勇者が魔王を倒しても、平和にならなかった世界にて

3人目のどっぺる

沈みゆく街

第1話 沈みゆく街、正規軍と磔の魔族

「全員戦闘態勢をとれっ! 魔族だっ!」


小隊のリーダーが、そう吠えた。

それを聞いて、五人からなる探索隊のメンバーが一斉に武器を構える。


近隣を治める領主傘下の正規軍という位置づけでありながら、彼らの装備には一貫性がなく、全員がばらばらの形状の武器を構えていた。

この小隊だけでなく、この街の探索を命じられた小隊のほとんどがそうだ。


領主の正規軍とは名ばかりの、寄せ集め集団。

一番後ろから全員を眺めながら、リュードはそんなことを思った。


「ど、どこだっ?」


「いや、確かに今あっちの道の先に……」


「俺も、確かに魔族らしき姿が見えた気がする。あのツノ付き……、人間とは見間違えやしねぇよ」


「ふんっ、俺達がアークランド領正規軍だと知って、尻尾を巻いて逃げたのか?」


「……」


「おい新人……リュードだったか? お前、魔族を見るのは初めてか? まさかビビってんじゃねぇよな?


先ほどから黙り込んでいる青年に向けて、小隊のリーダーが声をかけた。


「いや、大丈夫だ。何度も殺してる」


「ふんっ、がきんちょが。俺達は出発前に、お前の刃こぼれ一つない剣を見てるんだぜ」


「はははっ。養成所出身のぼっちゃんは、口先と虚勢だけは一人前だな」


「……」


リュードは、それ以上応えなかった。

どうでもいい自分の自尊心などのために、こんなところで同僚と言い争うのは無駄だとわかっていたからだ。


彼らは視線で合図を送り合い、再び前へと進み始めた。



→→→



アートランド領、クセルの街。


腐毒のふどくの瘴気しようき』が迫りつつあるその街で、リュードたちが請け負った任務は『逃げおくれている住民の保護』だ。


だが、本気でそんなことをしようとしている者など、この小隊のメンバーを含め今この街には一人もいないだろう。


「ちっ、さすがに金は全部持ち出してやがるな」


「こっちきてみろよ。干し肉があるぞ!?」


「この服は、売れるか?」


「服はやめとけ、流行りだの廃れだの、俺達じゃ価値が分からねぇ。それにかさばるし、すぐ汚れるし、破れるし、燃えるし……」


「はいはい。でもよ、さすがに宝石や貴金属なんてねーよなぁ」


食料品の店で繰り広げひげられる。メンバーたちの略奪行為をわき目に見ながら、リュードはうんざりしたように窓の外を眺めていた。


だが、今の自分のどこが、彼らと違うのだろうか?


食料がなければ人は生きてはいけない。

だから、志願して正規軍に入ったのだが、どうやら軍の配給だけでは常に飢えに苛まれ続ける生活からは抜け出せないらしい。

それは、この先輩達の行動を見ていれば一目瞭然だった。


「酒だ! 酒があるぞ!」


「こっちには燃鉱石もあるじゃねぇかっ」


「すげぇ、この店は大当たりだ」


「リーダーの嗅覚はやっぱり頼りになるな。さすがは元盗賊」


「ふんっ、新人以外はおめぇらも全員そうだろうよ」


リュードが眺める街の広場には、一本の木の棒が立っていた。

そして、その木の棒の先には一人の魔族が括り付けられていた。


両手を縛られ、そこから延びるロープが彼女の身体を棒のてっぺんと結び付けていた。

若い。というよりも幼い。

おそらくは捕らえられ、近いうちにここで公開処刑される予定だったのだろう。


だが、このクセル街に『腐毒の瘴気』が迫ってきているという情報で、住民たちが我先にと逃げ出したことで命拾いをした。

いや、厳密にはほんの少しだけ命が長らえただけだ。


たとえ魔族といえども、『腐毒の瘴気』に完全に飲み込まれれば、即座に死に至る。

そして、その亡骸は人間同様に醜い化け物へと変貌する。


この街に瘴気が流れ込めば、あの魔族の子供も早々にそうなるだろう。

だからこそ、住民達は彼女を放って逃げていったのだ。


「おい新人。てめぇも何か探せや」


「ほら、あっちの方はまだ探してねぇからな。さっさと行ってこい」


矢継ぎ早に命令してくる先輩達を一瞥し、リュードは再び窓の外に視線を戻した。


はりつけにされている魔族がいる。先ほど大通りで見かけたかもしれない魔族が、あれを助けに来るかもしれない」


「……来たらどうするんだよ?」


「殺す」


「へっ、嫌だねぇ。若い奴が焦って武功を立てようとしても、大体いいことないぜ」


「そうそう。魔族なんざ放っておいて、今日の晩飯のことを考えようぜ」


「……俺は、一人でも多くの魔族を殺したい」


「ふん。つまりお前はそっち側・・・・ってことかい。確かに、魔王が死んでも魔族との諍いは終わってねぇ。でもよ、今もう敵は魔族だけじゃねぇんだぜ? いつまでも魔族魔族言ってると、後ろから人間に刺し殺されっぞ?」


「せいぜい気を付けな」


「わかった。背中には気を付けることにするよ」


小隊のメンバー達は、それ以上何も言わずに各々店の物色をつづけた。



→→→



「この店はだいたい盗り尽くしたな。まだ時間があるな、次行くぜ」


「おかしら。目つきが盗賊に戻ってますぜ」


「ふんっ、お前も『お頭』じゃなく『リーダー』だろうがよ?」


「へへへ、ついつい……」


予想以上の戦利品を得て、小隊のメンバー達は表情をほころばせていた。


「今夜は久しぶりの酒が飲めるな」


「口うるせぇ上官どもには、絶対ばれないようにしろよ」


「へへへ、もちろんでさ」


そんな折、リュードが手で全員の会話を制した。

その視線は、先ほどまでと同様に窓の外に向けられている。


はりつけにされた魔族の元へ、何者かがやってきたのだ。


全員が声を押し殺しつつ、窓の外から見えづらい場所へと素早く移動した。


そんな彼らの視線の先。

窓の外の広場では、きょろきょろとあたりを警戒しながら、はりつけにされている魔族の少女へと走り寄る小柄な影があった。


おどおどと身をかがめ小走りで処刑場へと走り寄っていったのは、十歳くらいの小柄な少年だ。


「……人間、か?」


少年は、すぐに魔族の少女の足元にまでたどり着き、ナイフを持った手を必死に上に伸ばしていた。

だが、その少年の身長でははりつけにされた魔族の少女を拘束している手縄の位置にまでナイフは届かないようだった。

遠目から見て、どう考えても届かない場所に向けて少年はナイフを持った手を必死に伸ばしていた。


十歳ほどに見える人間の少年には、それが分からないのだろうか。


「ちっ、どうするよ」


「まぁ『本来の仕事』もちゃんとしておいた方が、後々上官様達からの覚えがよくなるだろうな」


本来の仕事。

つまりは『逃げおくれている住民の保護』だ。


魔族を助けようとしているらしいあの少年にどんな事情があるのか、リュード達にはわからない。


だが……


「あいつをとっ捕まえて上官様に差し出せば、ちょっとした報奨金が手に入るな」


「大手を振って欲しいものが買える綺麗な金は、持っていて損はねぇよな」


「おい、新人。ついでだからあの魔族を斬り殺していけよ」


「『魔族殺し』の拍が付くぜ」


そう言って、小隊のメンバー達は次々と店を飛び出していった。

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