第19話 ペット同伴喫茶「DAWAN」

 バスの通りも多く、通勤通学時間には渋滞もそこそこ発生する大通り。

 その大通りを、一本入った筋にある喫茶店。

 閑静な住宅街の入口に鎮座し、通りからすぐに駐車場にアクセスする事が出来ます。

 ここは、ペット同伴喫茶「DAWAN」。

 レンガ壁に囲まれた大きめの窓を持った店の外観は、その窓の袂にある小さなテラスに置かれる季節ごとの花々によって、趣がガラリと変わってきます。

 ガラス越しに路上から見える店内は、木目調ウッドパネルに丸ごと包まれた空間が広がり、ゆったりとした一時をペットと共に愉しむ客人の影が見て取れます。

 軽自動車であれば、三台ほど駐車できるスペースを敷地に設け、その足元には、建材として使われているレンガ壁がビッシリと敷き詰められ、ちょっとしたモザイク画のような趣です。

 駐車場の奥には、孔雀のように大きく花を広げたラベンダーが匂いたち、刈り込まれたオリーブと月桂樹の影が、店先の道路に優しく影を落としています。

 通りと駐車場、そして玄関をつなぐなだらかなスロープには、飛び石のように置かれた大理石の丸いサークルが並び、その隙間を流れるように多様なタイムたちが彩っています。

 よく手入れの行き届いた門柱代わりのチェリーセージとローズマリーは玄関のヒサシまで伸び上がり、アーチを作って来客を出迎えます。

あることがきっかけで、その筋では大変有名になってしまった喫茶店「DAWAN」。


 さて、そんな喫茶店の前を一人の少女が通りかかります。

 地味な色のスプリングワンピースを羽織り、猫背気味の背中にはバサバサの黒髪がかかっています。

 キャリーバッグペットを抱え、玄関先で何事かを迷っている少女。


 やがて、意を決したのか、少女はゆっくりとアーチをくぐり、玄関の扉を恐る恐る開きます。


「いらっしゃいませぇ~。」

 明るい張りのある声と共に、ピンク色を基調としたドイツ民族服ディアンドル風のドレスを着たカスミがミカを従え、客人を迎え入れます。

 少女はゆっくりと目線を上げていきます。

 眼鏡とマスクと覆われた少女の顔からは判断し辛いのですが、歳の頃はまだまだ淑女には程遠い雰囲気です。


「あ…あの…こちらは、ペット同伴で…。」

 おずおずしている少女。


「わん!」

 ミカが元気づけるかのように、少女に吠えかけます。


「ひっ!!」

 ミカに吠えられ、背筋がピッ!と延びる少女。

 延びた拍子に、眼鏡とマスクはズレてしまい、何とも間抜けな風貌が顔をのぞかせます。


 そんな彼女の顔から、眼鏡とマスクを取り去るカスミ。

 ミカはしっぽを振って、少女に愛情表現と言わんばかりに身体を擦り付けます。


 玄関口の一連のイベントに、店内のお客様は誰一人として振り返りません。

 誰もが、共有してる時間を心から愉しんでいます。


「さぁ、こちらへどうぞ。」

 カスミに促され、席に移動する少女。


 クイーンを連れたケイコさんの席まで来ると、カスミに向かい側へ座る事を促される少女。

「し…失礼します。」

 ソバカスの残る少女を前に、快く相席を了承するケイコさん。

 ケイコさんの傍で鳴いていたクイーンも、今は机の上に箱座りしています。


 さて、少女が席についてソワソワしていると、注文する間もなくハーブティーが届けられ、驚く少女。


「ご安心なさい。

 初見さんへのサービスよ。」

 ケイコさんはにこやかに話しかけ、キャリーバッグに目を向けてきます。

「その子も、退屈そうね。」


 少女は、ハッとすると、慌ててキャリーバッグの扉を開きます。

 中に居たのは、たれ耳ウサギ、クイーンが怖くて外に出てこられないようです。


 すると、いつの間にかミカが席の傍に来ており、ウサギに何か話しかけていきます。

 ミカが席を去ると、おずおずと外に出てくるウサギ。

 ウサギはクイーンの前まで出てくると、クイーンはゆっくり立ち上がり、我が子を可愛がるように、ウサギの額を舐めはじめます。

 ウサギはその場で箱座りし、クイーンも舐め続けながら寄り添うように箱座りします。


「どんな話をしてるのかしら?」

 それまでの光景に驚いていた少女を落ち着かせるように、ケイコさんが話しかけていきます。


 少女もようやく落ち着いたのでしょうか、ケイコさんの話にもちゃんと受け答えを始めます。

 いつの間にか、少女は背筋を伸ばし、相手の顔を見て堂々と話しています。


「私は、桜庭 京子というものよ。

 お嬢さん、あなたのお名前は?」

「はっ!

 し、失礼しました!

 藤本 美由紀!

 高校二年生ですっ!!」

 名前を聞かれ、慌てて席を立ち、直立不動で自分の名前を答える少女。

 その仕草にケイコさんは、クスクス笑っています。


「あらあら、元気は有り余っているようね。

 ミカ、ご苦労様。」

 カスミはミカの頭をやさしく撫で、ミカもしっぽを振って答えるのでした。

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