第11話 それぞれの事情

「まったく、ビックリしたわよ。

 一年前に亡くなった人の家を、血縁やら家系などの関係が全くない夫婦が譲渡を受けるなんて…。」

 住民課の窓口でタケシたちの応対をしていた女性が感嘆の声をあげています。

 ここは、彼女の社宅部屋、そして、当人はソファーによりかかり大きく伸びをしています。


「そうね、かなりカワリモノの物件ね。」

 そう答えるのは、彼女の姉である桜庭 京子さん。

 ケイコさんは食台に座り、妹の方へ視線を向けています。

 そしてケイコさんの足元には二匹のメイクーンが箱座りしています。


「でも、お姉ちゃんがフォローしてくれたから、一安心かしら…。」

 ソファーからケイコさんを見上げる妹さん。

「もう、美優ミユは、そんな事は言わないの!」

 ケイコさんは、ミユさんのところに来ると、彼女の頭を小突きます。

「イテッ!」

 ケイコさんは、ミユさんの傍に座る。


「ひょっとすると、一年前に亡くなった人がワン子になってるかもしれないわよ。」

「ええっ!!」

 ケイコさんのカマかけに大声を上げてしまうミユさん。

 慌てて口を押さえると、周りに迷惑をかけていないものかと、左右に首を振ってしまうミユさんと、その姿を微笑ましく眺めているケイコさん。 


「ところで、木之本さんはどういう人たちなの?」

「さぁ~て、どのような人たちなんでしょうね?」

 ミユさんの質問をはぐらかすケイコさん。


 そしておもむろにケイコさんは窓の外に視線を移す。

「私にも解らない事が多すぎるわ。

 周到過ぎる一式の書類に、辻褄の合い過ぎる話の数々…。」 

「まぁ、くだんの住宅への侵入手段が無かったのは事実だし…。」

 ミウさんも考え込んでいる。

「だって、あの家の鍵ってキーロック式で、解除方法は本人しか解らない仕掛けになっているのよねぇ…。」

 ケイコさんが含み笑いを浮かべます。

「これは、面白い事になりそうですね。」


 同じ頃、ケイコさんの足元に居た二匹のメイクーンも話をしている。

「クイーン、それでくだんのワン子はどうなんだ?」

「あら、キングが他人に興味を示すなんて、面白いわね。」

 コロコロと笑うクイーンと、仏頂面のキングと呼ばれたメイクーン。


「でも、面白そうなことは、間違いないわね。

 そう遠くないうちに、彼らとは再開できるかもしれないわ。」

 満面の笑みはクイーン。


「それって、俺も参加できるかなぁ?」

 若干前のめりになっているキング。


「そうねぇ…あなたの飼い主ミユに相談してみることね。」

 そう言い終わると、クイーンはケイコさんの膝の上に移動しました。


「にゃぁ~~あ~~ん。」

 長い鳴き声を出しながら、キングはミユさんのお腹に乗っかるのでした。


 ところは変わりまして、ここは木之本家の新居です。


「ただいまぁ~。」

「わん。」

 役場のミッションを完了し、意気揚々と帰宅した私とタケシ。


「おかえりなさぁ~~~い!」

「わん!」

 二階からミカとカスミの返事が返ってきます。

 程なくすると、軽やかな足音と共にミカとカスミが階段を降りてきました。


「お疲れ様でした。

 役所の方はどうでしたか?」

 靴を脱いで土間から上がったところのタケシにカスミが質問してきます。


「上々。」

 満面の笑みでカスミに答えるタケシ。

 さて、彼らの足元では…


「ちょっと、坊や!

 何処で雌犬おんなを引っ掛けてきたの?」

「は…はいぃ??」

 青筋顔のミカの前に正座をさせられる私。


「このニオイは、誰のもの?」

「え?ええっとぉ~…。」

 とりあえず心当たりのない私は、本当に思案し、ミカは焦らされてイライラしています。

 そんな足元のことなど気にする風もなく、夫婦は二階に上がってしまいます。


 暫しの沈黙の後、ミカは深いため息をつきます。

「まぁ、いいわ。

 次は注意するのよ。」

「はぁ…、分かりました。」

 ようやくミカから開放され、私たちも人間夫婦の後に従って、二階に登るのでした。


 さて、二階では夫婦が私たちの到着を待っていました。

 全員が揃ったところで、カスミが話し始めます。

「それでは、今後の計画について説明します!

 まずは、一階にあるリビング・キッチンを喫茶店に改装します。」

 そうです、これは我が家の改装計画と、併せて木之本家の創業計画に関する話し合いです。


 まぁ、元々の建て付けが一階が喫茶店、二階が住宅だったので、改装という程ではないのですが…。

「という訳で、家の改装に併せて、私たちも勉強したいと思います。」

 そう言って、何処から取り寄せたのか、年期の入った喫茶店の経営ノウハウ本や、コーヒーや紅茶のウンチク本に、軽食レシピ満載の喫茶店長垂涎のお料理本?などが我々の前に広げられる。

 不思議そうな顔でカスミを見る私。


「えっ?

 この本たちって、あなたのお父さんの書斎に有ったものよ。」

 笑顔で答えるカスミさん。

 まぁ、父の書斎はでした。

 何が出てきてもおかしくはありません…おかしくはないのだけれど、まさか喫茶店関連の書籍まであるとは思っていませんでした。

 あるいは、母との思い出として残していたのでしょうか?

 もはや、その答えを知る術はありません。

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