第2話 お供達との出会い

【まくら】


えー、一席、講談でお付き合いを願いたいと思っております


講談といいますと、ご存じのかたもおられると思いますが、話が途中で始まって、途中で終わるという、なんとも、消化不良を起こしそうな演目が多いわけです



と言いますのも、皆さんが講談で聞きたいという話は、たいがい、話が長い。

そもそも、有名な人の半生(はんせい)とか一生(いっしょう)などを語る訳ですから、長くても当然となるわけです。



川柳にも「講釈師、冬は義士(ぎし)、夏はお化けで飯を食い」なんて謡(うた)われるように、

赤穂浪士(あこうろうし)、所謂(いわゆる)忠臣蔵の話なんかが、大人気なんですが


この赤穂浪士という話一つとってみても、登場人物が、義士(ぎし)だけで47人もいるわけです。

それに加えて、事件の発端(ほったん)となった、


浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)ですとか、


吉良上野介(きら こうずけのすけ)


他にも

赤穂浪士を陰で支えた

天野屋利兵衛(あまのや りへい)


四十七士(しじゅうしちし)に加われなかった、

萱野三平(かやの さんぺい)なんてのもいて


もう、それはそれは、沢山の人が登場するお話なんです。


しかも、浅野内匠頭(あさの たくみのあみ)が、切腹(せっぷく)をしてから、大石内蔵助(おおいし くらのすけ)が討ち入りをするまでに、およそ二年かかっているわけです。


その間に、それぞれの人に恰好いい話とか、泣けるエピソードなんかがあるんですね。


講談の演目時間というのは、だいたい20分前後ですから、その中に、どだい納まる筈(はず)がありません。


という事で、講談というのは長い話を20分くらいで終わる幾つかの話にする訳です。


ですから、途中で始まって、途中で終わるという事になるんですね。



今回、お読みする一席は桃太郎一代記なのですが、これも、今回は途中から始まります。


そして、今日は最後まで行けるかどうか・・・・


それは、お時間次第という事でございます。


【本編】


時は、白雉(はくち)24年、

西暦でいえば673年。

出雲国(いずものくに)で桃から生まれ、

すくすくと成長をした桃太郎

村で鬼の話を聞き、鬼退治を決意いたします。


育ててくれた、お爺さんとお婆さんに、戦(いくさ)の支度をしてもらい、

二人に別れを告げ

今は一人、吉備国(きびのくに)、鬼が住むという鬼ヶ城へと向かっております


出雲国(いずものくに)の、お爺さんの家から鬼ヶ城までは、人の足で約三日、それ程遠い道のりではないのですが、しかし、桃太郎には時間がございません。


というのも、桃太郎が帰るまで、お婆さんとお婆さんは断食をしているのです。

桃太郎が早く帰らなければ、お爺さんとお婆さんは、死んでしまいます。


桃太郎:一刻も早く帰らなければ・・・


桃太郎は、気持ちばかりが逸(はや)ります


鬼ヶ城まで、行く道で三日、鬼を退治して、帰り道でもう三日かかります。

この時代、一日、二日程度、食事が出来ないというのは、珍しい事ではありませんでした。

しかし、六日というのは、さすがに命にかかわります。


桃太郎は出来る限りに足を速めます。

普通の人の倍以上の速度で歩きますが、それでも、往復で三日程・・・まさにギリギリの時間です。


急ぐ桃太郎

道中、ある峠に差しかかりました。

周りには木が多く、鬱蒼(うっそう)と茂った森の中に道を通したといった様子の峠。

その峠を抜けようとした時、後ろから桃太郎を呼ぶ声が聞こえました。


猿:もし、そこのお方


桃太郎が振り返ると、そこに人は居ませんでした。

桃太郎は不思議に思います。


桃太郎:気のせいか・・・気持ちが逸(はや)っているから、そんな声が聞こえるのだな


そう思い、鬼ヶ城へ向かおうとすると


猿:そこのお方


確かに桃太郎を呼ぶ声が聞こえます。

桃太郎はもう一度振り返りました

しかし、やはり誰もいません


可笑しな事もあるものだと、桃太郎が首をかしげると

目線のはるか下の方から声が聞こえます。


猿:私に食べ物を分けて下さいませんか?


見ると、声の主は猿でした

座っている猿の高さは約二尺半、毛の色は長めの白みがかった茶色で、赤い顔

確かに猿です。


猿:食べ物を分けて下さい、お願いします


猿は桃太郎に懇願(こんがん)します。


そして、その何とも事情のありそうな猿に、桃太郎は答えます。


桃太郎:申し訳ない、猿どの、私は貴方(あなた)に分けてやれる食べ物をもっていないのです


猿:そうですか・・・それは残念です


残念そうに首をうなだれる猿を見て、桃太郎


桃太郎:ここに幾許(いくばく)の銭(ぜに)があります、これを持って行ってください


そう言って懐(ふところ)の財布を取り出しました。

しかし、猿は首を振って言います。


猿:お金を頂いても、私はそれを使う事はできません

猿:猿がお金を使うなんて、聞いたことがないでしょう


桃太郎:それもそうですね・・・私が近くの村まで行って、食べ物を買って来てあげられれば、良いのですが、事情があって、先を急ぎますので、それもできません

桃太郎:申し訳ない


桃太郎は猿に謝ります。


猿:あなたの腰の袋から、食べ物の匂いがします。

猿:それを分けて頂く事はできないでしょうか?


猿は、お婆さんの作ってくれた、勝ち飯の入った袋を指さします


桃太郎:これは、これから行く、戦(いくさ)の為の勝ち飯なのです。

桃太郎:ですから、これを貴方にあげる事はできません

桃太郎:申し訳ない


猿:では、私がその戦(いくさ)にお供すれば、その食べ物を分けて頂けますか?


桃太郎:この戦(いくさ)は、鬼ヶ城の鬼との闘(たたか)いです。

桃太郎:生きては帰れぬやもしれません。

桃太郎:ですから、貴方を連れていく訳には、いかないのです


猿:鬼との闘いですか・・・ええ、私はそれでも構いません、お供をさせてください


桃太郎:この勝ち飯は、戦の前に食べるものです。

桃太郎:今すぐには差し上げられませんが、それでもいいですか?


猿:それでも構いません


桃太郎:・・・・分かりました

桃太郎:それでは、私と一緒に来てください


猿:はい、お供いたします


こうして、桃太郎の鬼退治に猿が加わる事となりました。


桃太郎が猿に事情を話し、二人は急いで鬼ヶ城へと向かいます。

二人が峠を下り終わる頃、森は終わり、少し拓(ひら)けた草原に出ました。

草原を少し行くと、また桃太郎を呼ぶ声がいたします。


犬:そこの刀をさげた、お武家様(おぶけさま)


桃太郎が回りを見渡しても、誰もいません

先を急ごうと、歩き始めた途端(とたん)、また桃太郎を呼ぶ声がします。



犬:お武家様、私でございます


桃太郎は再び足を止め、辺りを見渡します。

しかし、やはり誰もいません。

首をかしげる桃太郎に、お供の猿が言います。


猿:桃太郎さん、あの方ではないでしょうか?


桃太郎が猿の指さす方を見ると、一匹の犬が座っていました。

背中の毛は茶色く、胸から腹にかけて白い毛、尾がくるりと巻いている

確かに犬です。

犬は桃太郎に深々とお辞儀(おじぎ)をします。


桃太郎:犬どの、どうなさいました?


犬:私に食べ物を分けて下さいませんか?


犬は先程の猿と同じ事をいいます。


桃太郎:犬どの、私は貴方に分けられる食べ物を、持ち合わせていないのです


犬:そうですか・・・・


桃太郎:申し訳ありません


犬:でも、お武家様からは食べ物の匂いがします。

犬:それを分けては頂けませんか?


桃太郎:犬どの、これは戦(いくさ)の為の勝ち飯なのです。

桃太郎:ですから、申し訳ありませんが、貴方にあげる訳にはいかないのです


桃太郎:その代わりと言っては何なのですが

桃太郎:幾許(いくばく)の銭(ぜに)ならあります。

桃太郎:それではいけませんか?


犬:私は犬なので、お金を頂いても使う事は出来ません。

犬:私が戦(いくさ)にお供をすれば、その食べ物を分けていただけますか?


犬は猿と同じ事をいいます。


桃太郎:それは構いませんが、戦(いくさ)は鬼ヶ城の鬼との闘(たたか)いです。

桃太郎:生きては帰れぬやもしれません

桃太郎:それでも構いませんか?


犬:はい、構いません

犬:私を貴方のお供に加えてください


桃太郎:分かりました

桃太郎:それでは、私と一緒に来てください


犬:はい、お供いたします。


こうして、桃太郎の鬼退治に犬が加わる事となったのでありました。


桃太郎が犬にも事情を話し、三人は急いで鬼ヶ城へと向かいます。

一行が草原を抜ける頃、辺りは草花の少ない野原(のはら)となっていました。

桃太郎一行が、野原を急いで歩いていると、

どこからかともなくケン、ケンとなく鳥の声が聞こえてきます。


桃太郎達が気になって足を止めると、桃太郎の元に一羽の雉(キジ)が飛んできました。


頭から尾の先まで、およそ二尺半程の雉(キジ)は、すっと桃太郎の元に舞い降りると、

桃太郎に丁寧なお辞儀(おじぎ)をして、人の言葉で話しかけてきました。


キジ:私に食べ物を分けて下さいませんか?


雉(キジ)は猿や犬と同じ事をいいます。


桃太郎:雉(きじ)どの、申し訳ありませんが、私は貴方に分けられる食べ物を、持ち合わせていないのです


キジ:そうですか・・・・


桃太郎:幾許(いくばく)の銭(ぜに)ならありますが、

桃太郎:それではいけませんか?


桃太郎は猿や犬に言った事と同じことをいいます



キジ:私は鳥ですから、お金は使えません・・・

キジ:あなた様は、見たところ戦(いくさ)の支度をしておいでですね

キジ:あなた様の身体からは、食べ物の匂いがしますが、それは戦(いくさ)の為の兵糧(ひょうろう)ですか?


キジ:もし、私が戦(いくさ)にお供をしたら、その兵糧を分けていただけますか?


桃太郎:それは構いませんが、しかし、雉(キジ)どの、

桃太郎:我々は、鬼ヶ城の鬼と戦(いくさ)をしに行くのです

桃太郎:ですから、貴方を連れていく訳にはいきません


キジ:私は鳥ですので、斥候(せっこう)が出来ます

キジ:鬼ヶ城の場所も知っています。

キジ:それに、闘いでも必ずお役に立ちます

キジ:ですから、私をお供に加えてください


桃太郎:生きては帰れぬやもしれませんよ


キジ:はい、構いません


桃太郎:分かりました

桃太郎:それでは、私と一緒に来てください


キジ:はい、お供いたします。


これで、桃太郎のお供が猿、犬、雉(キジ)の三人となったのでありました。


講釈師:(雑談)えー、先程、斥候(せっこう)という聞き慣(な)れない言葉が出てきましたが、所謂(いわゆる)斥候とは、戦いにおいてですね、偵察(ていさつ)ですとか、スパイですとか、

講釈師:(雑談)罠などを事前に調べたりする任務の事なんです。 雉(キジ)は鳥ですから、空から相手の様子だとか、全体の地形を調べたりするのが得意なんですね



さて

桃太郎は雉(キジ)にも事情を話し、四人で鬼ヶ城まで急ぎます。

雉(キジ)が鬼ヶ城までの近道を知っていた為、桃太郎達は森に分け入ったり、藪(やぶ)の中を進んだりと、

街道とは違う、困難な道を進みましたが、時間はいくらか稼ぐ事が出来ました。


鬼ヶ城から約十里(じゅうり)程の所まで来ると、雉は斥候(せっこう)に出ました。


そして、そこから一行が、もう少し進んだ頃、辺りは夕暮れになりかけてまいりました。


斥候(せっこう)をしていた雉(キジ)が帰ってまいります。


キジ:桃太郎さん、鬼ヶ城までは、あと五里ほどです。

キジ:そろそろ日が落ちますので、ここで夜を明かして、明日の早朝に出立されるのがよろしいかと思います。


桃太郎:雉(キジ)どの

桃太郎:もう少し進む訳にはいかないだろうか・・・


キジ:桃太郎さん

キジ:逸(はや)る気持ちは分かりますが、ここから先は、山道となり、足場が悪くなります。

キジ:野宿をするのであれば、この辺りがよろしいかと思います。


桃太郎:そうですか、分かりました。

桃太郎:では、今日はここで野宿をする事にいたしましょう


桃太郎:みなさん、申し訳ありませんが、道中、村がありませんでしたので、食べ物を買う事が出来ませんでした。

桃太郎:今日のところは、食事を我慢をしてください。


桃太郎はお爺さんから言われた闘う前に食べなさいという言いつけを守り

お婆さんの団子には手を付けませんでした。

猿も、犬も、雉(キジ)も、不平をいうものは誰もおりません。


桃太郎は仮眠をとるために、地面に座り、木にもたれかかります。

その時、猿と犬と雉(キジ)の三人が、何やら集まって話をしているのが見えましたが、

急いだ旅の疲れか、これまでの緊張が緩(ゆる)んだのか、桃太郎はそのまま、ウトウトとし始めました。


どれだけ眠ったでしょうか、桃太郎がふと目を覚ました時、桃太郎の前には、猿と犬と雉(キジ)が並んで座っていました。


桃太郎:みなさん、こんな夜更(よふ)けに、どうされたのですか?


桃太郎が聞くと、猿が答えます


猿:桃太郎さん、実は、桃太郎さんに聞いて頂きたい話がございます。


桃太郎:ほう、それはどういう話ですか?


桃太郎は身を起こして猿の話を聞きます。


猿:先程、犬どの、雉(キジ)どのと、話していたのですが、私達は、まったく同じ理由で、桃太郎さんのお供に加わりました。


桃太郎:そうだったのですか、それで、その理由とはなんですか?


猿:はい、私は三日前に天命を受けました。

猿:夢の中に神様があらわれて、こう申されたのです。

猿:『数日後に鬼ヶ城に鬼退治に向かう人間が街道を通る、その人間のお供をして、鬼退治をしなさい』と


桃太郎:そうだったのですか・・・


桃太郎はこの時、出立(しゅったつ)前に、お爺さんに言われた言葉を思い出しました。

吉備(きび)の人々の願いを神様が聞き入れて、お前を遣(つか)わせたのかもしれないという事を


きっと神様が、私を助ける為に、この三人を遣(つか)わせたのだろうと桃太郎は思いました。

猿は話を続けます


猿:神様は、私に、こんな事も申されました。

猿:もし、桃太郎の鬼退治が、うまくいったのであれば、お前を人間にしてやろう、たとえ、お前が死んだとしても、人間として天国に迎え入れてやると


桃太郎:なんと、そんな事が


猿:犬どのも、雉(キジ)どのも、私とまったく同じ夢を見たというのです。


その話を聞いて桃太郎の正義心が首を擡(もた)げます


桃太郎:そうですか、それは皆さんの為にも、何としても鬼退治を成(なさ)さねばなりませんね


猿:私達は死んでもよいのです、死んでも人として天国へ行けますから

猿:桃太郎さん、私達が命をかけて、あなたを守りますから、何とか鬼を退治してください。


猿の話に桃太郎は首を振ります。


桃太郎:有難い話ですが、それはいけません。 私はお婆さんに言われました『途中でお仲間が出来たら、みんなで帰って来なさい』と。

桃太郎:人を犠牲(ぎせい)にして、本懐(ほんかい)は遂(と)げられません。みんなで一緒に、お爺さんとお婆さんの元に行きましょう


猿:桃太郎さん・・・ありがとうございます。


猿はそう言って、嬉し涙を流します。


桃太郎:明日は早朝に出立します。

桃太郎:さぁ、今日はもう休みましょう


猿:はい。


そういって、一行は眠りにつきました。


次の日の早朝、日の出の少し前の、空が白々(しらじら)と明るくなりかけた頃

桃太郎たちは目覚めました

身支度(みじたく)を整(ととの)え、四人そろって出立をいたします。

鬼ヶ城はもう目の前です。

改めて決意を固め、朝日を背にして歩き出す四人

いざ、目指すは鬼ヶ城


さて、いよいよ、吉備の鬼、温羅(うら)との対決となるのですが

残念ながら、本日はここで時間いっぱいとなってしまいました。


難攻不落(なんこうふらく)の鬼ヶ城

温羅(うら)とは、どれ程の強さなのか

猿、犬、雉(キジ)の三人は無事に人間になれるのか

これから益々面白くなってくる所ではございますが

本日はこれまで


おなじみ桃太郎一代記、一席の読み終わりでございます。


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