第5話 大絵川緑地公園

「マスター。現在占領マーカーは確認できません。敵の侵入ポータルも未確認です。速やかに索敵行動を取られることをお勧めします」

 愛李がいつもの声で進言してくる。俺は逃げ出したくなった。でも何処へ?さっき太腿を思いっ切りつねってみた。とても痛い。何回か繰り返した。その都度太腿は痛みを訴えた。俺はつねるのをやめた。そして再び椅子に座った。頭が熱を持ったようで、ボーッとしている。

「全機発進。索敵を開始せよ」

 俺はいつものように索敵を命じた。どこかで声がする。なにをやっているんだ、と。しかし、その声に耳を貸す気が起きない。精神が麻痺してるのか。

 船の前方から勢いよく5機のユニットが飛び出していく。

「マスター。バトルフィールドの全体図が確認できました。スクリーンに出します」

 前方に青いスクリーンが拡がり、そこにバトルフィールドが写し出された。公園を上から俯瞰している。見慣れたヘックス画面とは大違い。六角形のヘックスで画面が埋まってない。宝島の地図みたいだ。画面中央に表示されているのは池だ。噴水もある。頭がゆっくりと記憶をたどり出す。

 大絵川緑地公園おおえがわりょくちこうえん。何回か来たことがある。ウォーキングしに来たこともあったよな。南区大同町にある南北に狭く、東西に長い公園だ。画面に表示されてる場所は、たしか公園の東端だったはず。

「マスター。初めての実戦ですので、慣らしの意味を込めて、指定バトルフィールドでの戦闘になります。ただし実戦ですので、何が起こるか解りません。第一目標を生還することに置いて行動されることを強くお勧めします。次回からは任意のバトルフィールドに参戦可能です」

 画面上にマザーの位置と、索敵に飛んだ5機の位置が点滅表が示されている。マザーは画面左端の真ん中らへんにいる。マザーからまっすぐ右に一直線に飛んでいるのがガンマだ。後は上下に2機ずつ展開している。見つめていると聞き慣れた音が耳に飛び込んできた。愛李が報告する。

「占領マーカー、敵侵入ポータル及び敵機確認。UFO母船が四機。占領マーカーと侵入ポータルが近接しています。具体的な映像が確認できます。マザーのスコープとガンマの積載モニターどちらを選びますか?」

「え、映像って」

「マザーには望遠スコープ及び各種センサーが搭載されてます。各ユニットにもモニターが搭載されてますのでジャミングされてなければその地点の様子が確認できます」

「ん、んじゃ。マザーのスコープを」

「了解。マーカー及びポータル付近を表示します」

 スクリーンに占領マーカーがある場所が写し出された。

「マーカーは松の木にあります。大きく二つに枝別れしている根元の部分です。そしてすぐ横の枯れた古木の中に、敵の侵入ポータルがあります。四機の母船がここから出てきました。現在画面に表示されているとおり占領マーカーを守るように四機は配置されています」

 俺の頭は少しずつ冷静さを取り戻してきた。これって他の人からはどう見えてんだ?リアルに大絵川緑地にいるとしたら、一般の人に見られて当然だろ。

「なー。愛李。俺っていうか、この船は普通の人に分かんないのか?リアルに存在するなら見られて当然だよね」

「マスター、私たちは、π(パイ)次元上に創り出されたバトルフィールドにいます。正確には時間を含めた【1とπ次元】でございますが、時間の次元は割愛するのが慣例ですのでπ次元と呼びます。正確な表現ではございませんが感覚的に申しますと、3次元の少し上の次元と言うことになりましょうか。2次元の人間が、3次元を認識できないように、一般の方々は私たちを感知できません」

「理屈はわかるがそんなことが可能なの?」

「マスターも超ひも理論については、お耳に入れたことがあると思います。7BOXは超ひも理論とダークマター理論をベースに開発されております。よって次元操作が可能です。動力もそれによって得られております」

 なんかもの凄いオーバーテクノロジーだ。

「こんな物がこんな事に使われてる…どうしてだ?」

 愛李は席を立ち俺に近づいてきた。椅子の横に立ち口を開いた

「マスター、戦いの果てにその答えが見つかると思います。それとも戦いを放棄されますか」

 そう言って俺をのぞき込んだ愛李の目はとても深い色を帯びていた。静かな湖をたたえているようだ。

「7BOXはマスターを単調で意味のない日常から解き放ち、生きる喜びと楽しみを与えてくれるでしょう。時には大いなる苦しみと試練を呼ぶかもしれません。しかしそれもさらなる楽しみに至るステップにすぎません。ここがマスターにとっての『リアル』になることは間違いありません。マスター、人生をやり直したいとは思いませんか。自分の手で、自分の力で、人生を切り開いていきたいとは思いませんか。ここにいれば出来ます。このリアルステージでは全てが可能です!マスターは幸運にもその機会を与えられたのですよ。みすみすこのチャンスを放棄されますか?」

 その目に促されるように俺は口を開いた。

「人生をやり直す…」

「そうです、マスター。やり直しましょう。血湧き肉躍る生き生きとした人生を掴みましょう。マスターが進み続ける限り愛李はマスターの下を離れません」

 何か肝心なことを忘れているような気がした。しかし、愛李の目に見据えられてる内に人生をやり直せるという言葉がどんどん大きくなっていく。

 特に今の仕事にやり甲斐を感じているわけでは無い。かといってやりたい仕事があるわけでも無い。そもそもこの歳で今更転職先が見つかるはずが無い。もう、人生の折り返し点は過ぎたのだ。リストラに怯えながら無難に勤め上げること、家族のためにせっせとお金を運ぶこと、これだけが今の俺に残されたただ一つの道。

 しかし愛李は言った。人生をやり直せると。このフィールドこそが俺の生きる場所になると。血湧き肉躍る刺激的な毎日を送ることが出来ると。嘘でもいい、その言葉にすがりたい。心がそうつぶやいてるときに、オペレーターの一人が声を上げた。

「敵母船より小型UFOが多数出撃。ガンマに向かってきます」

 俺は愛李の目からゆっくり視線を外し、前方のスクリーンを見据えた。小さな赤い光の点滅がガンマを包み込もうとしている。

「ガンマ、回避行動をとれ、他の四機は迎撃行動に移れ」

 言い終わって再び愛李の目を見た。

「これでいいんだな」

 愛李の顔に笑みが浮かんだ。俺がいまだかつて見たことのない不思議な、そして心休まる笑顔だった。アルカイックスマイルとはこのことを言うのだろうか。

「マスターを選んだ私の目に狂いはありませんでした」

 俺は愛李に選ばれたんだ。なんとなく嬉しい。でもどういうことだろう?

「マスター。任務に戻ります」

 愛李は席に着いた。俺はスクリーンを見つめた。目の前の出来事に集中しろ。現実から物事を判断しろ。どんなに突拍子のないことでも、いまここで起こっている出来事から思考を始めろ。自分の経験にないことなんていくらでもあるんだ。そう考えだしたらとてもワクワクしてきた。体中に震えが走る。肌が粟立ってきた。

「愛李。俺専用機体があるよな。それって、俺に乗れって事?」

「もちろんでございます。空を存分に駆け抜けることが出来ます」

「そうなんだ…よし、今から乗るぞ」

「了解しました。マスターが専用機に搭乗中は、艦隊指揮全般は私が勤めさせていただきます。ブリッジのモニターとコクピット内のモニターをリンクし、その都度重要な事項に関してはマスターの指示を仰ぎます」

「んで、何処に行けばいいんだ」

「そのままおかけください。いまからマスターをコクピットにお連れします」

 愛李の言葉が終わると、俺の椅子が艦長席の床に沈んでいった。床に丸い穴が空き、その中に椅子ごと降りていったのだ。しばらく暗いチューブの中のような空間を走り、軽くブレーキがかかった。目の前で四角や丸のボタンやスイッチらしき物が点灯し、周りが一気に明るくなり、たぶん今いる場所であろう光景を写し出した。ブリッジの全天球型モニターと同じだ。どうやら格納庫のようだ。

「マスター出撃準備は整っています。イータの操縦に関してはAIによるサポートがあります。飛びながらいろいろ試してください」

 習うより慣れろのスタンスは変わらない。

「マスターの準備はよろしいですか?」

「オッケイ。んじゃ、お願いします」

「了解しました。イータ。カタパルトへ移動」

 機体が下に動いていく。前方に長い発射カタパルトが見えた。ずんと、機体が静止する。

「カウントダウン。5,4,3,2,1、シュート」

 体がシートに押しつけられると思ったが、全くその感触がない。しかし、周りの壁は猛スピードで後ろに下がっていき、一気に視界が開けた。

 俺が今見ている光景は、バッタや蝶や蚊が見ている景色なんだろう。いや、あいつらはほとんどが複眼だからこれとは違う風景なのかもしれない。広い。上下左右どこにでも移動出来る。こんなに3次元という立体空間を体で認識したことはなかった。気球に乗ったことはないし、飛行機には乗ったことがあるが、ここまで開放的だったわけではない。視界の向こうにベンチが見える。下には草だ。雑草が生い茂っている。アマゾンを飛行機から見るとこんな感じなのか。でもテレビで見たことがある映像と違う。なんと言えばいいのか喩えが見つからない。そりゃそうだ。こんな風景今まで見たことがない。あえていうなら稲穂が実った収穫前の田んぼかな。ただし色は緑と茶色が混ざっている。遠くを見回すと確かに公園だ。記憶にある風景が拡がる。近くを見れば記憶にない風景が拡がる。

 バッタや蚊が見ている風景か…これって、俺はちっちゃくなってる!あまりにも非現実的なことが多すぎて、今気づいた。俺は小さくなっている、縮んでいる。

「愛李、俺って、虫ぐらいにちっちゃくなってるよな!」

「その通りです。マザーの全長が188ミリメートル。イータの全高が9ミリメートルです」

「なんでちっちゃくなってるんだ?」

「これが7BOXの仕様でございます」

「仕様って、それだけ?理由の説明になってないぞ」

「先程述べた二つの理論に基づいた次元操作の結果、通常の3次元空間に比べればスケールがコンパクトになっています。それ以上のことは、私には分かりません」

 たぶんこれ以上突っ込んでみても、答えは出ないだろう。まさしくマイクロワールドだ。しかし、相手は虫やミミズじゃない。18センチ強の戦艦?に搭載された1センチ弱のロボットに乗り込み、UFOやUMAと戦う。いや、俺と同じようにちっちゃくなった人と戦うことになるんだ。なんてぶっ飛んだ設定なんだ。あり得ない。そのあり得ない局面に今俺は臨んでいる。拡がる雑草の絨毯とその向こうに見える池と水の止まった噴水、右手に見える立木たち。その下に散歩しているおばあちゃんがいる。普通に人が暮らしているこの場所で、俺は戦うのだ。凄い、凄い体験だ。すごいぞー!

「うおーー」

 俺は大声で吼えた。モニターに敵機確認のメッセージが流れる。

「イータが敵に捕捉されました。小型機が向かってきます。数は10機」

 愛李の報告と同時に画面に次々とロックオンマークが並びだした。画面『ライフル』の文字が浮かぶ。これが推奨武器って訳か。

「ライフル撃てー」

 イータは空中で静止しライフルを左手に構えた。淀みなく赤い光の玉が銃口から飛び出していく。画面がズームし破壊されていくUFOが映し出される。いままで切り替わった戦闘画面で見ていた小型UFOだ。ほんの数秒で10機のUFOは墜ちた。

「よし、敵の母船に向かって突っ込め」

 イータは占領マーカー付近に陣取る4機の母船めがけて進み出した。

「現在ガンマをのぞく4機、母船と交戦中。おのおのが敵母船を1隻ずつ担当しています。母船より多数の小型機が出現。母船になかなか近づけません。機体の損傷はまだ問題ありませんが、膠着状態が続けば無視できなくなります」

 チュートリアルではアルファたち1機で母船を一隻沈めることが出来た。しかし今回は勝手が違うらしい。リアルステージになって敵もレベルアップしたということか。

「愛李、ブリッジのモニターを写せるか?」

「了解しました。リンクします」

 正面にブリッジで見たフィールド全体図が現れた。占領マーカー付近を拡大表示する。母船はマーカーを中心に東西南北に位置している。

「戦力を集中する。アルファ、デルタ、イプシロン西に位置する母船を攻撃。ベータ、

距離を取り周りの小型を狙え。ガンマ、ジャミングを掛けろ。えーと、タイミングは俺が指示する」

 モニターに『了解』の文字が躍る。各機の返答だ。俺はまっすぐ西の母船に向かった。遭遇時間が表示された。あと20秒。

「愛李、マザーをマーカーに向けて移動。池の端で待機だ」

「了解しました」

 母船からはひっきりなしに小型機が飛び出してくる。今までとは桁違いの数だ。このままじゃ物量に押し切られてしまう。画面にロックオンマークが並ぶ。

「全機、命令を実行しろ」

 イータは西から母船に向かい、展開する小型機の壁を除去した。アルファは北から、デルタは東から。イプシロンはデルタの後ろから母船に向かって突っ込み右腕をふるうが、届かない。デルタの突進は阻まれた。

「シールドか。母船に火力を集中。ベーター、小型は任せた。えーと。近距離武器はないか!強いやつ」

 ポップアップに『プラズマソード』の文字。

「それだ。イータ突っ込め」

 イプシロンの正反対の位置にイータは直進しながら、青白く光るプラズマソードを右手に持った。

「そりゃー」

 かけ声一閃。ソードはシールドを叩く。機体に振動が伝わり、打撃面から徐々にシールドがはがれていく様子がモニターに映し出される。無防備になった母船の船体にアルファとガンマのビームが突き刺さる。イプシロンは母船の中に突入、反対から飛び出すと同時に母船は下降し始めた。

「母船一隻沈黙。残り3隻」

「よーっし。次は北の母船だ。同じパターンでいくぞ」

 シールドさえつぶせば後は簡単だ。イータのパワーいい感じだ。俺無敵のヒーロー状態。気持ちいい!

 2隻目の母船を沈めたとき、敵の動きが変わった。東に位置していた母船が占領マーカーの真上に移動し、南の母船がマザーに向かって動き出した。

「マスター。敵ポータルより新手です。母船4機」

 新たに出現した4機の母船は北の母船を落とした俺たちを包み込むように進軍してくる。瞬く間に小型機が母船の周りを埋め尽くし、一斉にミサイルを発射した。ミサイルの壁が俺たちに向かってくる。ライフルとソードでなんとか撃ち落としたが、続けられるとそのうち被弾する。とくにイプシロンは迎撃武器がこれといってない。アルファ、デルタ、イータの陰に隠れている状態だ。

「マスター危険です!」

 愛李の鋭い声がコクピット内に響いた。初めて聞く声。感情がこもってる。

 小型機はひろがり俺たちを包み込んだ。母船も上下左右に位置している。囲まれた。再びミサイルが一斉に発射される。中心に位置した俺たち4機に。かわしきれない。低く鈍い音がする。機体が振動する。4機の被弾状況が映し出される。損傷率ザクッと8パーセント。

「脱出プランは!?」

 AIがプランを提唱。よし、試射をしろって言ってたな。こいつでいこう。

「アルファ。上部の母船を中心にメガ粒子砲発射。全機、そこに出来た穴を使って包囲網から脱出する」

 アルファの肩口に二つのビーム発射口が現れた。残り3機はアルファを囲み護衛する。青白い閃光がアルファから拡がっていく。母船の周りにいた小型機は瞬時に消滅した。母船のシールドは崩壊しだしている。いいね!こいつ。

「突っ込め―」

 ブレードを風車のように回転させイータは母船の腹に風穴を開けた。そこにデルタ、イプシロン、アルファの順に突っ込み船体内で武器を乱射する。4機の脱出とともに母船は爆発をおこし墜ちていった。あと母船は5機。マザーとベータ、ガンマは協力して向かってきた母船を圧倒している。あっちはたぶん大丈夫だろう。

「アルファ、デルタ俺の横につけ。3機で母船に対して一点集中砲火を行う。イプシロン、イータの後ろに。3機の背中をまかせる。動き回りながら攻撃する」

 左方向に不規則な落下軌道を描きながら、4機の編隊は母船に向かう。AIたちが協調しシールドの一点を狙い撃つ。ビームライフルの連弾にシールドは軋み、ついに割れ始める、ゆで卵の殻のように。割れ目が見えると一気に加速し、母船のはらわたを食い破る。首尾は上々。また1隻母船は墜ちた。

 次の獲物に飛びかかったとき、そいつは違う動きを見せた。自分に狙いを定めた4機に向かって母船から強烈なビームが発射された。間一髪、俺たちは散開した。今まで取っていた隊形を作ろうと集合すると、それを待っていたかのようにビームが襲ってくる。小型機が周りを囲み出す。俺たちを一つに集めたいようだ。攻撃パターンを変えたほうがよさそうだ。

「愛李、ビームが発射されてるとき、母船のシールドはどうなってるんだ?」

「確認します…部分的にシールドを解除してその隙間からビームが出ています」

「んじゃ、シールドに空いた穴からビームが出ているって事だな」

「そういうことになります」

「そっか。虎穴に入らずんば虎児を得ず。ってことだな」

「マスターどうなさるおつもりですか?マザーの援護が可能です。無理はしないでください」

 マザーは母船との撃ち合いを制し、こちらに向かってきた。

「愛李、今の調子であと1隻マザーの方で母船を墜とせ。アルファ、デルタ、イプシロン。俺を援護しろ。シールドの穴に突っ込む」

 俺は半径を変化させながら螺旋を描く。母船との距離が縮まっていく。

「イータ、シールド状態をモニターしろ。穴が空くタイミングをはかれ」

 ソードをシールドに突き立てようとしたとき、目の前のシールドに穴が開き始めた。ビームがやってくる。かわすんだ。機体を右に横っ飛びさせる。モニターにノイズが走る。まだ、突っ込めるかどうかデータ不足だ。

「マスター!危険すぎます。直撃すればイーターも無事ではいられません。マザーとともに敵にあたるべきです」

「愛李、敵の増援があるはずだ。殲滅速度を上げないと押し切られる。機動力を使って優位に立つんだ。もう少しで突っ込むタイミングが計れる」

 再びシールドに向かう。穴が空く。コンマ五秒。ビームが来る。かわす。穴が閉じる。コンマ六秒。よし、わかった。次はいける!

「イータ、タイミングはわかったな。次は突っ込むぞ」

 三度シールドに接近する。発射されたビームをかわし、閉じようとする穴にソードを打ち込む。シールドは剥がれていく。普通に叩くより崩壊速度が早い。喜んだのもつかの間、母船からビームが放たれた。前進しつつ避ける。油断大敵。一気に船体に突き進み母船墜としに取りかかる。アルファ、デルタ、イプシロンも母船に突っ込んでいく。四方向からの攻撃を受け母船は沈んでいく。残る母船は2機。いけるか。

「マスター増援です。敵母船4機出現」

 思ったとおり、敵の増援が現れた。そんなに世間は甘くない。敵の攻撃は激しくなっている。雑魚キャラ本気モードってか。出現した4機はビームを連射しながら子機を出しまくっている。このまま物量に押されていくのか。

「マスター、生き残ることが最優先事項です。撤退も視野にお入れください」

 愛李の冷静な声が響く。俺のリアルステージ初陣は、ほろ苦い思い出になるのか。悔しさがじわりと心に拡がっていった。その時新たなメッセージ音。この音はたしか。

「新たなるプレイヤーがバトルフィールドに出現しました。プレイヤー名”楽毅”(がっき)ユニットタイプ艦船。ユニット数5機」

 フィールドの東端に五つの点が瞬いた。

「楽毅より入電。音声チャットを申告しています。許可しますか?」

「許可する」

「了解しました。どうぞ」

 ブリッジに楽毅の声が響いた。

「初めまして。楽毅と申します。以後お見知り置きを」

「初めまして。ホーキングです。よろしくお願いします」

「早速ですがホーキングさん、見たところ少々手こずられているかと思いますが…。よろしかったら協力させていただけませんか」

「ありがとうございます。ぜひお願いします」

「では、艦載機を向かわせます。こちらは足が遅いのでちょっと到着が遅れますが、ご勘弁を」

 ベテランプレイヤーの余裕が声から感じられる。五つの点の周りにさらに小さな光が現れ高速でこちらに向かってくる。艦載機だろう。もっと詳細を確認したかったがそんな余裕は無い。

「イータ以外はマザーと合流。愛李、戦力を集中し敵母船の各個撃破を行え。指揮を任せる。俺は一撃離脱で行く。できるか?」

「了解しました。マスターの期待の添えるよう全力を尽くします」

「たのむぞ」

 俺は弾幕をかいくぐりながら、占領マーカーの上に陣取る母船を叩きに向かった。子機が五月蠅く群がってくる。しつこさも倍増している。ちっくしょう。一人じゃ無理か。振り払えない。

「楽毅の艦載機が到着。敵母船軍に攻撃を開始しました」

 艦載機早いな。ちょっとはいいとこ見せないと恥ずかしいぞ。

「愛李、アルファをこっちに送ってくれ。援護が必要だ」

「了解。アルファを送ります」

 ライフルで子機を墜としながらアルファを待つ。絶え間なく周りを囲まれるがイータはまだ被弾してない。頭で考えたことがそのままダイレクトに機体に反映されてるような感じと、AIによりサポートされた動きがシンクロしている。手足を使って機体を動かすということは一切行っていない。運動はおせじにも得意とは言えないこの俺が、アニメで見たエースパイロットと同じような動きをしている。打つ、墜とす、かわす。また打つ、打つ、打つ、墜ちる、かわす、かわしつつ打つ、打つ。あーこの感覚、シューティングだ。決して得意ではなかった。むしろ苦手だった。でもごくたまに、どんどんステージをクリアしていく調子のいい日がやってくる。相手の動きと弾筋が見える。敵のばらまく弾幕がしゃれにならないくらい画面一杯に拡がる。いつやられるかハラハラ、泣きそうになる。そこでさらにかわし雑魚キャラを一掃していく。そろそろボス戦突入か、単独では無理だぞ。オプションほしいぞ、オプション。その時アルファ合流のポップアップ。来たー!オプション。

「アルファ。メガ打って進入ルート確保。突っ込む」

 アルファがイーターの前に進み出た。唸る砲塔、蒼の光が敵を溶かしていく。がたついてるシールドにイータのソードが突き刺さる。空いた穴にアルファが突っ込む。すぐさまイータも続く。母船は墜ち、占領マーカーは確保された。

「やったぞ、愛李」

 興奮気味にマザーを振り返ったとき、三つの航跡が空を駈けて来るのを見た。それはほとんど直線を描きながら、母船めがけて飛んできた。シールドは一撃で吹き飛び三つの航跡はそのまま母船に大穴を開けた。続けて二度航跡は引かれ、2機の母船が鉄屑と化した。

「あれはなんだ?愛李」

「楽毅のユニットより発射された砲弾です。1隻の艦船より発射されています。ユニット名”大和”とても強力な運動エネルギー兵器です」

「運動エネルギーって、実弾か?」

「そうです。砲弾です」

 ビームじゃないんだ。鉄の塊が飛んできたのか。大和からの砲撃はなおも続き、新たに出現した母船は全て墜ちた。

「ホーキングさん。経験値稼ぎしませんか」

「え?ええ。どうやって稼ぐんですか?」

「占領マーカーはしばらく置いといて、進入ポータル前に陣取って、出てきたやつをどんどん墜としていきましょう」

「なるほど、いいですね!お願いします」

 俺は全機を進入ポータルの西側に配置した。東に楽毅の艦隊が見えてきた。中央に空母、それを囲むように4隻の軍艦が前後左右に配置されている。先頭はイージス艦だ。右舷に駆逐艦、左舷にフリゲート艦、そして後ろに戦艦大和。波動砲はぶっ放しそうにない。

 進入ポータルから4隻の母船が出てきた。楽毅の艦隊は一斉砲撃を行い、あっという間に3隻の母船を沈めた。小型UFOも艦載機によって、はき出されたそばから迎撃されていく。俺も火力を集中する、が母船1隻を沈めるに留まる。イージス艦とフリゲート艦からミサイルが、駆逐艦と戦艦からは砲弾が矢継ぎ早に発射される。なんかの本に書いてあった。戦艦は戦場に着くまで遅いが、一度着いてしまえば無敵だと。ほんと、そのとおりだ。なんか悔しい、が、当たり前か。俺は今日初めてリアルステージに臨んだのだ。デビューしたてのルーキーだ。ま、しょうがない。切り替え、切り替え。今は楽毅の力を借りて行けるとこまでレベルアップだ。

 作業が始まった。決まって4隻の母船が出現し、俺が1隻、楽毅が3隻の割合で墜としていく。事は順調だ。余裕が出来た俺は、楽毅のレベルを知りたくなった。

「愛李、楽毅のレベルってどれぐらいなんだ?」

「了解しました。空母シャルルドゴール、レベル29。戦艦大和、レベル29。駆逐艦フォルバン、レベル28。フリゲート艦ラファイエット、レベル28。イージス艦アルバロ・デ・バサン、レベル29です」

 こちらはやっとレベル4だ。初出撃のイータはまだレベル1。

「楽毅のマスターユニットはどれだ?」

「それはわかりません。こちらで推測するしかありません」

 そっか。マスターユニットは解らないか。楽毅の陣容を見ながら、多分戦艦大和かなとか思っていると、楽毅からボイチャが入った。

「ホーキングさん。1隻だけじゃなくって、2隻叩きますか?経験値は多い方がいいでしょ」

「そうですね。よーし。2隻墜とします。やらせてください」

「了解です。こちらは北と東に出るやつを墜とします。西と南をお願いします」

「分かりました」

 イータ、ベータ、ガンマで一組。アルファ、デルタ、イプシロンそれにマザーで一組。それぞれ1隻ずつ母船を墜としにかかる。空母から飛んできた艦載機が引き続き援護してくれるので心強い。楽毅ほどではないが十分な火力が確保できてる。

 しばらくして気づいた。母船の出現間隔が短くなっている。いいね。レベルアップのスピードがあがるぞ。あんまり楽しい時間ではないレベル上げの作業が短縮されることはいいことだ。そう思っていると楽毅からボイチャ。

「ホーキングさん。そろそろ危なくなってきてるので、ここらでマーカー乗りますか」

「え、いい感じじゃないんですか?」

「過去の経験上、そろそろ敵が強くなるはずなんですよね。この世界はそんなに甘くないんですよ」

「そうですか。んじゃ先輩の忠告に従います」

 俺は愛李にマザーの移動を指示した。

「愛李、シールド展開。占領マーカーに移動しろ。全機マザーを守れ」

 言い終わった直後、警告音が響き、新手が登場した。こいつは。見覚えのあるシルエットが宙に浮かぶ。だが以前見たのは2次元のモニターの中だ。その時もなかなかの迫力だったが今は違う。実際に目の前に存在しているのだ。リアルに。じわっと胸の中に怖れが拡がった。4体の黒光りする巨体の内、1体が俺を見据えていた。動けない。おもむろに口が開く。たしかあいつは。

 思いだす前に開いた口から、青白い炎が放たれた。イータのAIは間一髪、回避行動を行い、直撃は免れた。モニターにノイズが走る。愛李の声

「マスター!お怪我はありませんか。4体のネッシーが出現。過去のデータによればHPは20000。状況は極めて深刻です。退却を進言します」

 我に返り楽毅にチャットした。

「楽毅さん。何とかなりそうですか?俺はまだ退却したくない」

「やってみましょうか。でも保証はありませんよ」

「お願いします。全力を尽くします」

「ではマーカーの上から動かないで」

 占領マーカーのカウントダウンが始まった。3分だ。ネッシーは2匹ずつペアになり、俺と楽毅に向かってきた。まずはアルファだ。あと一発メガ粒子砲が打てるはず。

「アルファ、正面でメガ打て。その後マザー以外は先頭のネッシーに集中砲火。愛李耐えろ」

「マスター、了解です。必ず耐えて見せます」

「よし。アルファ、打てー!」

 アルファは最後のメガ粒子砲を発射した。それとほぼ同時に、メガ粒子砲の光を、遙かに凌駕する圧倒的な光量が右手から伸びてきた。何が起こったんだ。俺は目の前に迫るネッシーより、その力強く伸びる光の帯を目で追っていた。ネッシー2体の突撃が、楽毅艦隊の集中砲火とアルファが放ったメガ粒子砲により阻止されたことなどそっちのけだった。楽器に向かった2体のネッシーは光の帯に貫かれ、穿たれた穴から体が霧散していった。光はさらに敵侵入ポータルを砕き、使用不能にしていた。遅れてやってきた衝撃波がイータを揺らす。

「こっちは何とかしたよ。次はホーキングさんの番だね」

 楽毅のボイチャ。そうか、次は俺の番か。視線を目の前に戻すと2匹のネッシーが首をもたげている。弱っているがまだやるつもりだ。

「マスター。サイコブレードです」

 俺はイメージした。イータの右手が背中に伸び、ブレードの束を握った。引き抜こうとしたとき、俺自身の背骨が軋んだ。思わず体がすくみ、イータの動きが止まる。

「マスター、続けてください。精神の力、意志の力がそのままサイコブレードの力になります。怖れないでください。自分を信じて」

「くっそー」

 背骨が熱い。骨の髄を焦がされてるようだ。だが、ここでやめるわけにはいかない。ネッシーの口がガクガクしながら開いていく。撃たせるものか、撃たれる前に切れ!目を見開きイメージを喚起する。剣を抜くイメージを。止まっていたイータの右手は動き出し、力強く束を抜きはなった。眩しい白色光が束の先に伸びている。

「あーっ!!」

 かけ声とともにイータは宙を滑り、ネッシーの首を横一閃に切り落とした。首なしネッシーの胴体を踏み台に2匹目のネッシーに飛びかかり、たて一文字に首を切る。ネッシーの胴体に二つの頭が生じ、しばらくしてゆっくりと首から下に墜ちていった。

 コクピットの中に荒々しい息づかいが響く。背骨から生まれた熱が体中を焦がしていく。熱い、息がもどかしい。酸素が足りない。体の中を熱風が吹き抜けている。

「…マスター…さすがです。とても立派な剣でございました。愛李は嬉しくて胸が、こんなに…失礼しました。報告します。敵全ユニット消滅。マーカー占領まで残り27秒」

 頭を下からもたげて、ヘッドレストにのせる。両手の指を動かしてみる。だんだん力が戻ってきている。深呼吸を繰り返した。モニターにカウントダウンの数字が表示されている。

「初陣にしてはなかなかやりますね。被撃墜数0ですか。おめでとう」

「あ、ありがとうございます。楽毅さんのおかげです。楽毅さんが来てくれなかったら撤退してました」

「いえいえ、ほんの少しお手伝いしたまでです。こちらも十分収穫はありましたから。マーカーも無事取ったことだし、これにて失礼します。またいつかどこかでお会いましょう」

 楽毅は進入ポータルから離脱していった。

「はーっはーっ、愛李、やったぞー。はっ、俺は勝ったぞ。初陣を勝ちきったぞ」

「おめでとうございます。マスターのすばらしい戦いぶり、愛李は誠に感銘を受けました。マスターにお仕えすることが出来て、うれしゅうございます。身も心もマスターにささげ、これからもお支えいたします」

「ありがとう。こんなに誰かに感謝されたの、初めてかもしれない」

 この前に、誰かに感謝されたことはいつだったかな。記憶を探っても思い出せない。それに、こんなに大袈裟な言葉をもらったのは生まれて初めてじゃないかな。身も心もなんて小説じゃあるまいし、こっ恥ずかしいぞ。

「戦闘結果を報告いたします。戦績評価B、撃破ボーナス13000ポイント。全ユニットが2レベルアップします。イータはレベル3。他のユニットはレベル6になりました」

「被害状況は?」

「HPのダメージが平均21%ですが、十分修復可能な範囲です。1時間もすれば全回復します。戦闘の継続は可能です」

「そうか、でも今日はこれでお終いにしよう。俺がもたないや。よく考えたら夜勤明けだ。なんか凄いことになってるし」

「そうでした。マスターの回復が追いつきませんね。休息が必要です。自宅に戻られますか?」

「あー。そうするよ。まずはマザーに帰らないとね」

 俺はイータにマザーへの帰投を命じた。


「艦長、戦闘分析が終了しました。画面に表示します」

「サンキュー。どれどれ…ロボットアニメ大好き君か。近接に遠距離に格闘、典型的なパターンだな。情報収集も持ってるか。用兵能力はまずまずだな。墜ちたユニットが無いというのはポイント高いね」

「この機体がマスターユニットですね。確率は97%とでています」

「たぶん、間違いないだろう。ネッシーぶった切った刀は、なかなかの威力だったよ。ユニークは拡散荷電粒子砲を使ったやつだろう。これからが楽しみな人だね」

「艦長、波動砲を撃つ必要はなかったんじゃないですか。なにも手の内をさらさなくても」

「ま、いいじゃないか。ルーキーに対する余裕というか、自慢というか。そんなに怒るなよ真那まさな

 そう言って楽毅は右手を真那の腰に回した。

「ちょっと休憩しようか」

「わかりました」

 視線を下に向け、楽毅の目を見つめながら、真那はゆっくりと膝を折り、楽毅の前にしゃがみ込んでいった。

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