第2話 雨宿り

 文字通り、大草原の海原から島のような林に逃げ込み、無事にスコールを回避できた私達は彼女シェルティの案内により、林の中央に鎮座する大木のウロにやって来ました。

 ウロの入り口にはヒサシと敷居のような物があり、枝葉から落ちてくる雨水は勿論、地面から流れ込んでくる泥水の侵入も完全に遮断出来そうです。


「こちらは?」

 ウロの外周を眺めながら質問する私。

「私の巣です。」

 彼女シェルティはそう言って、敷居をまたぎウロの中に入っていきます。

「貴方も入りなさい。」

 ウロから顔をのぞかせ、笑顔の彼女シェルティが私を誘ってきます。

「失礼します。」

 頭を下げ、彼女シェルティ住いウロに私はお邪魔することになりました。


 ウロの中はちょっとした小屋ほどの広さがあり、部屋の中央部には枯れ葉や草原の草で仕立てたベッドが置かれています。

 取り敢えず、部屋の中で湿気が少なく生活の邪魔にならないような外れの場所を見つけ、持ち込んだドッグフード類しょくりょうを置かせてもらいました。

 彼女シェルティは、私用のベッドとして、下草を拭き直してくれています。


「ところで、アナタ何者?」

 下草に箱座りし、私に視線を送ってくる彼女シェルティ

 私も、彼女シェルティの前に箱座りしています。


「私は、タツローと申します。

 今朝がた、無事にお野良のお墨付きをいただきまして…。」


「そういうことじゃなくて!」

 とぼけた私を睨みつける彼女シェルティ

「二足歩行で走ってたわよね?」

 彼女シェルティの眼光が鋭くなってきます。


「気のせいです!」

「はぁ?」

 ボケる私に、目を吊り上げる彼女シェルティ


「それは、あなたの目の三角さっかく、耳の四角というものなんです。」

「…はぁ。」

 さらにボケ続ける私を眺め、彼女シェルティは深くため息をつきました。


 まだまだ、雨は降り続いています。

 暫くの沈黙を経て、雨音を聞きながら、彼女シェルティは身の上話を切り出しました。


「私は、ミカ。

 もうすぐ二歳になるわ。

 私も…捨てられたようね。」

 彼女シェルティは寂しそうに笑っています。


「ところで、タツロー…。

 言い難い名前ねぇ…。

 タツローは、何歳になるの?」

「半歳です。」

「はっ?」

「え~~っとぉ、生後六ヶ月です。」

「んん?」

 私の年齢を聞いておきながら、私の答えにひたすら首を傾げる彼女ミカ

 言葉は通じているようですが、私の意図した事は通じていないようです。

 どうやら犬社会には年月単位の量を測る概念は無いのかもしれません…でも、二歳って言いましたよねぇ?


 しばらくの沈黙の後、ゆっくりとミカは立ち上がり、私の後ろに歩み寄り、おもむろにお尻に鼻を近づけてきます。

「ふひゃぃっ!!」

 変な声を出し、立ち上がってしまう私。


「ちょっと、動かないで!」

「ひゃ、ひゃいぃっ!」

 ミカは私のおしりの匂いを嗅ぎだし、そのむず痒い所作に体を震わせながら耐えている私。

 しばらくすると、満面の笑顔で私の前に戻ってくるミカ。


「うん。

 もう少し、お子ちゃまかな?」

 ニコニコしながら、私に座るように促すミカ。

 再び、向かい合って箱座りした二匹のワン子。


「…ということは、私はママかな?」

 年齢が一歳半しか変わらないのに、姉を通り越して母親というあたりは、流石犬社会だと驚かされます。


 えっ?

 何か驚き方に落ち着きが有るようですって?

 仕方ないじゃないですか、これでも犬生じんせい六ヶ月ですよ!

 おまけに、私には人間並みの学習能力があります。

 人間からワン子に変わったことによる感性の差を埋め合わせるまでには時間がかかりましたが、今更、ちょっとの事では驚きませんよ!


 いずれにしても、私が成犬となるには、今暫く時間がかかるようですし、身近に成犬が居てくれることは、何かと便利なものかもしれません。


「今日からは、私のことを『ミカママ』と呼ぶように♪」

「は…はい。」

 ミカの高圧的な視線に従うしか無い、ウブな私でした。


 ほどなくして、ミカは眠ってしまいました。

 まぁ、外は土砂降り、ウロの中に何かあるわけでもありません。

 そうなってしまっては、眠ってしまうのが最善の策のようです。


 ところが、「女性の部屋に、家主と同居している」というシチュエーションに、私の心臓がせわしなく活動してしまうのです…ドッキ、ドッキと。

 

 お恥ずかしい話なのですが、私は物心のついた時には父子家庭での生活が当たり前となっており、小学校こそ共学でしたが、中学校や高校では男子クラスに入り浸る、実に灰色の青春時代を謳歌しておりました。

 大学在学中は勿論、就職後も女性との運命的な出会いなんぞは蚊帳の外状態でして、社会人二年目の夏に父が急逝したことで、ついに出来上がったのが、残念男ボッチリーマンだったというわけです。

 

 そんな私が、相手がワン子とは言え、女性と寝所を共にしようとしている。

 もう、非常事態もいいところで、心臓の鼓動は高まり、今にも口から飛び出しそうな気配までしてきます。


 そんな私を知ってか知らずか、彼女ミカはゆっくりとこちらに顔を向け、微笑みかけてきます。

「気にしなくていいわよ。

 ゆっくりお休みなさい。

 私の坊や…」

 

 ゆっくり寝息を立てる彼女ミカの傍で、私はゆっくりと目を閉じました。

 あいも変わらず、心臓の鼓動は高止まり中でした。

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