第15話 家主と飼い主
「なあ、タツロー。
お前は、この家の外観が変わって、一階も別物のようになっても、いいのか?」
夕食が済み、カスミは食器を洗いに台所へ、ミカもお供で台所へ、食台に居残っていた私にタケシは問いかけてきました。
『ああ、問題ない。
好きに使ってくれて構わない。』
「でも、ここはお前さんの両親が残してくれた大切な建物だろ?」
『ああ、そうだな。』
「だったら…」
『だったら、何だと言うのだ?
この家が、見つかった段階で、この家はお前たち夫婦のものだと、私は考えていたのだが?』
タケシはため息をついて、話しつづける。
「ケイコさんに話しを聞かされ、資材もいろいろ見直してみたら、どれもが大切な品々に思えてきてね。
何だか、申し訳なく思えてきたんだ。」
『何に申し訳が立たないんだ?
誰も迷惑を被っては居ない。
私だって、立派な寝所を確保できたのだ。
有り難みこそあれ、迷惑を受ける言われは無い。』
タケシは、しばらく黙り込んでいたが、一束の走り書きメモを私に見せてきました。
メモの内容は、おおよそ次の通りでした。
1)住宅全体の外観をレンガ、もしくは、レンガ調のパネルで覆い隠す。
通りに面した二階窓は出窓へ変更し、一階窓と併せて窓辺には、植物プランターが置ける程度の小さなバルコニーを設ける。
一階窓には、巻き取り式のオーニングサンシェードを設置する。
玄関口には大きなヒサシを取り付け、外側の両端が門柱に掛かるようにする。
色調は、欧州の建物を参考にシックにまとめる。
2)喫茶店内部は木製を重視し、暖かみのある色彩に揃える。
ただし、テーブル等は、既存品を流用するため、木目や木色については、吟味していく。
なお、カウンターと食器棚の色合いがアンバランスな為、内装の色合いが決まったところで化粧直しを行う。
書斎机は手を付けない、設置場所は借り決めしておく。
3)庭の一角を駐車場へ変更する。
ただし、庭の植生は極力維持した状態で実現する。
植生の維持に合わせ、植え替えが必要なものは、随時植え替えを行う。
駐車場は、普通車なら二台、軽自動車なら三台置ける程度の広さを確保する。
4)看板は、玄関ヒサシの上に設置する。
店舗名は要検討中。
これは、かなり大掛かりな改装になりそうです。
『ほほぉ~、いい感じに仕上がりそうじゃないか。』
「いや、そうじゃなくて…」
タケシが身を乗り出して来たところで、私は本題に入ります。
『草原でこの家に来る提案をしたことを覚えているか?』
タケシは席に座り直すと、少年のような瞳で一つ頷きました。
『あの時、ミカに言われたんだ、「うまくいけば、面白い」とね。』
タケシは黙って話しを聞いています。
『その時から、決めていたんだ。
もし、この家と財産が確保できたら、家も財産もお前たちにくれてやろうとね。
もはや、私は人間ではない。
だから、辛い境遇に会ったお前たちを助けられればと思っただけだ。
願わくば、私とミカの衣食住は保障して欲しかったのだが、そこは杞憂で終わっている。
だから、誰に気兼ねすることも無ければ、負い目を感じることも無い。
ただただ、お前たち夫婦が自分たちの思い通りに頑張れば良い。』
「俺もカスミとあの時話した。
もう死んだものと思っていた命、助けられた恩に報いるのが筋だろうってね。」
『じゃあ、問題ないじゃないか?』
「でも!…」
タケシが席を立った物音で、こちらに振り返るカスミとミカ。
私は口の前に前足を当て『お静かに』のゼスチャーを行い、タケシもおとなしく席に着きます。
カスミとミカには愛想よくしっぽを振ってみせたので、何事もなく収まりました。
しばらくの沈黙を置いて、私から話しを再開します。
『タケシの心情は理解した、カスミも同じ気持ちなのか?』
目の前の少年は一つ頷きます。
『では、こうしよう。
お前たち夫婦が、この喫茶店をちゃんと商って行ける事!
もう一つ、私とミカを養う事、飼い主としての責務を果たせるように。
と、この辺りで妥協しないか?』
「それでは、こちらの方がもらい過ぎで不平等だ。」
『じゃぁ、季節外れの気前の良いサンタに出会った挙げ句、ちょっと色の付いたプレゼントを貰ったと思えば良いじゃないか?』
「季節外れのサンタが…、プレゼントをねぇ…。」
しばし考え込んだタケシが、ゆっくりと私に拳を差し出してきます。
「わかったよ、相棒。」
拳と前足をお互いの前でぶつけ合うと、ミカのところへ走っていくタケシ。
タケシはそのままミカを抱き上げます。
突然の事態にパニックを起こしたミカは、タケシの腕を噛んだり、足をバタつかせたりと大騒ぎになってます。
「ちょっとぉ、あなたたち何やってるの!」
と、二人揃ってカスミに怒られてます…まぁ、ミカは被害者なんですが。
しかし、タケシはしばらくミカを解放する気は無いようで、カスミはあきれ顔、ミカはあきらめ顔になっています。
翌朝
「じゃあ、二匹をお預かりしますねぇ。」
真新しい首輪とリードをぶら下げて、私とミカは玄関前に佇んでいます。
「よろしくお願いします。」
二本のリードは、カスミからミユに渡されました。
ミユは本日、大型ワンボックスカーにてご登場です。
「ブツブツ…」
何だか落ち着きのないミカ。
「どうしました、ミカママ?」
長閑に質問する僕の顔を悲壮な面持ちで見つめ帰すミカ。
「ブツブツ…、ブツブツ…」
会話をしながらも、車に載せられてしまう私とミカ。
扉が閉まり、車が動き出したところでミカが一吠えします。
「予防接種よぉ~!」
はい、わんちゃんを飼っているご家庭の方ならご存じかと思います。
わんちゃんは毎年『狂犬病』の予防接種を受けなければなりません。
これは、危険な病気から、わんちゃんと飼い主を守るための大切なルールです。
(まさかとは思いますが、昨夜の伏線回収がもう始まったのでしょうか?)
隣では、すっかり落ち着きを無くしたミカが狭い車内をウロツキ回っています。
私も一抹の不安を抱えたまま、車に揺らされるのでした。
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