第14話 渡されたバトン
放置されていた食器やポットなどを改めて眺めているタケシ。
そんな二人をじっくりと眺めているケイコさん。
ミユは他の書籍を眺めています。
不意にケイコさんは私の方に振り返ってきました。
「タツロー、あなたは正しい判断をしました。
きっとご両親もお喜びになっていることでしょう。」
その言葉受けてなのか、ミカとクイーンが玄関先に視線を送ります。
つられて私も視線を送ると…
「オヤジ…それに…母さん?」
若かりし頃の凛々しい父親が真新しい背広を着込み、その隣には、日本人形のように
「そうよ、あれが
クイーンの言葉に首を傾げるミカ。
私は涙が頬を伝っていることを感じました。
クイーンは沈着冷静なあの細い目で、二人を眺めています。
颯爽と二人の下に走っていくミカ。
三人は二言三言と話した後、女性がミカの前に屈み込み、何か頼み事をしているようです。
ミカが嬉しそうに頷くと、女性も笑顔のまま立ち上がり、そっと父に耳打ちをしています。
女性の所作には馴染みはありませんが、面影はアルバムで見た母そのものでした。
話しを聞いて、驚き顔になった父が、目を細め、ミカの頭を撫でながら、やはり彼女に何かを語りかけています。
父の所作には驚きました。
私の知る父は、生活に疲れ、あまり喜怒哀楽を表に出さない人でした。
一通りの会話が終わり、私たちのところに戻って来たミカ。
「あら、あなたは彼らとお話できるのね。」
クイーンが
「ええ、多少のことは分かるかしら。」
お茶目な顔に舌まで出しておどけてみせるミカ。
「じゃ、婿取りの話も纏まったわけね。」
残念そうに半目になるクイーンと、モジモジして俯くミカ。
「そう。
それじゃぁ、私が叶う訳がないか。」
満面の笑顔になったクイーンが、ミカの額を愛おしそうに嘗めはじめます。
「ちょ…ちょっとぉ、クイーン!」
ミカはすっかり戸惑いながらも、クイーンに顔を預けています。
ひとしきりの愛情表現を済ませ、クイーンがミカに語りかけます。
「そろそろ、彼らには、お引き取り願いましょう。
長居は無用の
また、ケイコさんにも話しかけるクイーン。
「出来るの?」
クイーンの話しを聞き、ケイコさんはびっくりしたような顔でミカに質問すれば、しっぽを振りながら、愛想よく頷いて見せるミカ。
「始めるわよ。」
クイーンがミカの隣に立ち、フォローに入ります。
ミカは一声長い遠吠えを披露しました。
やがて二人の人影は満面の笑みを浮かべて消えていきました。
さて、ミカの遠吠えで、人影が消滅していくところを目撃してしまった夫婦と職員一名は目が点になって、放心状態です。
「良く出来たわね。」
ケイコさんは、優しくミカをの頭を撫で回し
「あなた、やるじゃない。」
クイーンまで、ミカに身体を擦り寄せてきます。
さて、シュールな場面が張り付いたまま5分ほど過ぎたでしょうか。
私はケイコさんに視線を戻し、タブレットを操作します。
『貴重なお話をありがとうございます。
あなたは、どこまでタツローの話を知っていたのですか?』
ケイコさんは笑顔のまま答えようとはしてくれませんでした。
もっとも、これ以上の話を聞かされても、どうしようも無いのですが…。
「それにしても、喫茶店と呼ぶには、殺風景よねぇ。」
クイーンが玄関先から戻って来るなり、私たちに話しかけてきます。
「床もちょっとゴツゴツして歩き辛いのよね。」
と、ミカも答えます。
まぁ、建物はそれなりの造りなのですが、如何せん父のセンスでは、コンクリート打ちっぱなしの内外壁とタイルを敷いた床が精一杯だったようです。
同じような話しは、夫婦とミユとの間でも交わされ、装飾の進め方等で悩みの種にもなっているようです。
ケイコさんは、店の内情をつぶさに観察していましたが、部屋の片隅に置かれている書斎セットに反応してしまいます。
「あの机は何かしら?」
「ああ、あの机は二階の書斎部屋から降ろしたものです。」
タケシが、陽気に答えます。
夫婦の愛の巣に書斎机など必要ありません。
ケイコさんは、もう一度店内を眺め直し、ゆっくりと玄関を出て行き、外観を眺めています。
いつの間にか、全員が作業を中座し、ケイコさんの動きに傾注しています。
「ミユ!
ちょっと、こっち来て!」
「はぁ~い。」
ケイコさんに呼ばれて、外へ出て行くミユ。
夫婦までミユに着いて行きます。
どうやら、敷地全体の確認と境界線の確認をしているようで、慌ただしく建物の図面を取って、ケイコさんのところへ戻って行くミユ。
しばらくの間、いろいろと話し込んでいる一同。
我が家とは言え、寝る部屋以外に興味の無い私は、取り合えず眠ることにしました。
気付けば、ミカとクイーンはすでにうたた寝状態、乗り遅れては行けません。
遠くで、タケシに呼ばれているような微かな音を耳に、私も寝ることにしました。
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