第7話 平原よサヨナラ

「どうしてだい?」

 私は、ミカの所に歩み寄り彼女を問いただします。


「だって、私は呼ばれてない…。」

 不貞腐れ気味に答えて、地べたに伏せるミカ。


「そんな事は…無いと思いますよ?」

 私がおどけてみせますが、


「そんな事あるもん!」

 ミカはさらに不貞腐れ、ソッポまで向け始めてしまいます。

 いったい何が不満なのでしょうか?

 あるいは、私が夫婦と会話を重ねていたことに不満を感じていたのでしょうか。

 いずれにしても、ご機嫌斜めのミカさんは、まだまだ動く気配がありません。


 すると、その様子を見かねたカスミが、私を押し退け、ミカの前にかがみ込み、話しかけてきました。

「ねぇ、ミカ。

 あなたも、一緒に来なさい。」

 しばらく見つめ合っているカスミとミカ。

 渋々顔のミカがゆっくりと立ち上がれば、そんなミカを優しくハグするカスミ。

 あるいは、人間に拾われても、また捨てられるのでは?という危惧が彼女ミカにあったのかもしれません。


 困ったような顔をしているミカを眺めながら、私はある事を思い出します。

(シマッタ!

 ご飯を取ってこないと!)


「わん!」

 一声鳴いて、ドッグフードを取りに私は走り出します…よりによって二足歩行で!

 夫婦は、私の後ろ姿に爆笑しているようです。

 あるいは、スマホで動画を撮っているかも知れませんし、ミカは呆れ顔になっている事でしょう。


 とりあえず、私は走るしかないのです。

 目指すは、林の島、彼女の住まい巨木のウロ…なのですが、思ったよりも長距離を走らなければならないようです。

 前足を交互に振り、短いスライドで草原を疾駆するブルテリアの雄姿。

 はてさて、出来上がった動画は、どこまでバズる事が出来るのでしょうか?


 閑話休題

 さて、私の考えていた思惑について、ここで少し触れておくことにしましょう。

 

 前述した通り、私は流行病による死を経て、人から犬に転生しています。

 そして、今のところ私は私が死んだ世界に転生しているように思われます。

 つまり、一度死んだ人間わたしは、違うブルテリアわたしとなって、過去から現在、そして未来に生きて行こうとしているのです。


 ここからは仮説の話になっていきますが…。

 まずは、私の自宅についてです。

 よほどの災害なり、事件などが発生していない限り、誰の手にも落ちること無く、我が家は立派な空き家になっているはずです。


 母方の親類とは、もう何十年とお付き合いがありません。

 そもそも、母親そのものを覚えていませんし、当然のことながら、血縁云々の話を持ち出されても断るには十分な理由かと思います。

 父方の親類にしても、その殆どの方々は他界されてしまいました。

 というわけで、私の自宅をどうこう出来そうな人物に心当たりはありません。


 従って、私の自宅は空き家状態のハズなのです。

 おまけに、我が家の鍵は私しか解錠することが出来ません。

 まぁ、役場が私の自宅をしていた場合は、どうしようもありませんが…ね。


 次に、私の貯金通帳です。

 仕事の関係上、私にはそこそこの蓄えが残っていました…まぁ、趣味がなかったために、大口の支出が少なかった事もあるのですが。

 また、私の生命保険の保険金受取人は私自身です。

 間違いがなければ、保険金の全額が、私の貯金口座に振り込まれており、貯蓄もそこそこに潤っているはずです。


 私の財布などは、私が死んでしまった際に、既に紛失されてしまったでしょう。


 しかし、貯金通帳やカードの類は自宅に置いてあるので、自宅が残っていれば、紛失の恐れはありません。

 こちらも、貯金全額が国庫へ納付されてしまっていたら一貫の終わりですね。


 とりあえず、最悪の場合でも通帳が確保できるのであれば、生活再建の道筋は立ってきます。

 欲を言えば、自宅も確保できると、願ったり叶ったりといったところになるでしょう。


 木之本夫妻にしてみれば、とりあえず貯金が確保できれば、雨風を凌げる場所を確保する手立てが付きますし、我々にしても、ウロよりもずっと住み心地の良い空間が手に入ります。


 そうですねぇ、やはりの確保を最優先に考えることにしましょう。

 小金と住まいが手に入るのであれば、言う事はありません。

 そもそも、自宅と自己資産を確保するだけの話なので、問題はないはずです…まぁ、本人が人から犬に変化しているという大問題は発生してますが。


 もっとも、ここがだったら、という仮定に基づいての行動なので、その部分が崩壊すると、とんだ無駄足と徒労が待つことになるのかもしれません。

 どうか…自宅が残ってますように、と祈念をしてしまう私なのでした。


「よし、出発するぞ!」

 タケシの号令を合図に軽自動車は動き始めました…そう、我が家を目指して!

 夫婦は前席に、私たちワン子を後席に乗せ、軽自動車は徐々に速度を増していくのでした。


「こことも、しばしのお別れかしら?」

 車窓から草原を眺め、ため息をつくミカ。


「そうですね。

 出来ることなら、長くお別れしたいところですよ。」

 そう言って、私は苦笑し、振り返ったミカも困ったような笑顔を返してきました。

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