第9話 役場にて
自宅についた翌日、見つけた通帳を抱え、早速残高の確認のために、私はタケシと共に銀行へ向かいました。
通帳記入を済ませてもらった結果、驚く事が分かってきました。
保険会社から振り込まれていた金額については、概ね予定通りだったのですが、水道、光熱費、あまつさえ税金から国保・国民年金まで、ちゃっかりと口座引落になっているのです…それも、先月分までがっつりとでした。
(人間の私は、すでに亡くなっていますよね?
死亡届が提出されないと、こんな事になってしまうのでしょうか?
…本当にいい加減な仕事をしますよねぇ…役所ってところは。)
まぁ、身寄りのいないボッチオッサンが死んだところで『世間は事も無し』という事なのでしょう。
つくづく私自身の存在意義の無さにため息が出てしまいそうです。
そうして俯いた私の頭を優しく撫でてくれたのは、付き添ってくれたタケシでした。
しかし、ここで落ち込んでいても始まりません。
次は、役場に行って木之本家の転居手続と、我が家の家主変更を行い、木之本家が正式に我が家の引き受け人になる手続きです。
住民票の移動手続きは、まあなんとかなるでしょうが、問題になるのは家主変更の手続きです。
何せ元家主は亡くなって一年が経過しています。
死人から住宅を借りるなど、誰もが普通に考えても『有り得る話』ではありません。
では、相続するのかと言われれば、元家主と木之本家には血縁関係が一切ありません。
家主変更の作戦会議は難航が予想されましたが、だからといって、時間を取れるほどの猶予はありません。
家主が帰宅しなくなって一年以上経過してしまった家に、ペット連れの家族がいきなり住み着いているのです…ご近所の噂もすぐに立ってしまえば、役所が家屋の差し押さえを目的にスキップしながらやって来るのも目に見えてきます。
銀行で通帳残高の確認したその日のうちに、私とタケシは一緒に私の知り合いの弁護士を訪ねました。
まぁ、
さて、弁護士事務所で判ったことなのですが、実は木之本家夫婦は、揃って孤児院育ちだったのです。
「隠すつもりは…。」
『ああ、いいよ。
今は、自宅の確保が先決だ!』
申し訳無さそうなタケシをたしなめ、話を進めようとする私。
そして、辿り着いたシナリオが次の通りとなりました。
1)『善人』だった生前の私は、生活に困窮している孤児院の子供たちを助ける一貫として『住宅の無償提供』を考えていた。
2)私が亡くなる前に、知り合いの弁護士に対して、自分の意向を汲んだ上で、自宅の管理を依頼していた。
3)知り合いの弁護士のところに訪ねてきた木之本夫婦の事情を確認した上で、私の意向を踏まえ、彼らに我が家を譲渡することにする。
ちなみに、私は知り合いの弁護士に、自宅の管理などについて相談していた事と、万が一の際には、という旨の遺言をしていた事になりました。
勿論、アリバイ作りの資料も準備されていきます。
さて、ここで不思議に思われることがあると思います。
よく
そうなんです、
というわけで、私の現状をスマホで説明をしたら、二つ返事で家主変更の片棒を担いでくれたのです。
まぁ、そこそこの相談費は取られてしまいましたが、これで後顧の憂いは無くなったのです。
知り合いの弁護士が手配してくれた資料も揃っていたため、法務省での謄本関連の手続きは
すんなりと片付いてしまったため、拍子抜けしたところもありますが…まぁ、問題ないのだからそれでヨシ!としましょう。
法務省での諸手続きを済ませ、翌日は、いよいよ役所で住民票の手続きを始めることになるのですが…。
「番号札10番の方ぁ~。
住民課の窓口へお越しくださぁ~~い。」
窓口案内のアナウンスを受け、受付窓口へ向かう私とタケシ。
そして、向かい合った窓口の女性が、とてつもなく怪訝そうな顔をしている。
「あの~ペット同伴は…。」
「問題ありますか?」
「わん?」
窓口の女性が、お断りの言葉を述べ始めたところで、間髪入れず、邪魔をする私とタケシ。
当然のことですが、突発の事態が発生した際に、タケシは私と相談する手はずになっているのです。
暫しの沈黙が流れた後
「…判りました。
では、こちらに必要内容を記載下さい。」
窓口の女性が提示した書類と、彼女の指示に従って書類を書き始めるタケシ。
さて、書類を書いているタケシの様子と、書類内容を確認している私の所作を不思議そうに眺めている窓口の女性。
書類を書き終わり、タケシは窓口の女性に出来た書類を提出します。
彼女は一通りの記載不備などを確認した後、こちらに顔を向け
「木之本様、書類の内容を確認しました。
手続きに入りますので、今暫くお待ち下さい。」
彼女は席を立つと、奥に下がって行きました。
「それじゃ、席に戻って待とうか?」
「わん!」
私たちは、窓口の向かいにあるソファーへ腰掛けました。
「こんにちは。」
女性の声が不意に隣から聞こえてきます。
視線を送ると、猫を抱えた優美なご婦人が居ます。
「お隣よろしいかしら?」
ご婦人は笑顔で隣席前に移られました。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
タケシの返答を受け、ご婦人は私の隣に座りました。
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