第12話 占い師

 さて、帰宅してから一月ひとつきが経ちました。

 二階の居住区は程なく我々の住まいに相応しいモノになりました。 

 私の部屋は、私とミカの寝室兼居住区画に変わり、父の書斎はタケシとカスミの愛の巣に変わりました。


 そして一階の喫茶店なのですが…。

「ねぇ、これ使えるかしら?」

 骨董品級のくすんだ色のコーヒーミールを掴み上げてタケシに確認を求めるカスミ。

 このような調子で、食器棚や戸棚に隠れているカップやカップ皿のような食器から、すっかり黒ずんでいるが洒落たデザインのポットなどを物色している夫婦でした。


(使い込んまれた結果の『クスミ』であれば『味わい』と言えるのでしょうが、棚に押し込まれて腐った結果の『クスミ』では『ゴミ』としか言えないのではないでしょうか。)

 夫婦のやり取りを見ながら心でつぶやく私と、何かお宝が出ることを期待しているのは、私の隣りに座っているミカさん。

 私は私で、夫婦から充てがわれたタブレットを開き、喫茶店経営のノウハウについて、諸経営者せんぱいがたのブログなり、経済新聞の取材記事などをネットサーフィンしながら物色しています。

「坊やも、あの夫婦もご苦労さまね。」

 ゆっくりと伏せの体勢に入るミカさん、どうやらお昼寝の時間が近いようです。


 さて、三者三様の作業をし、ミカがうたた寝を始めた矢先、ガチャリと玄関の扉が開き、扉にかけてあるパイプチャイムの音色が部屋中に鳴り響きます。

 人の気配は察知していたのでしょう、ミカは気にする風もなく眠り直しています。


「「いらっしゃいませ~!」」

 来客に対して、店員風の挨拶で返してしまう夫婦。


「こんにちは~。」

 お客さんは、過日お世話になった『住民課窓口の女性』でした。

 タケシは食器棚と戸棚に挟まれ身動きがとれないため、カスミが女性のところに駆け寄っていきます、お供は私です。


「こんにちは。

 何か御用でしょうか?」

 カスミが笑顔でくだんの女性に語りかけます。


「こちらは、木之本 武さんのお住まいでよろしかったでしょうか?」

「はい、そうです。」

「ああ、失礼しました。

 私、住民課の桜庭サクラバ 美優ミユと申します。」

「これは、ご丁寧に。

 妻の香澄カスミです。」

 社交辞令と名刺の受け渡しが行われた後、二人は近くのテーブルに腰掛けます。 


「きれいなお住まいですね。

 何だか喫茶店みたいで…。」

「ええ、素敵な建物なんですよ。

 道具とかも色々揃ってますし…。」

 ミユが語りかけると照れるようにカスミが頷きます。


 私は、二人の様子を暫く観察していました。

 女性同士の会話は、概して前段の話が長引く傾向にあるようです。

 実際、ミユはここに来て10分程度経ちますが、彼女ミユの用向きに触れていません。

 あるいは、触れないことが、用向きの真の目的かもしれません。


「わん!」

 二人の談笑を遮るのは、申し訳ありませんが、私は会話に割り込むことにしました。


「どうしたの?

 タツロー?」

「この子、タツロー君って名前なんですか?」

「ええ、そうなんです。」

「ふぅ~~ん…

 ところで、木之本さんたちは、これから何を…って、喫茶店を開きたいって言われてましたね。」

 ようやく、本題に話が移ってきました。


「出来れば、喫茶店を経営したいんですが、こちらに知り合いなどは居ませんし、相談できそうなところもなくて困っていまして…。」

 意気消沈気味になるカスミと、ようやく食器棚と戸棚の間から抜け出してきたタケシも同席してきます。


「はい…。

 実は、本日お伺いしたのも、木之本さんたちのような若い夫婦さんを対象とした、生活全般の応援事業についての説明にお伺いしたのです。」

 金銭面の補助は…『まぁ、そんなものね。』という程度のものではありましたが、地域の商工会や地元商店街への紹介から、喫茶店経営の経験者談を聞く機会に巡り会えるばかりか、喫茶店を経営されている方々の組合への参加支援など…まぁ、ご都合主義極まれりなのですが、この手の話は乗っておく方が吉です。

 話が一通り終わったところで、夫婦が私の顔に視線を向け、ミユまで私の顔に視線を向けてきます。

「わんっ!」

 愛想よく尻尾を振りながら私は二つ返事で答えました。

 全員が顔を見合わせ吹き出してしまいます。


「では、よろしくお願いします。」

 夫婦はミユに応援の依頼をします。

「はい。

 それでは、後日改めてお伺いしますね。」

 会釈をするとミユは帰っていきました。


 それから二日後、ミユが連れてきたのは…

「こんにちは。

 若者サポート相談係の桜庭サクラバ 京子ケイコです。

 とりあえず、占い師をやっています。」

 見慣れたメイクーンを従えて、桜庭姉妹がやって来たのでした。

 カスミは満面の笑顔で二人を迎え入れますが、役場で一度面識のあるタケシと私は渋い顔になっています。

 そして…

「この子のニオイは…。」

 メイクーンの匂いに反応して、ミカが私の顔を睨みつけてくるのでした。

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