第2話 沈みゆく街、斬魔の剣士

「ダル、マッシ。ガキの退路を断て。ラチータは俺と一緒にガキを捕まえるぜ」


リーダーが素早く指示を出し、小隊の全員が素早く現場へと急行した。


足音と怒声で振り返った少年の目が、驚きに見開かれた。

それでも、少年はその場を離れなかった。


魔族の少女がはりつけにされている木の支柱に体当たりを始め、何とかして少女を助け出そうとしている。

だが、わずかな木の軋む音は兵士たちの足音で簡単にかき消されてしまうほどにか細い。

それが無謀であることは、考えるまでもないことだった。


「っと、別に慌てる必要もなかったな」


小隊は、数秒後には少年と魔族の少女を取り囲んでいた。


「ほら、捕まえた」


「俺達はお前さんを助けに来たんだ。騒ぐんじゃねぇぞ。……騒いだらぶっ殺すからな?」


「お……お姉ちゃんも助けてあげてっ!」


必死な様子で繰り出された少年の言葉に、メンバーたちは顔を見合わせた。


「お姉ちゃん?」


「この、魔族のガキのことか?」


その魔族の少女は全身血まみれで、身体にはボロボロの布切れだけを纏っていた。

おそらくは、街の人間達から激しい暴行を受けたのだろう。

かすかな胸の上下動だけが、彼女の身体にまだかろうじてマナが宿っていることを示していた。


「助けてあげて。お姉ちゃんは何も悪いことはしてないんだ。お姉ちゃんは、飢え死にしそうだった僕に、パンをくれたんだ!」


「ふんっ。でもどうせそのパンはどこかの誰かをぶち殺して手に入れたもんだろうよ」


「そんなことない。お姉ちゃんはそんなことはしない!」


「どちらにしろ。魔族のガキなんざ、助けるわけにはいかねぇんだよ。ほらリュード。さっさとやっちまえよ。お前、魔族を殺したいんだろ?」


「……」


リュードは、深く息を吐きながら腰から剣を抜き放った。

シャリリという金属のこすれる音が、死にゆく無音の街にゆっくりと響いた。


「いやだっ! やめてよッ! お姉ちゃん! 起きてっ、お姉ちゃん!!」


使い慣れた剣の柄を優しく握り、刀身をゆっくりと振り上げる。


『お姉ちゃん……』


リュードにも、かつてそう呼んでいた人がいた。

でも、その人はもういない。


彼女は、魔族の王『魔王』との戦いに挑み、死闘の末に命を落としたと聞いている。

その戦いの末に魔王が討伐されても、魔王のいなくなった世界に彼女は戻ることが出来なかった。


リュードは振り上げた剣を持つ手にゆっくりと力を込めた。


その瞬間、リュードの全身をすさまじい殺気が突き抜けた。



→→→



殺気は横からだった。

リュードは反射的に剣をそちらに向かって振り下ろした。


その剣が、何か大きなものとぶつかった。

炸裂音と共に凄まじい衝撃波が解き放たれ、リュードの身体は激しく後方に吹き飛ばされていた。


弾き飛ばされたリュードの身体は、商店街の旗を引きちぎり、小道具店の石壁を突き破ってようやく止まる。


轟音と共に店内の備品が四方へとまき散らされる中、リュードがゆらりと立ち上がった。

舞い散る埃の中に、何かが焼ける匂いがわずかに混じっていた。


リュードを弾き飛ばしたのは、3mを超えるほどの巨躯をもつ巨人だった。

ずんぐりとした全身を黒灰色の装備品で包み、その手には巨大な槌が握られている。


そして、その頭のサイドからは魔族の特徴である二本の魔角が天に向かってそそり立っていた。


「魔族、か……」


その巨人の持つ槌は、相当に巨大。

まさに鉄塊というような表現が正しいような武器だった。

先ほどは、おそらくはあれで殴りつけられたのだろう。

衝撃の具合や周囲に満ちる焦げ臭い匂いからして、インパクトの瞬間に何らかの魔術を使ったのも間違いない。


「ひっ……」


「くそっ! やるぞっ」


巨人が槌を振るい、瞬く間に小隊メンバーの一人が叩き潰された。


「ラチータッ! くっそぅ、もう駄目だっ! 撤退するぞっ」


リーダーが指示を出し、残りのメンバーたちが一目散に広場から走り去っていく。


「お、お姉ちゃん……」


「はっ、そんなにここに居たけりゃ勝手にしろっ」


一瞬少年の手を引きかけたリーダーは、少年を放置して走り去っていった。


そうして取り残された少年に、巨躯の魔族がゆっくりと歩み寄っていく。

そこで小道具店から飛び出したリュードが、巨人へと斬りかかった。


「新人! いい心意気じゃねーか。魔族を殺したいんだろ? そいつは任せたぜぇ~!」


小隊の生き残り達は、そのままリュードと少年を置いて逃げ去っていった。


「ほう……。あれを食らってすぐに立ち上がる、か」


ツンと鼻をつく焦げ臭い匂い。

灰黒色のマスクの中から聞こえる、くぐもった声。


その全てが、リュードをイラつかせた。


「この……、魔族がっ!」


一閃。

鎧の継ぎ目らしき場所を狙ってはなったリュードの横薙ぎの斬撃は、巨人のその巨躯に似合わぬ素早い動きでかわされていた。


「ふんっ!」


リュードのいる場所とはだいぶ離れた場所に、巨人の槌が振り下ろされた。


無意味? 不発?

いや、そんなことは絶対にない。


リュードは反射的に空中に跳びあがり、店舗の壁の装飾を手掛かりにしてさらに上へと飛びあがった。


そんなリュードの足元で、炸裂音と共に地面が弾ける。

石の地面のその下で凄まじい爆発が起きて、地面を上へと吹き飛ばしたのだ。


店舗の上階へと逃れたリュードは、床を転がってその衝撃を完全にかわした。


「ほう、初見で今のを避けるか。相当に勘がいい。もしくは……どこかでやり合ったことがあったかな?」


「覚えてないな。ただ、それが『爆裂属性』の魔術だってのは、知っている」


ステラ帝国のテンペストという聖騎士が、その技を扱っていたとリュードは聞いていた。

ただ、リュードはそれを知識として知っていただけで、今ここで巨人の攻撃を避けられたのはその知識があったからではない。


巨人の言う通りの、『勘』だ。

だが、その『勘』が戦場で生き延びるのにかなり重要な要素であることをリュードは疑っていなかった。

『勘』というのは、数々の違和感が積み重なった末に生じる、言語化できない一つの行動予測だ。


違和感を積み上げろ。

戦場ではそのすべてが生きるための糧となる。


「なるほど。技を知られていたという事か。そうなると、出来ればもう生かしておきたくはないな」


そう言った巨人のまとう雰囲気が、明らかに変わっていった。

その戦闘力の高さからリュードもうすうす感じていたのだが、やはり目の前の相手は魔族の中でも相当な上位格なのだろう。


心臓をわしづかみにされ、その拍動をもてあそばれているかのような絶望感。

それは、歴戦の強者だけが放つことのできる濃厚な殺戮の気配だった。


勇者達はこんな相手を何体も何体も倒し、一歩ずつ命を懸けて魔王の城へと迫っていったのだ。

腐毒の瘴気に侵されることのない、争いのない平和な世界を夢見て、その命のすべてを懸けて……


そして、彼らがそんな死闘を繰り広げている最中、リュードは何も知らずに辺境の地の開拓と農作業にいそしんでいた。


リュードは再び階下の大通りへと飛び降りた。


「くそ野郎!」


それは、目の前の魔族ではなく自分自身に向けて放たれた言葉であった。


「いくぞ……、死ね」


そう言って、巨人は空中に向かって槌を振り抜いた。

降り抜かれた槌から黄色い光を放つ種がばらまかれ、触れた物を爆裂の力で弾き飛ばしていく。

通りの至る所の店舗で爆裂の魔術が弾け、瞬く間に周囲に瓦礫の山を築き上げていった。


もうもうと立ち上がる土煙の中から、リュードの剣が巨人へと迫る。


「凄いな。今のも避けきるか……」


巨人の槌がリュードに向かって振り下ろされ、リュードが身体をひねってそれをかわした。

鋭く突き出されたリュードの剣が巨人の腹のあたりに吸い込まれ、貫く。


「ほう、お見事」


そのままリュードの剣で腹を切り裂かれ、巨人が膝をついた。


「今の剣……魔力がこもっていたな。……魔法剣? だとしても、かなり特殊な種別に属するものだろう」


「……『斬魔』だ」


それを聞いた巨人が、小さく息を飲んだ。

黒灰色の兜によって、リュードからは表情などは全く読めないが……、

どうやら巨人は驚いているようだった。


「魔王を殺した『勇者の剣』か。どうりで……」


そうつぶやいた巨人の首を、リュードの剣が叩き落した。


そんなリュードの視界の端で、はりつけにされた魔族の少女へと、歩み寄る黒い影があった。

深々と被った黒いフードの脇から伸びているのは、魔族の特徴である二本のツノだ。


もう一体、いた。

おそらくは、こちらが先程小隊のメンバー達が目撃したという魔族だろう。


「……殺す」


リュードは、中央広場に向けて一気に駆け出した。

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