第13話 タツローの自宅

「まぁ、占い師と言いましても、水晶とか筮竹ぜいちくなどは使いません。

 それに、人の未来を予見する等といった事もしません。

 ただ、皆さんの心を解きほぐし、その想いの中から、皆さんの未来を共に考えるお手伝いをしています。」

 ケイコさんはにこやかに答え


「姉は…。

 もとい、ケイコさんの実績は、他の相談員の実績を遥かに上回っています。

 どうか、彼女と一緒に、このお店の方向性について話し合いませんか?」

 とミユが捲し立ててきました。


 困った夫婦が私の方に視線を送ってきますが、私の方は二匹の女性メスに囲まれて、痴話喧嘩の真っ只中にいます。

 その正座姿に、頭を振る夫婦。


 やがて視線をミユに戻すと答えはじめるカスミ。

「分かりました。

 では、何から始めましょうか?」


 ミユに変わって、ケイコさんが答えます。

「そうですね…。

 とりあえず店内の間取りやカップなどの機材を見せて頂けるかしら?」


「ご案内します。」

 そう言って、席を立ったのはタケシです。

 ケイコさんがタケシに従うと、カスミが後ろからついて回る体制になりました。


 その間も、二匹の女性メスに囲まれている私と、その風景を微笑ましく眺めているミユでした。

(微笑んでもらっている場合じゃないんですけど…。)

 と私は心のなかで呟くのでした。


 で、二匹の女性メスからの詰問といいますのは…。

「うちの坊やにちょっかいを出したのは、貴女あなた?」

ミカが唸れば


「あら、この子は、貴女あなたの坊やにしておくには、惜しい逸材ね。

 私が立派に育ててあげるわ。」

 エレガントな所作で、ミカをあしらうクイーン。


「あのぉ~、私の意向は…。」

 会話に割り込もうとする私なのですが…。


「「坊やは、黙ってなさいっ!!」」

 二匹に鋭いツッコミを受け、黙り込むしかありません。


 さて、私が二匹の痴話喧嘩から開放された頃、ケイコさんは夫婦とともに喫茶店の方向性について話し合っています。

 私が三人のところに近づくと。

「あら、タツロー君は、二人のお母さんから開放されたの?」

 流石は占い師と言いたくなるような的確なボケで私を迎えいれてくれるケイコさんでした。


『おかげさまで。

 ところで、何の話をしている?』

 タブレットを使って三人ニンゲンの会話に割り込むと、思わぬ言葉が返ってきました。


「アナタのお母さんのお話よ、タツロー。

 あなたのお母さん、タエコさんの…ね。」

 私は絶句してしまった。

 赤の他人であるはずのケイコさんから、母親の話を聞くことになろうとは思いませんでした。


 ケイコさんは微笑み、夫婦は神妙な顔で私に頷いてきました。

 いつの間にか、ミカとクイーンも私の傍に座っています。


 ケイコさんは、ゆっくりと語り始めます。

 私が人間であった頃、そして私の知らない私にまつわる話…。

「それは、裏手にある住宅団地が造成され始めた頃にまで遡るわ。

 表通りは今も昔も変わらず、人通りは多かったみたいね。

 それから、今はなくなってしまったんだけど、路面電車も走っていたようなの。」

 そう言いながら、書籍に掲載されていた写真のコピーを見せるケイコさん。


「その頃、ここに住宅を建てたのは、タツローさんの母方の祖父、そう、タツローのおじいちゃんなのよね。

 もっとも、当時は喫茶店ではなくて、惣菜屋さんを経営されていて、通りを行き交う人達にお料理を提供していたみたいね。」

 当時は有名な惣菜屋だったようで、古い新聞の切り抜きもケイコさんは見せてくれました。


 自分の知っている外側の話のため、戸惑っている私ではありましたが、そんな僕を落ち着かせようと右からミカが左からクイーンが私の顔を舐め回してくれます。

 そんな私に笑顔で語りを再開するケイコさん。


「そして、あなたのご両親が恋仲になった頃に、おじいちゃんが急逝してしまいます。

 そこでタエコさんのご家庭を守るために結婚を決意されたあなたのお父さん。

 身内でささやかな結婚式を上げ、やがてあなたが生まれてくるんだけど…。」


 ケイコさんの顔に悲壮な陰りが見えます。

「あなたが生まれてひと月もしないうちに、路面電車の事故に巻き込まれて、お亡くなりになったの…買い出しのお手伝いに付き合っていたお母様、あなたのおばあちゃんとともに…ね。」

 父が隠したがる事実はこれだった。

 生前の父は母のことに関しては、寡黙を貫き、結局墓場まで持っていきました。


「そして、お母さんたちが亡くなられた後に、彼女の夢だった喫茶店を一階に作り、二階に住居を構える、今の様式に建て替えたのが、あなたのお父さんだったんです。」

 ケイコさんは店内を一望してから話を続けます。


「タエコさんは、ここで人も動物も、それぞれがゆったりと寛げる空間を提供したかったみたいね。

 それと、当時としては斬新だった『ハーブティー』の提供も考えていたみたいね。」

 ケイコさんが手に取ったのは、母の形見のレシピ本でした。

 まぁ、カスミが見つけてきたおかげで知ることになったシロモノなのですが…。


「以降、この家を守ってきたお父さんがあり、あなたを経て、木之本夫妻にバトンが渡されたわけよね。」

 満面の笑みになるケイコさん。

 夫婦は私の顔を覗き込んだり、お互いの顔を見たりと、鳩が豆鉄砲を喰らった状態です。

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