終わりでございます」などと言う講釈師(こうしゃくし)もおりますように、

まぁ、小説ですとか、物語の読み聞かせを行うような

そんな感じの作りになっております。


一方、「落語」というのは、同じ物語でも「会話」を中心に物語を進めていくんですね。

ここが大きく違う所なんです。


この二つを実際に比べてみますと


例えば講談で、こんなお話があったとします。

「その寒い冬の夜。富蔵(とみぞう)は、熊八(くまはち)を誘って、近くの居酒屋に酒を飲みに出かけるのでありました」


こんなお話です。

講談はストーリーをお話するのですから、こんな感じの作りになります。


これが落語になりますと、こんな感じになるんです。


「おぅ、熊(くま)さん。 今日は寒いねぇ ちょっと一杯飲んで、温まっていかねぇかい」

「そりゃいいねぇ、富(とみ)さん。 じゃぁ、そこの居酒屋で、ちょっと一杯行こじゃねぇか」

と、こんな具合(ぐあい)になるわけです。


また、もう一つの違いとして、

講談は、実在の人物の、生涯(しょうがい)ですとか、どこどこの合戦(かっせん)

というような話ですから、どうしても、お固いお話が多くなりますし、

長い話を幾つかの話に分けますので、お話が途中で始まって途中で終わるという演目になりがちです。


一方、落語はといいますと、一話完結のお話が多いですね。

また会話形式ですから、いわゆる「ボケ」というような、笑いの要素(ようそ)が、入れやすいという事で、

面白おかしい話というのが、自然と多くなるわけです。


まぁ、どちらが良いかは、聞く方の好み。

好き好きでございます。



今回、お読みする一席は「桃太郎一代記」なのですが、

これも、講談の演目ですので、今回も途中から始まります。

もう、これで三話目ですから「そろそろ終わって欲しい」と思われる方も多いかと思いますが、

本日、最後まで行けるかどうか・・・・


それは、今回もお時間次第という事でございます。


【本編】


時は、白雉(はくち)24年

西暦でいえば673年。

出雲国(いずものくに)を出立(しゅったつ)し、温羅(うら)という鬼を退治するために、吉備国(きびのくに)にある、「鬼ヶ城(おにがしろ)」へ向かう桃太郎。


その道中、桃太郎は、猿、犬、キジの三人の獣(けもの)と出会いました。


この三人、いや三匹は、お婆さんが持たせてくれた「勝ち飯」を分けてもらう代わりに、

桃太郎の鬼退治のお供となったのですが


実は、この猿、犬、キジの三匹

「勝ち飯」とは別の、「とある事情」により、桃太郎のお供となったのでありました。


この「とある事情」とは

この三匹、桃太郎に出会う前、神様から天命(てんめい)を授(さず)かっておりました。


桃太郎のお供として鬼退治に付いて行き、桃太郎の鬼退治が成功すれば、人間にしてやると言われていたのです。

もし、闘いの最中に死んでしまったとしても、人間として天国へ向かい入れて貰えるといいます。


この天命を授かり、猿、犬、キジの三匹は、当初、戦(いくさ)で、桃太郎を助け、命を棄(す)てる覚悟でおりました。

しかし、その事情を桃太郎に話すと、桃太郎からは、命を棄ててはいかん、一緒にお婆さんの所へ行こうと言われます。


感激をする猿、犬、キジの三匹

決意も新たに桃太郎と4人、「鬼ヶ城」へと向かう事となりました。



さて、「鬼ヶ城」決戦の日

日の出の少し前、空が白々(しらじら)と明るくなりかけた頃

桃太郎達は目覚めました。


四人は、野宿(のじゅく)の後を綺麗に片づけ、身支度(みじたく)を整(ととの)えます。

桃太郎は、出立(しゅったつ)の前に、お爺さんに言われた言葉を想いだしておりました。


戦(いくさ)にいくなら、みすぼらしい恰好はいかん、特に攻め入るときには

誰が見ても『正義は我にある』そう思われるような恰好でないと


桃太郎:確かに、みすぼらしい恰好をしていては、こちらが城の宝を狙う山賊と思われてしまう。

桃太郎:しっかりと身支度をしないと・・


桃太郎は、身なりをしっかりと整えます。 犬、猿、キジも、キチンと毛づくろいをし、

まるで、これから帝(みかど)にでも、謁見(えっけん)するかのように、晴れやかな姿で「鬼ヶ城」へ向かい、出立(しゅったつ)をいたします。


そこには桃太郎たちの決意が現れておりました。



「鬼ヶ城」までは、ここから、およそ五里。

今の距離に直すと、約20キロほどの距離です。


一行は、雉(キジ)に案内されて、道を進みます。



二時(ふたとき)程、歩いたでしょうか、キジが桃太郎に話しかけます。


キジ:桃太郎さん、そろそろ「鬼ヶ城」が見えて来る頃です。


桃太郎:そうですか


桃太郎の顔が自然と引き締まります。


それから、もう少し歩いていくと、キジのいう通り、山の上に大きな城が見えてきました。


桃太郎:あれが「鬼ヶ城」ですか、見た事もない形をした城ですね


キジ:はい、なんでも、海の向こうの国の人達が作った城だと聞いています


桃太郎:となると、やはり、攻め入るのは難しい城なのでしょうか?


キジ:分かりません、

キジ:ですが、桃太郎さん。 私達がいるから大丈夫ですよ。


桃太郎:はい、ありがとうございます。

桃太郎:早く、鬼を退治して皆で村に帰りましょう。


歩く程に、次第に大きくなる「鬼ヶ城」、

それを見ながら、桃太郎の脳裏(のうり)には、村で聞いた鬼の話が浮かび上がっておりました。



鬼が、里に下りては、金品を奪い、女をさらい、歯向かう人間は容赦なく殺してしまう

鬼の身丈(みのたけ)は1丈(じょう)4尺(しゃく)もあって、牛の角とトラの目を持って髪は真っ赤

そんな奴にだれも勝てるはずもなく、みんな震えている・・と


なんとしても、鬼を退治しなければならない

桃太郎は正義感で、思わず拳(こぶし)を握りしめておりました。



もう少し歩いて行きますと、「鬼ヶ城」の門が見えてまいりました。

門の周りには、数人の鬼がいます。


おそらくは見張りであろう、この鬼たち

全身が真っ赤な鬼や、真っ青な鬼がいて、どの鬼も、身の丈が1丈(じょう)近くはあり、小さな鬼でも7尺は下(くだ)らない程の大きさ

全員が、筋骨(きんこつ)は隆々(りゅうりゅう)として、頭には牛のような角が生えております。


桃太郎:あれが鬼ですか、噂(うわさ)にたがわぬ容姿(ようし)ですね


キジ:ええ、大そう強そうです


桃太郎:ですが、私たちは負けません。


桃太郎:門の前には10人の鬼がいますね、

桃太郎:門は開いていますから、あの10人を片づけて、一気に門をくぐりましょう




キジ:では、全員で一気に攻め込むのですね


桃太郎:ええ、そうしましょう

桃太郎:では、皆さん、お婆さんが作ってくれた「勝ち飯」を食べてください。


そう言って、桃太郎は三匹に、お婆さんが作ってくれた「勝ち飯」を配りました。


猿、犬、キジは、桃太郎に渡された勝ち飯を頬張(ほおば)ります

すると、どうでしょう、みるみると力が沸いてくるではありませんか


桃太郎も全身に力がみなぎります。


桃太郎:さぁ、みなさん、参りましょう!


桃太郎の合図とともに、全員が鬼に向かって突撃(とつげき)をいたします。



~ ここから、暫く雑談 ~


さて、皆さんがこれまで桃太郎の話を聞いて、不思議に思っていた事はありませんか?

猿や犬やキジって、そんなに強いのか? 戦いで役に立つのか? そう思いませんでしたか?



例えば、大きさで言えば、猿は約二尺半という事ですから、約75cm程度です。

方(かた)や、鬼の方はといいますと、約1丈(じょう)といいますから、約3メートルという事になります。

この、75センチと3メートルで、果たして勝負になるのか


ましてや、キジに至(いた)っては、それ程大きくない鳥ですから、鬼相手に、はたして、活躍(かつやく)できるのだろうか

そう思われる方も多いと思います


しかし、ここに、お婆さんの「勝ち飯」が関係してくるのであります。


お婆さんの「勝ち飯」は、百人力の力が出るという話ですが、

百人力とは、一人の人間が百人分の力を出せるという事、つまり、力が百倍になるという訳です。


では、百倍とは実際にどんな感じなのかと申しますと

例えば、猿の握力(あくりょく)、握力とは手を握る力の事ですが、

猿の力は、成人男性と同じくらいと言われていますから、だいたい30キロくらいでしょうか。


これが、百倍になる訳ですから、握力は約3トンです。


走る速度は、犬も猿もだいたい時速30キロくらいと言われていますので、この百倍といえば

時速3000キロです。 つまり、マッハ2.5、音速を超えるスピードで走る事になるのです。


これがキジに至っては、最高時速が約90キロといいますから、これが百倍となりますと、マッハ7を余裕で超えるスピードになるのです。

ピストルの弾が、約マッハ1、ライフルでもマッハ3に届かないという話ですから、いかに早いかが分かります。


それに加えて、嘴(くちばし)の固さも、百倍となる訳ですから、当然、ダイヤモンドよりも固くなります。


ダイヤモンドよりも固い嘴(くちばし)の鳥が、マッハ7で飛んでくるわけですから

そりゃ、当たったら、流石の鬼でも、ちょっとは痛い

いや、「ちょっと」どころではなく、命にかかわる程の衝撃(しょうげき)を受けるわけなのです。


~ 雑談ここまで ~



さて、門の前の鬼たちに突撃をした桃太郎一行

鬼も直ぐに応戦(おうせん)を致しましたが、桃太郎達には、とても敵(かな)いません。


桃太郎達は、鬼をバッタバッタと倒していきますが、あと一人というところで、城の中に逃げられ、門を閉じられてしまいました。


難攻不落(なんこうふらく)の「鬼ヶ城」、門も堅牢(けんろう)にして堅固(けんご)、

いくら百人力の桃太郎でも、叩いたり、体当たりをしたくらいでは、門はびくともしません。


桃太郎:一体どう攻めればいいのか


桃太郎には時間がありません

村では、お爺さんと、お婆さんが断食(だんじき)をして、桃太郎の帰りを待っております。


焦(あせ)る桃太郎


その時、桃太郎に向かって、キジが進言(しんげん)をいたします。


キジ:桃太郎さん、私が飛んで空から中に入り、門を開けます

キジ:門が開いたら、桃太郎さん達は城の中に突入してください。


桃太郎:それはいけません、門の中には、大勢の鬼が待ち構えているはずです

桃太郎:それでは、死にに行くようなものです。

桃太郎:皆で一緒に帰ろうと、約束したではありませんか。


キジ:しかし、それしか方法がありません

キジ:このまま手をこまねいていては、時間がかかり過ぎてしまいます。

キジ:時が経つほど、お爺さんとお婆さんの命が危(あや)うくなるのでしょ?


桃太郎:それは、そうですが・・


キジ:桃太郎さん、先ほどから何度も試してますが、私達ではこの門を壊せません

キジ:中に入って門を開けるか、今回の鬼退治はもう諦めるか、そのどちらかしかありません。


キジの言葉で、桃太郎は苦渋(くじゅう)の決断を迫られる事となります。




苦渋(くじゅう)の決断を迫られる桃太郎

「鬼ヶ城」の門を破るには時間がかかる、時間がかかれば、お爺さん達の命が危ない

かと言って、キジの作戦は、キジを殺してしまう可能性がある


桃太郎の中で、天命と正義感と優しさが入り混じり、ジレンマとなって、桃太郎を襲います。

悩む桃太郎、しかし、悩んでいるこの時間すらも、桃太郎にとっては歯がゆい限りです。


その時、桃太郎に向かって、猿が進言(しんげん)をいたします。


猿:桃太郎さん、私ならこの壁を登れます。

猿:ですから、キジさんと一緒に中に入って、門を開けてきます。


桃太郎:猿さん・・いや、しかし・・


猿:桃太郎さん、私達は、桃太郎さんが鬼退治を成(な)さなければ、人間にはなれません

猿:ですから、何としても、桃太郎さんには、鬼を退治して頂きたいのです

猿:私達は、例え死んだとしても、人間として天国へ行けるのです

猿:私達が死ぬ事で、桃太郎さんの鬼退治が叶うなら、悔いはないのです


桃太郎:いや、それでは、皆さんとの約束が・・


犬:桃太郎さん、それなら私も行きます

犬:三匹で行けば、何とかなるのではないでしょうか


桃太郎:犬さん、しかし、あなたは壁を越えられないではないですか


犬:確かにそうなのですが・・


犬はガッカリと、うなだれます


猿:犬さん、大丈夫です、私が犬さんを背負って壁を登ります。

猿:なぁに、百人力の力があれば、それくらいは軽いものです。

猿:犬さん、一緒に行きましょう。


犬:猿さん、忝(かたじけな)い


犬:桃太郎さん、こうしている間にも、城中(しろじゅう)の鬼が、どんどん門に集まって来てしまいます。

犬:早くしないと・・


桃太郎は少し考えて、決断します。


桃太郎:分かりました、では、皆さん、よろしくお願いします

桃太郎:でも、決して無茶はしないでください


キジ:わかりました

キジ:では皆さん、行きましょう


キジの言葉に、猿と犬が「うん」と頷(うなづ)きます


キジ:桃太郎さん、私達が必ずこの門を開けてみせます

キジ:それまで、待っていてください


桃太郎:わかりました


キジ:もし、四半時(しはんとき ※30分)しても、門が開かない時は、私達は死んだと思って下さい


キジ:でも、その時はきっと、鬼が自(みずか)ら門を開けて、桃太郎さんを討ちに出てきます

キジ:その時を狙ってください


桃太郎:わかりました


桃太郎も覚悟を決めます


そして、猿、犬、キジの三匹は、決死の覚悟で「鬼ヶ城」の壁を越えていきました


三匹が壁を越えてから、門の中で、激しい戦いの音が鳴り響きます

あまりの激しさに、桃太郎も握りしめた拳(こぶし)に力が入ります


桃太郎:中はどうなっているのだ、猿さん、犬さん、キジさん、どうか無事でいて下さい。


桃太郎はもう祈る事しかできません


桃太郎:あぁ、こうして待っている事しか出来ないなんて、何ともどかしい・・


門の中から聞こえる音は、ますます激しさを増していきます

何度も何度も、中から門や壁に叩きつけられる音がして、その度(たび)に門が揺れます


桃太郎:猿さん! 犬さん! キジさん!


中から聞こえる激しい音に、居ても立ってもいられず、桃太郎が思わず叫びます

しかし、そんな桃太郎の声をもかき消すかのように、戦いの音が鳴り響きます


猿、犬、キジの三匹が、幾ら百人力とはいえ、相手は多勢(たぜい)

桃太郎の心配は、どんどん募(つの)っていきます


三匹が壁を越えてから、キジの言っていた四半時(しはんとき)が近づいて来ました

その頃から、中から聞こえる音が、次第に小さくなっていきます

そして、四半時(しはんとき)を超えたころ、音が途絶(とだ)えました


桃太郎は固唾をのみます。


しかし、門は開きません


桃太郎:猿さん! 犬さん! キジさん!


桃太郎は、門に駆け寄り、ドンドンと門を叩いて、三匹の名を呼びます


桃太郎:猿さん! 犬さん! キジさん!

桃太郎:返事を、返事をしてください!


しかし、返事は返ってきません

その時、中から門の閂(かんぬき)を外(はず)す音が聞こえてきました。


桃太郎はその時、キジの言葉が脳裏(のうり)をよぎります

三匹が死んだ時には、鬼が自ら門を開けて討って出るという言葉が


そして、ゆっくりと門が開きます


桃太郎は刀を握りしめて、鬼を迎え撃つために、構えます。 その時


猿:桃太郎さん!


門の中から桃太郎を呼ぶ声が聞こえました

なんと、門を開けたのは、鬼ではなく猿でした


桃太郎:猿さん!


桃太郎は思わず涙がこぼれそうになりました。


猿:桃太郎さん、お待たせしました、門は開きましたよ



「鬼ヶ城」への突撃(とつげき)が上手くいかずに、籠城(ろうじょう)されてしまった桃太郎一行でしたが、

猿、犬、キジの三匹が、決死の覚悟で壁を越え、「鬼ヶ城」の門を開けました。


三匹は門に集まって来た鬼を、全て倒して、門を開けてくれたのです


猿:桃太郎さん、お待たせしました、門は開きましたよ

猿:ちょっと閂(かんぬき)の位置が高かったので、門を開けるのに時間がかかってしまいました、申し訳ない


そう桃太郎に言った猿は、全身が血だらけ、傷だらけでした。

よく見ると、犬もキジも、血だらけで、息を切らせて立っています。


桃太郎:皆さん、ありがとうございます。


桃太郎が三匹に駆け寄ります。


桃太郎:皆さん、こんなに傷だらけになってしまって・・・


猿:私達は大丈夫です。

猿:鬼は私達が粗方(あらかた)片づけました

猿:さぁ、桃太郎さん、早く、温羅(うら)のところへ向かって下さい


そう、猿が言います


桃太郎:しかし・・・


犬:私達は少し疲れてしまいましたので、しばし休んでから向かいます

犬:なぁに、私達はあとで必ず追いつきますよ。


犬もそう語りますが、桃太郎は三匹が心配でなりません。


キジ:桃太郎さん、時間がありません、

キジ:私達を置いて、早く行って下さい


桃太郎は、キジにも急(せ)かされます。


桃太郎:わかりました

桃太郎:では、みなさん、私は先に参ります、後で必ず迎えに来ますので


猿:桃太郎さん、ここからは、決して振り向かずに、真っすぐ温羅(うら)のところへ向かって下さい


猿がそう言います。

桃太郎は、その言葉の意味を飲み込み、頷(うなづ)きました。


そして、桃太郎は三匹に背を向けて、城の中央を目指して駆け出しました

桃太郎の背中で、ドサッ、ドサッという何かが倒れる音がしましたが、桃太郎は歯を食いしばり、振り向かずに進みます。


城の中央に向かう途中、数人の鬼が、桃太郎の前に立ちふさがりましたが、

闘志の燃え上っている桃太郎は、これを一刀のもとに切り伏(ふ)せ、まるで無人(むじん)の野(の)を行くが如(ごと)くに進みます。


そして、桃太郎はついに城の中央まで辿り着きました。

城の中央には、一際(ひときわ)大きな鬼が立っております。

大きさは、およそ1丈(じょう)4尺(しゃく)、頭には牛のような大きな角があり、目はトラのように鋭く、髪の毛は燃えるように赤い鬼。

そう、温羅(うら)です。


温羅(うら)は、桃太郎を睨(にら)みつけて、口を開きます


温羅:お前は誰だ、何をしに此処(ここ)に来た


桃太郎:私は、桃から生まれた桃太郎。

桃太郎:温羅(うら)、お前を退治(たいじ)しに来た


温羅:ほう、何故、俺が退治されねばならんのだ


桃太郎:お前は自分の悪行が分からんのか

桃太郎:村を襲い、人を殺し、金品を奪う。 そんな事が許されるとでも思っているのか


温羅:それは、お主らが兎を狩って糧とするように、俺達はお主らを狩って糧としているのだ


桃太郎:人間を狩るだと・・・

桃太郎:そうか、わかった

桃太郎:お前が鬼の理(ことわり)で、暴挙(ぼうきょ)を繰り返すというのなら、私は人の理でお前を討(う)つ


こうして、温羅(うら)と桃太郎の壮絶な戦いが始まりました。

しかし、温羅(うら)は強く、桃太郎の百人力をもってしても、たやすく勝てる相手ではありません。


桃太郎は、激しい戦いの中で、不思議と、いろいろな想いが頭の中を駆け巡っていました。

お爺さん、お婆さんの事、村の人々の事、そして、わが身の命をも顧(かえり)みずに、門を開けてくれた、猿、犬、キジたちの事を

それらの想いが桃太郎の力となり、桃太郎は、ついに温羅(うら)を討ち取る事ができたのでありました。




桃太郎が温羅(うら)を討ち取り、門の前まで戻ってみると

猿、犬、キジの三匹は、ぐったりと地面に横たわりながらも、なんとか生きておりました。

それを見て、ほっと胸をなでおろす桃太郎


そんな桃太郎の姿に気づいた猿は


猿:桃太郎さん、温羅(うら)に勝ったのですね


そう言ってニコリと笑いました

犬も、キジも同様にニコニコと笑っております。


桃太郎:はい、皆さんのおかげで、なんとか温羅(うら)に勝つことが出来ました。

桃太郎:皆さんも無事で何よりです。


猿:私達も天命を果たす事が出来て良かったです。

猿:これも、桃太郎さんのおかげです。


桃太郎達は、全員が生きて天命を果たす事ができたと喜びあいました。

そして、しばし喜びあった後


桃太郎:では、皆でお爺さん、お婆さんのところへ帰りましょう。


そういうと、桃太郎一行は、帰路(きろ)についたのでありました。




見事、鬼退治を果たした桃太郎、お供の三匹と一緒にお爺さんと、お婆さんの元に向かいます。

途中、吉備国(きびのくに)の村に寄(よ)って、村の役人に、鬼退治をした事、「鬼ヶ城」の中に、鬼に奪われた品々(しなじな)がある事を伝えました。


そのあと、桃太郎達は、急いで出雲国(いずものくに)の村に帰ります。


桃太郎:お爺さん、お婆さん、遅くなりましたが、今帰りました。


桃太郎は、なんとも晴れやかな顔をしておりました。

お婆さんは、桃太郎を見るなり、断食(だんじき)で弱った身体を支えながらニコリと笑い、お爺さんは「うん」「うん」と頷(うなづ)きます。


桃太郎も、二人を見て、安堵(あんど)の表情でニコリと笑います。


お爺さん:ところで桃太郎、後ろの方々は?


お爺さんが桃太郎に尋(たず)ねます。


桃太郎:この方たちは、私を助けて一緒に鬼退治をして下さった方々です。


そう言って、桃太郎は、お爺さんとお婆さんに、猿、犬、キジを紹介しようと、三匹の方へ振り返りました。

すると、なんと、猿、犬、キジの三匹は人間の姿になっていたのです。


桃太郎:おお!

桃太郎:みなさん、人間の姿になられたのですね


猿:はい、桃太郎さんのおかげで、私達の願いが叶い、人間になる事が出来ました。


三匹、いや三人は、人間になった自分の体をしげしげと見つめております。


お爺さん:桃太郎、ご立派な方々じゃないか、

お爺さん:こんな方々が、お供について下さったとは、さぞ心強かっただろうて、よかったなぁ


お爺さんは桃太郎の成長ぶりに笑みがこぼれます。


桃太郎:はい、でも、この方たちが、お供をしてくださったのは、お婆さんの「勝ち飯」のおかげなのです


お婆さん:おやまぁ、それはよかったですね。

お婆さん:ささ、立ち話もなんですから、皆さんに中に入って頂きなさいな


そういって、お婆さんは三人を家に招(まね)き入れ、慎(つつ)ましながらも、精一杯のもてなしをしたという所で、

桃太郎一代記、これにて、閉幕とあいなります。



この直ぐあと、人間となったお供の三匹は

猿は「猿飼部 楽々森彦命(さるかいべの ささきもりひこ)」

犬は「犬飼部 犬飼健命(いぬかいべの いぬかいたけるのみこと)」

キジは「鳥飼部 留玉臣(とりかいべの とめたまおみ)」

と名付けられ、帝(みかど)に召し抱えられる事となります。


その後、お供の三人らによって語られていく桃太郎の鬼退治の活躍は、都でも評判の物語となり

お婆さんの「勝ち飯」は、吉備を救った団子として「吉備団子」と呼ばれるようになりました。


それから、もう少し後になって、桃太郎は、吉備津彦命(きびつひこの みこと)と名付けられ、

帝(みかど)に召し抱えられる事となり

そして、再びこの三人を家来にし、もう一活躍(ひとかつやく)する事となるのですが

それはまた、別の一席


おなじみ桃太郎一代記、一席の読み終わりでございます。



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【創作講談】桃太郎一代記(合冊) Danzig @Danzig999

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