第3話 チュートリアル2
ラッキーだ。今日から夜勤。昨日と同じぐらい時間がある。今日中にチュートリアル2を終わらせてしまおう。夜勤が始まるとしばらく『箱』の前には座れないだろう。いつものように、落ち着いた表情で愛李が向かえてくれた。
「マスター、おはようございます。疲れは溜まってませんか?あんまり今詰められると体に毒ですよ」
ありがとう。その声かけで十分疲れはとれたよ。
「では、今日はチュートリアル2に進まれますか?」
もちろんだとも。画面をクリックする。
「了解しました。チュートリアル2の内容について説明させていただきます。チュートリアル2はマルチプレイでございます。他のプレイヤーと一緒にバトルエリアに進入し、ミッションを遂行していただきます。共闘するも敵対するも、マスターのお心次第でございます。他のプレイヤーとは音声及びテキストチャットで連絡を取ることが出来ます。では早速出撃いたしましょう」
今日もあっさりとした説明だな。習うより慣れろ、だよな愛李。全機出撃をクリック。
「門(ゲート)、オープン。戦場(バトルフィールド)に進入します」
昨日より4倍はあろうか、広いマップが広がっている。俺の進入ポイントはマップの左下だ。
「今回のマップより、リアルタイムでゲームが進行します。的確な判断、指示及び操作を行ってください」
えっ、いきなりシステム変更かよ。RTSは忙しいから苦手なんだよな。
「マウスオペレーションに加え、音声による指示も受け付けます。普通に会話をするように話してください。焦らなくても大丈夫ですよ、マスター。では指示をお願いします」
はっ、音声入力対応?マジかよ。どこまですごいんだ。んじゃ早速、お言葉に甘えて。
「ガンマ中央に向け索敵開始。デルタ、ガンマを護衛。残りはマザーを護衛しながらガンマを追尾。5ヘックス程離れろ」
言い終わって、こんな曖昧な指示でいいのかなと疑問がよぎる。ところが六体のユニットは結構思い通りに動いて行くではないか。ユニット個々のAIもたいしたものだ。
「これ…スゲー。音声認識完璧じゃないの。こんなの見たことないぞ…」
感動してる暇はない。愛李の報告が入る。
「敵機確認ガンマの右方向。左上方にプレイヤーユニット1機。プレイヤー名”李苑”(りおん)。ユニットタイプ、ロボット」
李苑って女か?(おいおい、そこかよ)とにかく敵機を撃たないと。UFOの母船だ。思っている内に子機が6機展開してる。見つかってるな。どれを狙ってくるんだ、ガンマか、マザーか。迷ってる暇はない。
「マザー停止。アルファ、ベータ、イプシロンはUFO母船と子機を攻撃。マザーもUFOを遠距離から攻撃」
指示を出した後、上方にいたプレイヤーユニットの動きを見る。うろうろしている。なんかよくわからん動きだ。なにがしたい?
「マスター。李苑より音声チャットの要請です。許可しますか?」
はい?いきなりボイチャですか。断る理由もないのでOKの許可を出す。
「初めまして。李苑と言います。チャット許可ありがとうございます」
「あ、初めまして。ホーキングです」
可愛い声だ。俺より年下だな。ま、俺の歳からしてその可能性が高いのだが。
「出来れば一緒に戦ってほしいんですけど。お願いできますか?」
「わかりました。えーっと。どうすればいいのかな…」
「マスター。同盟を締結すればお互いの情報を共有することが出ます。メニューから同盟申請を選んでください」
教えられたとおりに同盟申請を行い李苑に送信。承諾された。画面に李苑が持つユニットと索敵情報が表示された。ユニット3機とはなんともシンプルな構成だ。その分ユニット個々の性能は高いだろう。うろうろしていたやつにはアレキサンダーという名前が付いている。
「占領マーカーの位置がまだつかめてないね。この分だとたぶんマップの真ん中にあるんじゃないかな」
「そんな気がします。ユリシーズとランスロットに中央に行ってもらいます」
「了解。こっちもマザーとベータを向かわせるよ」
ガンマの索敵能力を強化する。ピピッと音が鳴り次々と索敵結果が表示される。マップ中央に占領マーカー、その上下左右に侵入ポータルが計四つ。これは敵の侵入ポータルだ。ここからUFOが出てくる。どれだけの出現頻度なのかわからないが、単独でのマーカー占領は難しいだろう。他のプレイヤーとの共闘を行わなければ、クリアはほとんど無理だ。思ってるうちに四カ所のポータルから一斉にUFOの母船が飛び出してきた。すぐさま子機が展開される。このままじゃマーカーに乗っかることも出来そうにない。
右方向にいたUFOの母船と子機はアルファ、ベータ、イプシロンの攻撃で撃破した。俺って強いと思いつつ、これからどうしようかと思案していると、新たなるプレイヤーユニットが現れた。
「右上方向、プレイヤーユニット3機。プレイヤー名”シルキー”ユニットタイプ、フィギュア。右下方向、プレイヤーユニット5機。プレイヤー名”ブラックインパルス”ユニットタイプ、航空機」
これでたぶん全プレイヤーが出そろったと思った。4人のプレイヤーが一つのマーカを争う寸法だ。
「愛李、李苑がマーカーを占領したら、当然俺も勝利したことになるんだよな」
「はい、同盟関係が解消されない限りマスターも同等の権利を得ることが出来ます。」
「残り二人は同盟を組んでいるのか?」
「現状では組んでおりません」
まずは、二人の意思を確かめてみるか。俺はテキストメッセージをシルキーとブラックインパルスに送った。
『一緒にUFOを排除しよう。同盟を結ばないか』
しばらくしてブラックインパルスからメッセージが返ってきた。内容は『了解した』これで同盟軍は3人になった。しかしシルキーからは何の返事もなかった。ま、仕方ない。三人で共同作戦を行うべく、俺は話しかけた。
「初めまして、ブラックインパルスさん。ホーキングと言います。よろしく」
「初めまして。ホーキングさん、李苑さん。ブラックインパルスです。よろしくお願いします」
「初めまして。李苑です。よろしくお願いします」
「挨拶も済んだとこで、早速ですが、李苑さんを突撃部隊にして僕とブラックインパルスさんは援護ということでどうでしょうか?」
「えー!私が突っ込むんですかー」
「ま、固そうなのでよろしいかと…」
「こちらはそれでOKです」
「か弱い乙女を突撃させるなんて。ひどい」
「大丈夫です。李苑さんなら出来る!」
「こちらもそう思います」
「戦乙女の艶姿。見せてください」
「こちらも同じく。見たいです」
「えーっ。もう、しょうがないな。わかりました。突っ込めばいいんですね。皆さん援護よろしく。では李苑行きまーす!」
かけ声よろしく李苑の3体のユニットは占領マーカーに向けて進軍を始めた。俺とブラックインパルスは、李苑の進路上にある敵ユニットに攻撃を集中し、進撃路を確保する。なかなかいい感じで作戦が進んでいたとき、敵ポータルから見たことがないユニットが出てきた。
「ポータルより新たなる敵機出現。タイプUMA。ユニット名”ネッシー”」
はー?ネッシー?あのネス湖の幻の怪物か。ユニットタイプがUMAだって。冗談みたいなユニットだ。カーソルをあててネッシーのステータスを確認してみる。あらゆるステータスが【???】だ。
「ブラックインパルスさん。攻撃をネッシーに集中しましょう」
「こちらも同じく、同意見です」
俺とブラックインパルスはそれぞれユニットをネッシーに向かわせた。俺はアルファ、デルタを向かわせ、ベータも優先目標をネッシーに設定した。ブラックインパルスは4号機と5号機を向かわせたようだ。画面が切り替わった。アルファがネッシーに斬りかかったようだ。アルファのブレードがネッシーの長い首を狙う。ホントに首長竜そのものだ。四本の足までひれのようになっている。よっし。一刀両断だ、と思ったがネッシーはびくともしない。ブレードは首の表面で止まったままだ。アルファは必死に首を切り落とそうとしているが、ネッシーは悠然と構えている。そして、ぐん、と首を振りアルファを振り払った。構えを取り再び斬りかかろうとしたアルファめがけて、ネッシーの口から真っ赤な炎が放たれた。アルファはたまらず後退する。HPが三分の一は削られたか。
「何じゃこりゃ。ゴジラの火炎放射か。俺のエースが一方的にぼこられてる!こいつ何者だ。愛李、なんかわからんか?」
「ガンマの索敵機能で敵ユニットの詳細情報を調べてみればどうでしょうか」
「そんなことも出来るのか。よし、ガンマ。ネッシーを調べろ」
画面下のガンマのウインドウに【Analyze】の文字が浮かぶ。しばらく時間がかかりそうだ。ネッシーは李苑のユニットに向かっている。ボードウィンを目標に捉えたようだ。
「李苑さん。ちょっと様子を見よう。ユニットを後退させて」
「了解。えっ。いやーっ」
アレキサンダーがネッシーの攻撃を受けたようだ。アレキサンダーの動きが止まる。ステータスが【麻痺】となっている。どんな攻撃を受けたんだ。李苑の必死の声が聞こえる。
「ランスロット、ユリシーズ!アレキサンダーを助けて。早く!アレキサンダーは動けないの!」
ブラックインパルスが長距離から空対空ミサイルを放った。5発全部命中したが、ダメージを与えた様子がない。こんなやつがまた出てきたら、どうすることも出来ないぞ。画面を見てるとポータルからまたUFOが出現した。さっきと同じパターンだ。このままじゃまたネッシーが出現してしまう。
「こうなったら、ネッシーに全兵力を集中させましょう。李苑さんはいつでもマーカーに突っ込めるように準備しておいてください。ブラックインパルスさん、野郎どもは汚れ仕事ということで」
「承知しました。全機攻撃目標ネッシー。かかれ」
「ガンマAnalyze継続。他は全機ネッシーにかかれ。全力でいけ!」
ブラックインパルスの航空機は離れたところから空対空ミサイルを連射している。アルファが、遅れてイプシロンがネッシーに貼り付いた。ブレードとナックルでネッシーに挑んでいる。ベータ、デルタ、マザーはビームを打ち込む。ピコーン、音がしてガンマのAnalyzeが終了した。デフォルトHP20000。マザーの約2倍か。現在HP16234まで削ったが、まだまだ遠い。落とせるのか?
「愛李。さっきの間隔でネッシーがまた出現するまでどれくらいだ?」
「あと三十秒ほどです。28,27」
愛李が気を利かせてカウントしてくれる。ランスロットとユリシーズがネッシー退治に加勢にきた。しかし回りを飛ぶ雑魚UFOが鬱陶しい。HPがちくちく削られる。ビビーっと警告音。アルファのHPが残り20%を切った。ネッシーのHPはまだ12000代だ。く、厳しい。二匹目が来たら対処のしようがない。
その時、シルキーの七体のユニットが、ネッシーが出現したポータルの一ヘックス上で一列に並んだ。そして光りに包まれ、消えたあと、一機のだけユニットが出現した。ユニット名は『超絶合体ハイパーアリス』何じゃこりゃ?こんなのありかよ!
さらにハイパーアリスは驚きの行動に出た。なんと進入ポータルを攻撃しだしたのだ。ガンガンと進入ポータルを殴っている。(攻撃手段:素手となっている)進入ポータルは機能不全に陥った。辛くも愛李のカウントはラスト2秒。カウントゼロを数えたがネッシーは出てこなかった!
「おおーすごい!やるじゃんシルキー…えっ?」
シルキーはポータルを破壊した後、悠々と占領マーカーに乗っかっていった
「あーっ。先を越されちゃいましたー。どうしましょう?」
李苑の少し間延びした声が響く。アレキサンダーはマーカーの回りをうろうろするだけだ。俺とブラックインパルスも何ともしようがない。とにかくネッシーを倒さなくては。
「アルファ。戻れ。マザーで回復しろ。残った全機で一斉攻撃だ」
アレキサンダーとアルファ以外の俺と李苑、ブラックインパルスの全ユニットが一斉に砲門を開いた。画面が切り替わる。ネッシーに全砲撃が命中し断末魔の悲鳴を上げてネッシーは崩れ落ちていく。
それと同時に【占領マーカーをシルキーが落としました】と横殴りにメッセージが流れていく。ちょっと。マーカー落ちるの早すぎないか?ネッシーと連動してたのか。
「こりゃ、骨折り損の草臥れ儲けか」
「どうやら私たちは、ダシに使われたようですね。シルキーさんにしてやられましたか」
「ごめんなさーい。私がまごまごしてたから…」
なんか拍子抜けした。
「マスター。シルキーから音声チャットの要請です」
「了解。繋げてくれ」
しばらくして男の声が響いた。
「みなさーん。見てくれた-!僕の超絶合体ハイパーアリスちゃんの艶姿。最高ブリブリでしょ!この調子で連戦連勝街道、爆進するからねー。次回も応援よろしく―」
言うだけ言ってシルキーは去って行った。
「李苑さん、ブラックインパルスさん。お疲れ様でした。鳶に油揚げをさらわれましたけど、また機会があればよろしくお願いします」
「了解です、ホーキングさん。ではこれにて」
ブラックインパルスは戦場から立ち去った。
「ホーキングさん。次は足手纏いにならないようにしますから、また一緒に戦ってくださいね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「んじゃ。私も落ちます」
戦場には俺一人が残された。
「マスター。まだここに残られますか?」
「いや、なんか。何もしないうちに終わってしまって。物足りないっていうか。何というか」
「ご心配なく、マスター。まだチュートリアルです。これからが真の戦いの始まりです。決して物足りないないと言うことはありませんよ」
「そうか、そう願いたいね」
「では、本ステージに向かわれますか?」
「うーん。なんかちょっと。気分が乗らないや。それに今日から夜勤だし。少し寝とかないとな」
「わかりました。ではステージの総括に向かいましょう」
俺は愛李に促され、戦場を後にした。画面にリザルトが表示される。今回はユニークユニット撃破のボーナスが付いた。ネッシーのことだな。まずまずの経験値をもらえた。マーカーをとれなかったことが悔やまれるが、必ず今後の教訓にしようと誓った。
さーて夜勤に備えて寝るか。次からは本ステージだ頑張るぞ!決意をしながら『箱』を終了した。
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