第3話 ディナータイム

 ふと目を覚ますと、木立の隙間からまばゆい夕陽の光がウロの中に入っていました。

 どうやら雨も上がり、今日も一日が終わろうとしているようです。


 ようやく夕陽の光に目が慣れてきたところで、おもむろに体を起こし、辺りを見渡すと、彼女ミカがドッグフードの前に立ち、熱視線を送っています。

 あららのら、ヨダレも口から滝のように滴っておりますねぇ。

 

 「よかったら、一緒に食べ…」

 「いいのっ!!」

 私が話し始めた矢先に、間髪入れず切り替えしてくるミカさん。


 「勿論、大丈夫で…」

 「やったぁ~~!!」

 私の了承を遮り、嬉しそうに飛びかかってくるミカさん。

 あの~、先程からほとばしるヨダレで、大変な事になっているのですが…主に私の顔面一帯が。


 私はドッグフードの袋に付いているチャックを開き、二人のベッドの傍に袋の中身を撒いていきます。

 もう、目がキラキラ状態の彼女ミカ、目の輝きは当社比1.8倍の輝きを持って、彼女は今にもドッグフードに飛びかかろうといわんばかりの体勢です。


 「もう少しお待ちくださいね。」

 そう言って焦らしながら、私はディナーのメインディッシュ主賓たるビーフジャーキー様の準備に取りかかります。

 作業中、彼女ミカの方に視線を向けると、三角まなこの非常に怖い顔でこちらを睨んでいます。

 まあ、そう睨まれましても、ビーフジャーキー様はドッグフードと違って袋も小さければ、取り出し口も狭く、犬の姿で取り出すというのは、なかなか酷な作業なのです。

 さてさて、ようやっとの思いでビーフジャーキー様を取り出し、ドッグフードの上に夕食ディナーメインディッシュ主賓たるビーフジャーキー様を二切れずつお乗せすれば、夕食ディナーの準備は整います。


さぁ、各犬かくばゲートに入りまして、待ったゲートの解除を待っています…、今!待ったゲートが解除されましたぁ!!

 「いただきまぁ…。」

 私が食事の挨拶をしようとする矢先、食事の挨拶をすっ飛ばし、彼女ミカは夕食にがっつき始めてしまいます。

 まぁ、凄まじい食べっぷりです…これは五分と持つのでしょうか?

 彼女の爽快な食事っぷりに少々腰が引けながらも、私は私の夕食を堪能することにしました。


 さて、そんな食べっぷりを披露してくれている彼女ミカを眺めながら、食事中ではあるのですが、私の頭にはある疑問がもたげかかってきておりました。

 よくよく考えてみたのですが…私、犬語を理解できている?ようなのです。

 ワンワンという吠え声なりが聞こえているのは当然なのですが、副音声で人の言葉も聴こえてくるのです。

 ご丁寧に、彼女ミカは年相応の若い女性の声色で会話をしてきます。


「海外映画の副音声放送みたいなモノかな?」

「???」

「ああ、いやいや、気にしないで下さい。」

「???」

 私のつぶやきに首を傾げながら、それでもお食事にご執心中の彼女ミカ


 はてさて、彼女ミカには、私の声なり言葉なりは、どのように聞こえているのでしょうか?

 食事前の「待て!」にしても、今の他愛無い会話にしても、なんだか人間同士が遜色なく会話しているようにも思えてしまうのです。

 吠えているだけで、意思疎通が出来ている事を考えると、どうやら、『言葉』は通じているとは思うのですが…元人間としては、その辺りのが、非常に気になってしかたがありません。


 さて、一頻り夕食ディナーを楽しんだ後、彼女ミカがぼちぼち身の上話を続け始めました。

「私ね…元は、牧羊犬だったの。

 でもね、私の働いていた牧場が無くなって、私はここに放たれて…。」

 彼女ミカは、視線を落とし、泣きそうな顔になっています。

 流行病の影響で酪農家や家畜の世話をしていた農家さんが困窮に追いやられた話は伺ったことがあります。

 しかし、牧場が閉鎖されるとなると、穏やかではありません。

 あるいは、彼女ミカが暮らしていた牧場は観光農場で、流行病の影響から来る観光客減少が今の結果を招いたのかもしれません。


「私ね、狩りとか得意じゃなかったの。

 だから、土を掘り返して虫を取ってみたり、平原の奥を流れる川に行っては、うちあがった魚を食べてみたり…。」

 彼女ミカの瞳からは、涙の雫が地面に落ちていきます。


 私は、黙って彼女ミカの話を聞いていました。

「でも、今日のご飯は美味しかった!

 昔の悪い思い出を忘れさせてくれるくらいに…とっても。」

 そう言って、彼女ミカは笑顔で私の方に顔を向けてくれました。

 その顔には、真新しい涙のスジが残っています。


「それは、何よりでした。

 暫くは、美味しいごはんを食べましょう。」

「うん。」

 私の返答に、満面の笑みで答えてくれるミカ。


 さてさて、二匹で食べていくとなると、手持ちの食料では先々心配になってくるところもあります。

 

「あと、狩りの練習もしましょうね?」

「坊やに期待しているわ♪」

 私の相談に、手堅い言葉で返してくれるミカ。

 どうやら、外で仕事狩りをするのは、男の重要な役目のようであります…そこに『お子様』特典は付かないのです。


「が…頑張ります…」

 返答した私の額を幸せそうに舐め回すミカさん。

 女性の恐ろしさを身に染みて理解できた瞬間でした…まぁ、狩りには興味がありますので、別に問題もないんですけどね。

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