【創作講談】桃太郎一代記(合冊)

Danzig

第1話 出立

【まくら】

えー、一席、講談でお付き合いを願いたいと思っております


講談といいますと、ご存じのかたもおられると思いますが、いわゆる「軍記もの」といいますが、戦いの話が非常に多いんです。


しかも、真田軍記とか、宮本武蔵だとか、武田信玄だとか実在の人物を元にしたお話が多い。


といいますのも、この講談とは、そもそもが戦国時代頃に、戦に疲れた大名やら戦士たちへの退屈しのぎとか、労(ねぎらい)いの為のお喋りが元になっているといわております。


話す相手が戦士や大名ですから、どこどこの国の戦いはどうだとか、あの人はこんなに強かったとか・・・どうしてもそういう話に興味がわきます。



ですから、自然と戦いの話が多くなったと言われております。


しかし、講談というものは実在の人物を元にしていると言っても、まったくの実話ではございません。



それは、相手が退屈しないように脚色を付けたり、数を割り増しして話を大きくしたり、最期をよりドラマチックにしたり、面白い語り口調になったりと、あれこれ工夫がされております。


ですから、講談を聞いて「あぁ、歴史はそうだったんだ」なんて思ってはいけません。


今回お話しするのは、桃太郎一代記なのですが皆さんご存じの、この『桃太郎』

日本各地に元になったというお話がいくつもございます。


それだけでも何が事実なんだかが曖昧(あいまい)なのですが、中でも今回のお話は岡山県伝わる伝説を元にしたお話です。


時折、歴史上の人物も出てくるやもしれません。


しかし、だからといって史実というわけではございません。


一切を、物語、昔話だとしたうえで、皆さん、心して聞いていただきたいと思います。


【本編】


昔、昔、時は、白雉(はくち)21年といいますから、西暦でいえば670年

今から約1300年以上前のお話でございます

吉備国(きびのくに)、今の岡山県の山の中に一つのお城がございます

この城は、百済(くだら)の国、今の朝鮮半島から流れ着いた、城作りの技術者達を使って作らせた朝鮮式の山城


当時の百済は、日本よりも築城技術が優れいたものですから、まさに日本の中にあっては最新技術、難攻不落の要塞でした


この城の主である温羅(うら)という人物、

身丈(みのたけ)は1丈(じょう)4尺(しゃく)あったと言いますから、約4.2メートル

体は牛のように大きくて角があり、目はトラのように鋭く、髪の毛は燃えるように赤かったと言いいますから、

実におぞましい姿をしていたかという事がわかります


いつしか、この温羅(うら)の事を鬼、そして、この山城の事を鬼の城、鬼ヶ城と呼ぶようになりました

そして、この鬼が時折、里に下りて来ては人々を襲い、金品を奪い、若い女を攫(さら)っていくという悪行の限りを働いて、里の人々を苦しめておりました


これと時を同じくして、出雲国(いずものくに)

今の島根県の中でも比較的岡山県に近い場所に、ひっそりと立つ一軒の家

そこに齢(よわい)50を超えたお爺さんと、お婆さんが二人だけで慎(つつ)ましく暮らしておりました


このお爺さん、山に入り、柴狩りをいたします

柴というのは木の小枝の事でございますが、昔は燃料が木でしたから、燃える小枝集めは一つの仕事として成り立っておりました

お爺さんは柴だけではなく、春には山菜や、秋にはキノコなど山の幸などを集めて、里に売りに行き、日銭を稼ぐというのを日課としており、

お婆さんは家の留守を預かり、時折、川へ洗濯へ行く、そのような暮らしを二人でしておりました。


ある日、お婆さんが川で洗濯をしておりますと、川上の方から何かが流れて来るのが見えます

次第に大きくなるその何かをよく見ると、それはそれは大きな桃でございました

お婆さんは驚くのと同時に、この桃を手に入れようと、自分の着物が濡れるのも忘れて、川の水を手前にバシヤバシヤとかき込みます。


お婆さん:こっちへおいで、こっちへおいで、バシャバシャバシャッ


すると桃は次第にお婆さんの方へ、すーっと近づきながら流れてくるようになりました

お婆さんは桃が目の前まで来ると、ガシっと桃を掴み、渾身の力を込めて桃をググっと川から引き揚げます


お婆さんは引き揚げた桃を、洗濯たらいの中に入れたものの、自分の力では持って帰れません

一度家に戻って、納屋から大八車を持ってきてから、洗濯たらいを乗せて家まで運びました

重い大八車を引きながらも、お爺さんに喜んでもらえると思うと、お婆さんは終始笑顔でございました


夕刻が近づき、カラスが鳴く頃になりますと、お爺さんが里で柴を売ったお金で、今晩の食材を買って帰ってまいります


お爺さん:婆さん、今帰ったよ、これが今日の分だ


お婆さん:おかえりなさい、お爺さん、いつもありがとうございます

お婆さん:今日は私の方にも、いいものが用意してありますよ、ささ、お上がりなさいな


お爺さん:お、なんだね婆さん、いいものって。 婆さんがそんな事をいうなんて、めずらしいなぁ


お婆さんのニコニコした顔をみると、お爺さんの顔も自然と綻(ほころ)びます

お爺さんが、わらじを脱いで家へ上がり、いつものように囲炉裏の前に座りますと、お婆さんは土間から今日取ってきた、大きな桃を重そうに持ってきてお爺さんに見せます


お婆さん:ほら、お爺さん御覧なさい、この大きな桃を


お爺さん:おお、これはまた珍しい、立派なももだのう。 婆さん、この桃を一体どこで手に入れてきたんだ


お婆さん:実は今日、洗濯をしていましたら、この桃が川上から流れて来たんですよ


お爺さん:ほう、川上からか、それはまた珍しいなぁ


お爺さんは、この大きな桃を、あっちから眺め、こっちから眺めて首をかしげます。

それを見ていたお婆さんは、ニコニコしながら


お婆さん:ささ、お爺さん、眺めてばかりいないで、早く桃を切って下さいな


そういうと、刃渡り八寸程の大きな菜切り包丁をお爺さんに渡します


お爺さん:よし


お爺さんは、お婆さんから渡された包丁を受け取ると、一気に切ろうと包丁を振り上げた、その瞬間

桃がぶるぶると震えたかと思うと、パカッと二つに割れて、中から玉のような赤ん坊が現れおぎゃあ、おぎゃあと産声を上げたのでした。


お爺さんとお婆さんはその光景を目(ま)の当たりにして、一瞬呆気(あっけ)に取られて動けませんでしたが、その後、お互いの呆気にとられた顔を見合わせて、思わず笑いあいました



それからというもの、洗濯たらいに沸かしたお湯を入れて産湯とし、お婆さんの古い着物を割いてむつき(おむつの事)としたりと、慌ただしく一時(いっとき)をすごします。


二人が慌ただしく動いているその間、始終泣いたり笑ったりしているこの元気な赤ん坊に、二人は桃の中から生まれたという事で、

『桃太郎』という名を付ける事にいたしました。

世に言う桃太郎誕生の瞬間であります。



それから、二人は桃太郎をそれはそれは大事に大事にそだてました。

お爺さん、お婆さんは桃太郎から若さを分けてもらったかのように、元気になり、お爺さんはこれまで以上に働きました。


しかし、不思議な事に、この桃太郎、普通の子供の成長よりも数段早い、いや、数段どころではない

生まれて一週間後には既に立ち上がり、三か月後にはお爺さんについて山に入るようになりました。


そして、一年が過ぎる頃になると、お爺さんの代わりに柴を背負って売り歩き、お婆さんの代わりに川に洗濯にいくという、

とても働き者で優しい子へと成長していきました。


桃太郎から若さを分けてもらったお爺さんとお婆さんは、体力はあるものの、桃太郎になかなか働させて貰えない

そんな嬉しいような、なんだか残念なような、そんな幸せな日々を過ごすようになりました。


それだけではありません。

この桃太郎、腕っぷしもめっぽう強い、もう里にも桃太郎に相撲で勝てる人間は誰もおりません。


お爺さんに削ってもらった樫の木の木剣(ぼっけん)を持って山に入れば熊にも負けない。

そんな、気は優しくて力持ちという桃太郎は里でも大変な人気者となりました。


そして、桃太郎が生まれてから三年の月日が流れたある日

柴を売りに里に下りていた桃太郎が妙な噂を耳にします。


店主:いや、怖い、本当に怖いねぇ・・


桃太郎:オヤジさん、どうかしましたか?


店主:あぁ、桃太郎かい、いや最近嫌な噂があってな


桃太郎:嫌な噂ですか?


店主:あぁ、桃太郎は知らないかもしれないな。

店主:実は、3年くらい前からみたいなんだが、隣の吉備国(きびのくに)に鬼が出るようになったそうだ、その鬼は大そう残忍で

店主:里に下りては、金品を奪い、女をさらう。 歯向かう人間は容赦なく殺してしまうそうだよ


桃太郎:なんと!そんな事が


店主:あぁ、そうなんだ

店主:鬼の身丈(みのたけ)は1丈(じょう)4尺(しゃく)もあって、牛の角とトラの目を持って髪は真っ赤だそうだ、

店主:そんな奴にだれも勝てるはずもなく、みんな震えてるそうだよ


桃太郎:それは酷い


店主:それで、最近になってその鬼がこの出雲国(いずものくに)の近くにまで出るようになったって話さ

店主:この里は、吉備国(きびのくに)に近いだろ? だからこの里にもいつか来るんじゃないかって噂になって、みんな怖がってるのさ


桃太郎:そうですか・・


この話を聞いた桃太郎、

体の中に眠る生来(せいらい)の正義感がムクムクと首をもたげます。


桃太郎:くそっ、こんな話が許されていいはずがない


そう考えると、桃太郎はもう居いても立たってもいられなくなってきます

家路に向かう脚も次第に早くなってくる

どんどん、どんどん、早くなって、気が付くと桃太郎はもう全力で走っておりました。

タタタタタタタタッ!


家に着くと、わらじを脱ぐか脱がないかの勢いでお爺さんの元に飛んでいきましたす

バタバタバタバタッ!


桃太郎:お爺さん、お爺さん!


お爺さん:なんだい桃太郎、そんなに慌てて


桃太郎:ハァハァ、

桃太郎:お爺さん、

桃太郎:先程、里で吉備国(きびのくに)の鬼の話を聞きました


お爺さん:何?


お爺さんは桃太郎のその言葉を聞いた瞬間、目の色が変わります。


このお爺さん

実は桃太郎が生まれる前から吉備国(きびのくに)の鬼の話を知っておりました。

その時は、隣の国の話だし、こんな辺鄙(へんぴ)な場所には無縁の話であろうと、そう思っておったのですが、


桃太郎が生まれ、大きくなり、力強く、優しく成長していくについて、段々と嫌な予感が首を擡(もたげ)げ始めます。

お爺さんの脳裏には、いつしか桃太郎が鬼の話を聞けば、必ず退治に行くと言い出すだろうと、もう半(なか)ば確信となっておりました。


お爺さん:で、桃太郎、お前は鬼の話を聞いてどうするつもりだ?


桃太郎の方へ向き直り、お爺さんは聞きます。


桃太郎:私は鬼が許せません、鬼退治に行きたいと思います


お爺さん:生きては帰れんぞ、それでもいいのか?


桃太郎:かまいません


その言葉を聞いたお爺さん


お爺さん:・・そうか、分かった


そういうとお爺さんはすくっと立ち上がり


お爺さん:おい婆さん! 桃太郎が戦(いくさ)に行くそうだ、支度をしてやるぞ


土間で、それを聞いたあ婆さん


お婆さん:はい、分かりましたよ


そういうと台所へ向かいました。

その時のお爺さんもお婆さんも背筋がピシッと伸び、二人ともお往年の武者のようでした。


お爺さん:さて桃太郎、お前、支度はどうする? 武器は?


桃太郎:支度はありません、武器はお爺さんの作ってくれたこの木剣(ぼっけん)があります、私はこれで熊も倒せます


お爺さん:それではダメだな・・・・ついて来なさい


桃太郎:はい


桃太郎がお爺さんについて奥の部屋に行くと、お爺さんは押し入れの奥から長いつづらを引っ張り出しました。

そして、それを桃太郎の前に差し出します


お爺さん:これを使いなさい

お爺さん:

そう言ってつづらを開けると、中には鎧や刀が入っております。


桃太郎:お爺さん、これは?


お爺さん:これはワシが昔使っていたものじゃ、子供に託(たく)そうと思っておったのだが、子供ができなかったのでな、

お爺さん:こうして今もここにある


桃太郎:そうですか・・・



お爺さん:今のお前は、昔のワシと比べてもだいぶ大きいからな、鎧は少し無理かもしれん

お爺さん:だが、服と陣羽織と刀は使えそうだな


そういってお爺さんは、桃太郎に昔の自分の戦衣装を着せてくれました。


お爺さん:戦(いくさ)にいくなら、みすぼらしい恰好はいかん、特に攻め入るときにはな

お爺さん:誰が見ても『正義は我にある』そう思われるような恰好でないとな

お爺さん:よし、これでいいだろう


お爺さんは昔の自分の衣装を着ている桃太郎をしげしげと見つめます


お爺さん:桃太郎・・・立派になったなぁ


桃太郎:お爺さん・・・


その時、桃太郎はお爺さんと目が合います。

その時のお爺さんの眼力(がんりき)には、里で敵(かな)う者なしと謳(うた)われた桃太郎でさえも、たじろきそうになりました。

命を懸けた戦(いくさ)とはこういうものだぞ

まるで歴戦の兵(つわもの)が桃太郎にそれを教えているようでありました。


二人はしばし目で語り合うと


お爺さん:もう外に出なさい、そろそろ婆さんの支度も出来ている頃だろう


そう言って二人は家の外にでます。

外に出ると、お婆さんが袋を持って待っておりました。


お婆さん:桃太郎、これを持ってお行き


そういってお婆さんは桃太郎に袋を渡します


お婆さん:これはキビで作った団子だよ

お婆さん:お爺さんが戦(いくさ)に出かけるときに、必ず持って行った勝ち飯さ

お婆さん:お爺さんはこれを持って行っては、必ず帰ってきてくれた

お婆さん:だからお前も必ず帰っておいで


桃太郎:ありがとう、お婆さん


お婆さん:途中でお仲間が出来たら、その方達にも分けておやり。 みんなで帰ってくるんだよ


桃太郎:はい


桃太郎は、勝ち飯の入った袋をじっと見つめます


お爺さん:婆さんの作った勝ち飯は百人力の力がでるぞ、戦う前に食べなさい


桃太郎:はい、お爺さん


そして、改めて桃太郎の有志を見たお爺さんが桃太郎に言います


お爺さん:桃太郎、お前が流れて来たあの川はな、

お爺さん:吉備国(きびのくに)の天山(てんざん)という、神様が住むと言われる山から流れてきているそうだ。

お爺さん:三年前、鬼に苦しめられた吉備(きび)の人々の願いを神様が聞き入れて、お前を遣(つか)わしたのかもしれんな


桃太郎:はい


お爺さん:だとすれば、この鬼退治はお前の天命なのかもしれん

お爺さん:お前には神様が付いてる、だからきっと勝てる


桃太郎:はい


お爺さん:婆さんの言う通り、必ず帰って来なさい

お爺さん:わしと婆さんは、お前が帰ってくるまで断食をする。

お爺さん:お前が死んだら、わしらも死ぬ

お爺さん:その覚悟でいけ


桃太郎:分かりました、お爺さん。 行ってきますお婆さん。


お婆さん:あぁ、行っといで


お婆さんを見て、うんと頷き、くるりと振り返った桃太郎。

今は一人、吉備国(きびのくに)へと向のでありました。

目指すは温羅(うら)の住む鬼ヶ城!



この後、道中で3人の仲間と出会い、鬼ヶ城に攻め入る事となる桃太郎、

難攻不落の鬼ヶ城をどう攻略するのか、吉備の鬼、温羅(うら)との対決はどうなるのか、

後に吉備団子と言われる、お婆さんの勝ち飯とは・・・と

ここから益々面白くなってくる所ではございますが


残念ながら、本日はここで時間いっぱいとなってしまいました。


おなじみ桃太郎一代記、一席の読み終わりでございます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る