第8話 帰宅
ここは、移動中の車内、前席には木之本夫妻が座り、後席には私とミカが並んで箱座りしています。
先程から夫妻の会話が賑やか過ぎるほどに盛り上がっています。
まぁ、話しの大半は、私のお作法がTikTokで馬鹿受けし、YouTubeでも順調に『PV』と『いいね』を稼ぎまくっているという、極々平凡?なものでした。
寄せられるコメントも増加の一途を辿り、それが話題の加熱を助長しているようです。
ミカは車の揺れに慣れていないようですね、少々不調のようにみえます。
そっと体を寄せると、彼女は私にもたれかかってきました。
幸い、道程は平坦そのもので、カーブなども至って緩やかなモノでした。
午前中に平原を出発し、今は窓から差し込む夕焼けに目を開けるのが少々辛いところです。
さて、夕陽も顔を隠す頃、
久々に見る我が家は…草木に包まれて『魔境』になっていました。
足元を覆うのは群生したタイムの団体さま。
門柱として植え付けたチェリーセージとローズマリーは、門柱どころか、後ろに控える玄関をも覆い隠し、オリーブや月桂樹は隣家にかかる部分は、ちゃっかり伐採されていましたが、それ以外は伸び放題のやりたい放題。
庭の大半を占めるラベンダーさんも我が世の春を謳歌しております!と言わんばかりに、どっしりとのさばっています。
取り敢えず家の外周一面を確認した限りでは、窓や勝手口を壊された形跡はなく、空き巣の心配はまず無さそうなのですが、外周を回るうちに露呈するのは、我が家の庭が荒れ放題で捨て置かれていたという事実でした。
全員からの冷たい視線をたっぷりと満喫した後、玄関に向かいキーロックを開錠する私。
キー操作の状態を見るに、何人かが解錠を試みた形跡が有りました…が、
カチャンという、軽やかな音を立て、キーロックは開場されます。
ガラス製の観音扉を開くと…湿気が溜まった嫌な臭いが漏れてきます。
「わん!わん!」
ミカが玄関に向かって幾度か吠えると、幾分臭いは改善した気がします。
ふと玄関から門柱の方に視線を向けると、ボロ布を纏った白髪の老人が慌てて出ていくさまが見えてきます。
「ミカ、あれって?」
「疫病神さんよ。
ここって、だいぶん放置していたんでしょ?
居座っていたものだから、ご退場頂いたのよ。」
サラリと、とんでもない事を答えてくれるミカ。
多分ミカは
私たちが玄関口で話しているなか、木之本夫妻も玄関をくぐり、
「
なんだか喫茶店みたいなんだけど…。」
カスミが私の方に振り返り、スマホを差し出してきました。
キッチンとリビングの間に設置されたカウンターに座り直し、私はスマホを操作します。
『私は知らないが、母がここで喫茶店を営んでいたらしい。』
「なるほどね…。」
タケシも相づちをうちながら、台所周りや食器棚を眺めています。
「台所は綺麗なのね。
あまりにも綺麗すぎて、生活感が感じられないんだけど…。」
カスミはキッチンを覗きながら私に話しかけてきます。
『そうですね。
私は、自宅でご飯は食べていませんでしたから。』
不思議そうな顔をする夫婦。
隣に座っていたミカまで、私の顔をのぞき込んできます。
草原でミカと夕食を共にしていた時に、思い出したことなのですが、私は家族と一緒に食事をした記憶がほとんどありません。
父は忙しい人で、早朝出勤に帰宅は午前様という状態でした。
母も居らず、必然的に『ご飯は一人で食べる』生活が続きました。
社会人になると、同僚とともに食事兼飲み会に出かけてみたり、接待でお客様とお食事をともにする、という日々が続き、気づけば『自宅でご飯を食べる』事も無くなってしまったのです。
そういった事を、とつとつとスマホで語っていた私に対して、何故か皆さん涙目状態で、語り終わった途端に、みんなに抱きしめられ大事になってしまいました。
さて、二階へ上がり、私の寝室を覗き込んだ全員が一様に驚愕の顔になり、私の方にドギツイ眼差しを向けてきます。
私の寝室はシンプルなものです、畳の敷き詰められた六畳の部屋に衣装棚と押し入れが一つずつあるだけです。
そして、全員を驚愕させたのは、部屋の中央に敷かれた私の布団でした。
そう、私の万年床は、キノコとカビが
木之本夫妻からの突き刺さるような冷たい視線と、ミカのお叱り+噛みつきが骨身に染みました。
さて、衣装棚から通帳も無事見つかりましたところで、とりあえずのネグラ準備に取り掛かる夫婦。
早々に撤去される『真万年床』。
そして、私の寝室は私とミカの寝所に変わりました。
次に夫妻の寝所ですが、こちらは私の部屋の隣りにあった父の書斎が充てがわれることとなりました。
幸いな事に、父の書斎にはキングサイズのベッドがありましたので、父の書斎は光の速さで夫婦の寝所へと変化したのです。
いよいよ、私たちの生活が変化する瞬間を迎えましたが、本日は日も暮れてしまいました。
早々にご飯を食べて、さっさと寝てしまいたいものです。
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