第5話 人間の夫婦

「もぉ、ズボンがベチャベチャ…。」

 へたり込んだまま愚痴りだす女性。

 男性は無口のまま、女性の傍に立っています。


 ミカが人間たちを警戒しながら、私の傍にやって来ます。

「何?あいつら。」

 不機嫌そうなミカさん。


「自殺志願者…ですよ。」

「ジサツ??」

「ええ、自らの手で、自分を殺そうとしていたんです。」

「ああ…それで、死神さんが…。」

 私が答えると、納得できたのでしょう、ミカも残念なモノを見る目になってしまいます。

 そもそも、犬社会に『自殺』という概念はありません。

 みんな、今日を必死に生きているのです…あ、これは『お野良』限定の話かもしれませんが。


 軽自動車を背景に、動く気配のない人間が二人と、それを眺めるわんこが二匹。

 さて、いつまでもこのシュールな画面をご視聴頂いてもしょうがありません。

 しょうがありませんので…。


 人間の視界に入るところに立ち寄り、私はゆっくりと後ろ足だけで立ち上がり、忘年会のかくし芸では十八番にしていた安来節…いわゆる『ドジョウすくい』を踊り始めます。

 勿論、歌う事はできませんので、吠え声を操りながら、絶妙な踊りを披露してまいります。

 ミカはかぶりを振ってくれました。

 二人の人間は呆然と私の踊りを見ていましたが、やがてお互いの顔を確かめると大笑いし始めました。

ふむ、期待通りの良い反応をする人間たちです…後は、私の思惑通りに事が運んでくれることを祈るばかりです。


 踊っている私は、頃合いを見計らいながら、人間たちにジワリジワリと近づいていきます。

 やがて男性がスマホを取り出し、こちらにレンズを向けてくれました。


(しめしめ、狙い通りですよ。)

 動画を取り始めた男性…ここまでは予定通りの反応です。

 私の思惑通りであれば、動画を取り終えた男性は、動画をインターネットに投稿するために、私から視線を外し、スマホの操作に集中するはずです。

 やがて、動画を撮り終えた男性は、SNSへ画像をアップしようとスマホを操作し始め、女性と揃ってニコニコしながらスマホを眺めています。


(チャンスです!)

 一吠えして、男性のスマホをぶんどる私。

 男性はなすがままに私にスマホを奪われ、女性共々後方に倒れて尻もちをついてしまいます。

 呆気にとられている二人を尻目に、奪ったスマホの前に箱座り、颯爽とスマホを操作しはじめるブルテリアわたし


 スマホのアプリを確認し、足りないモノは片っ端からダウンロードを行い、人間との対話ができる環境を構築していきます。

 こう見えて、私は犬生前せいぜん、システムエンジニアとして敏腕を発揮しておりまして、この種のコミュニケーションツールの運用などはお家芸みたいなものなのです。

 文章作成アプリから音声読み上げアプリへの連動を済ませると、手早く文章を書き上げ、音声読み上げアプリで人間へ問いかけます。


『お前たちは、何者だ?

 どうして、ここに居る?』

「わん!」

 最後に、文章が私の意思であることを示すために一声鳴きます。

 人間二人は勿論、ミカまで目を丸くしています。


 さらに、スマホを操作してみせるブルテリアわたし

『繰り返す。

 お前たちは、何者だ?

 どうして、ここに居る?』

「わん!」

 最後に、文章が私の意思であることを示すために再び一声鳴きます。


 暫くの沈黙の後、二人の男女ニンゲンが顔を見合わせながら、おずおずとブルテリアわたしに話しかけてきます。


「おまえ、俺たちの言葉が分かるのか?」

「わん!」

 怪訝そうな顔の男性に、元気よく返事をするブルテリアわたし


「賢いワンチャンなの?」

「わん♪」

 興味津々の女性には、愛想いっぱいの返事をかえすブルテリアわたし


 困惑の色を深め、こちらを見ながら何やら相談を始める二人の男女ニンゲン


 何の躊躇もなくスマホを操作するブルテリアわたし

『繰り返す。

 お前たちは、何者だ?

 どうして、ここに居る?』

「わん!」

 最後に、一声鳴きます。


 困ったような顔で、腕組みをしながら、私に答えてくれる男性。

「俺は、木之本キノモト タケシ

 隣にいるのは、妻の香澄カスミ。」

 ここに来た…と、タケシが語りかけたところで、カスミがタケシの腕をつかみ、首を横に振った。


「わん!」

 私は一声かけて、二人の注意を引きます。

『私は、タツロー。

 隣のフカフカは、ミカです。』


 再び目を丸くする夫婦。

 ミカはいつの間にか箱座りをして、私たちのやり取りを見守っています。


 落ち着いてきたのか、タケシが私に質問してきました。

「お前は、どうしてここに居る?

 なぜ、俺たちの所に来た?」


「わん!」

 私がスマホで返答するよりも早く、ミカが立ち上がり、一声吠えました。

 すると、カスミがミカの方に歩み寄って行きます。

 ミカの前にかがみ込んだカスミは、そっとミカの首に腕を回し、抱き着きます。

 女性同士思い当たる事があるのでしょうか、ミカもカスミの顔に頬を寄せていきました。


 タケシも思い当たる事があったようで…

「もう少し、話をしようか。」

 私の前に胡座をかいて座り込んできた。


「わん!」

 私も腰を下ろし、タケシの相談に乗る事にしました。


 穏やかな陽気のもと、穏やかな風も流れる、のどかな時間の流れる中、同性同士の人とワン子が談笑をするのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る