第7話 沈みゆく街、脱出

「テンペストさん。遅くなってすみませんでした」


「かまわない。話はついたのか?」


「ええ、とりあえずは付いてきてくれるみたいですよ」


そう言って、ノエルがはにかんだように笑いながら後ろを振り返った。


その仕草はまるで、晩餐会で意中の男性を踊りに誘い、それに応じてもらった令嬢のようだった。

それは、この戦場にはあまりにも似つかわしくない笑いだった。


その瞬間、三体の腐毒鬼グール瘴気の中から飛び出してきた。

その三体を、リュードの剣が一閃で叩き斬る。


「再生の起点はどうする? その男に頼むか?」


「いえ、ここはいつも通りテンペストさんにお願いします」


「わかった。それじゃあ、さっそく脱出のための『道』を作るか」


「あんまり痛くしないでくださいね」


「無理だ。ただ……、一瞬で済ます」


「はぁ、痛いのは嫌だなぁ……。まぁ、仕方がないんですけどね」


そう言って、ノエルは巨躯の魔族の前で立ち止まった。


「ノエル。服はそのままでいいのか?」


「そうですね。これ、お気に入りでしたけど……。さっきリュードに斬られてスタズタにされてしまったので、もういいです。後で、昨日の仮拠点に置いてきた別の服に着替えますよ」


瘴気に閉ざされつつある広場にて、なんでもない日常会話のようにして交わされる二人の会話。


「……わかった」


最後にそう言って、巨躯の魔族がノエルの右手を掴み、いきなりそれを捩じ切った。

痛みを感じているのかいないのか、ノエルは顔をわずかに歪めただけだった。


ポタポタと血の滴る右手を押さえながら、ノエルは数歩ほど前に向かって歩き出す。


「この辺ですかね?」


「そうだな、その辺だな」


そして、ノエルはリュード達が来た方とは逆方向の大通りを臨み、そこで静かにたたずんだ。


異様。

腕を捻じ切られても、ノエルは平然とした顔をしてそこに立っていた。

その右手からボタボタと血が滴ってさえいなければ、本当になんでもない日常の一コマのようだった。


そのノエルと対峙し、巨躯の魔族が大槌を思いっきり横に振りかぶった。

そして、そのままその大槌をフルスイングでノエルの身体へと叩きつける。


「なっ……」


耳をつんざくような凄まじい爆発音とともに、ノエルの身体は粉々の肉片となって爆風と共に吹き飛んでいく。


肉の焦げる匂い。

キンキンという爆音の余韻。


そうして飛び散ったノエルの肉片が、瞬く間に白い結晶へと姿を変えていく。


その結晶が爆風の流れに乗り、リュード達の前方の腐毒の瘴気を晴らしていったのだった。


呆然とするリュード達の目の前で、地面に落ちたノエルの手がピクピクと痙攣を始める。

そこから、先程までよりも少し長い時間をかけてノエルの全身が再生していったのだった。


「魔力を消費すると徐々に再生力が弱まっていきますね。やはり、これについては何らかの対抗措置を取らなくてはなりませんね」


ノエルの衣服は爆風と共にすべて焼けてしまい、手から全身が再生した今は、当然ながら裸だ。


「ではテンペストさん、ここから先はよろしくお願いします。リュード……と、もう一人の方は、死にたくなかったら必死で私達についてきてくださいね」


全裸のまま、テンペストと呼ばれた巨躯の魔族の肩に飛び乗って、ノエルが少し楽し気な声でそう言った。

テンペストの左の肩には、すでに人間の少年と魔族の少女乗っている。


ノエルは彼らとは反対の右肩に腰を下ろした。


瘴気が晴れた大通りをテンペストが走り出す。

その動きに呼応するように、周囲の霧の中から次々と腐毒鬼グールが飛び出してきた。


「これ、何体いるんだよッ! おい新人、俺の後ろに……ってマジかよお前っ!!」


飛び出してきた腐毒鬼グールを五体ほど、リュードは瞬く間に真っ二つに叩き斬っていた。


「太刀筋を見りゃわかる。とんでもねぇなお前!」


二体。三体。また五体。

リュードは次々と現れる腐毒鬼グールを、現れるそばから瞬殺していく。


「しかも魔法剣なのかそれ? 剣が刃こぼれ一つしてなかったのはそういうわけだったか。……お前なら、ラチータを殺したあそこのバカでかい魔族にも勝てるんじゃないのか?」


何も答えないリュードに対して、リーダーは関係なく話しかけ続けた。

いつしか、リュードがため息混じりに声を上げた。


「一度は首を斬った。でも、奴は死ななかった」


「はぁっ? マジかよ。お前も化け物みたいなもんじゃねーかよ!」


そう言いながら、リーダーもまた鋭い太刀筋で数体の腐毒鬼グールを叩き斬っている。

その太刀筋は我流というには整い過ぎていた。


三人を担いで走り抜けるテンペストの両サイドを、リュードとリーダーの二人で固める。

リュードとリーダーはそのまま剣を振るい続けた。


そうしてついに、六人は生きて瘴気の領域を抜け出したのだった。



→→→



「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」


「ちっくしょう! 生き残ってやったぞぉぉっ!」


小高い丘の上まで駆け上がり、ノエルの声を合図にしてリーダーがその場に倒れ込んだ。


リュードが背後を振り返ると、クセルの街は完全に腐毒の瘴気に沈んでいた。


結晶化したノエルの身体によって瘴気が払われ、リュード達の生きるための道ができた。

だが、その道はすぐに瘴気に飲まれて消えてしまっていた。


「テンペストさんの爆風に乗せて、広範囲に薄く広げましたので……、やはり持続力はあまりないですね。ちなみにリュードに斬り落とされた腕と下半身が結晶化して残っているあの広場なら、あと数時間は持ちこたえると思います」


あの広場がすぐに腐毒の瘴気に飲まれなかったのは、戦いの初めにリュードによって斬り落とされたノエルの身体の効果であった。


瘴気に沈んだ街の向こう側に、アートランド正規軍と思しき軍隊が整列しているのが見える。


「マジで、本物の正規軍が待ち構えてやがるじゃねぇか……。また、俺だけ生き延びたってことかよ」


沈みゆく夕日の中のその光景を見つめながら、リーダーがきつくこぶしを握り締めていた。

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