第6話 木之本家の人たち
ここは草原の一角、 軽自動車の傍に車座になっている夫婦と二匹のワン子、それぞれが同性同士と隣り合って座っています。
「俺たちは、この草原の南にある港町の一角で喫茶店を経営していたんだ。」
タケシは身の上話を始めました。
「高校を卒業してから、カスミと結婚して…妻と住込みの食堂に就職し、仕事を始めたんだ…。」
とつとつと話すタケシの顔を、寂しそうな顔で眺めるカスミ。
「そうして、貯金を少しずつ貯めながら、一昨年、小さいながらも妻と一緒に喫茶店を開店することが出来たんだ…。」
空を見上げ、眩しそうに日差しを手で遮りながら、それでも空の先を見ようとしているタケシ。
「喫茶店を初めた頃は、元の
カスミが補うように話を繋いできますが、話が終わるところで、二人が俯いてしまいます。
しばしの沈黙の後、タケシが話し出します。
「昨年の初旬から始まった流行病の影響で、客足が遠退いたばかりか、休業を余儀なくされてしまってね。」
確かに、飲食店に対して補償を行うかわりに強く休業を促す自治体があったことは覚えていました。
そして、休業した店舗の辿った末路についても、あまり知りたくはありませんでしたが、商談の中で話題に上がる度、居た堪れない気持ちになったことを、今でもしっかり覚えています。
タケシが苦笑いを浮かべ、ワン子の顔を相互に眺めてきます。
「まぁ、君たちには関係ないか。」
無理に笑顔を作ってみせるタケシでしたが、私はその流行病で命を落としていました。
「結局、喫茶店の経営もままならず、開店から一年も経たずに私たちは廃業することになってしまったの…。」
俯いたままのカスミはミカに寄り添い、
「店を手放し、住む家も追われた俺たちは、テレビや冷蔵庫、家具までも差し押さえられ…。」
「着のみ着のままにここまで来ました。」
カスミはすすり泣き、空を見上げていたタケシも大粒の涙を流しています。
箱座りのミカは、カスミに寄り添い、心配そうに
流行病の四方山話については私も知っていましたが、当事者の実情を聞かされてしまうと、正直気持ちの良いものではありません。
恐らく話に出ることは無いでしょうが、もっと辛い経験を彼らは味合わされてきているかもしれません。
まして、自分が亡くなった原因たる流行病の話です、穏やかな気持ちになれるわけもありません。
さてさて、どうしたものでしょうか。
現状の私たちでは、どうしようもありません。
そうですねぇ、私が、まだ人間だったならば…。
あれこれ思案している私の所作に気づいたのか、ミカが話しかけてきました。
「坊や、何か考えがあるの?」
ミカの一吠えに全員の視線が私に向けられます。
「う~ん、無くはないんですけど…。」
そう、生前の我が家と貯蓄があれば、あるいはうまくいくかもしれません。
「坊や、それをやってみましょう?
上手く行かなかったら仕方ないことかもしれないけど、上手く行ったら、面白くないかしら?」
ミカが茶目っ気いっぱいに吠えてきました。
私も覚悟を決めました。
『上手く行ったら、面白そう。』
思い返せば、この言葉を信じて人生を頑張ってきた記憶があります。
私はタケシにスマホを催促してみました。
まぁ、いろいろとコミカルな行き違いもあり、重苦しい空気も穏やかな風に拭きやられ、すっかり落ち着いた夫婦とワン子二匹です。
『タケシ、お伺いしたいことがあるのですが…』
「ああ、何だい?」
私の質問に気前よく答え始めるタケシ。
早速、現在の年月日からの確認をした結果、私の死後一年が経過していることが分かりました。
次に、私の
「え~~っとぉ…あ、在る在る。
タツロー、お前の住んでいた街、見つかったぞぉ。」
嬉しそうに私に答え返してくれるタケシ。
後は、思惑通りに事が運んでくれると良いのですが…とりあえず。
『それでは、私の自宅に向かって頂けませんか?』
私の言を聞いたところで、相談を始めてしまう夫婦。
無理もない、人語を解するワン子の提案など、信じるほうがどうかしている。
『行くだけ、行ってもらえないだろうか?』
「きゅ~~ん。」
わざとらしく甘え鳴きをして情に訴えかける努力をする私に、タケシは苦笑いします。
それから程なくして、夫婦は笑みを浮かべ、私の願いを了承してくれました。
私がスマホをタケシに返すと、タケシはスマホを受け取りながら、私の頭を撫でてくれます。
「よし、行くとするか。」
夫婦が立ち上がり、私も彼らの後に従い立ち上がりましたが…。
「私…ここに残る。」
そう言って、ミカは立ち上がろうとせず、伏せ状態になってしまいました。
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