第2話 チュートリアル1

 昨日と同じく0時近くに帰ってきて、本当は7BOXの前に座りたかったが、なんか長くなりそうだったし、妻に見つかったらとんでもない事態が発生するので、じっと我慢の子であった。今日は休み。妻が出かけるやいなや、速効でBOXを押し入れから取り出しセット、直ちにスイッチオン。冷蔵庫からアイスコーヒーを持ち出し、画面の前に座る。一杯口をつけると愛李の声が部屋に響いた。

「おはようございます。マスター。昨日はゆっくり眠れましたか?では、ただいまよりチュートリアルを始めさせていただきます」

 画面に見慣れた六角形のヘックスによるマップが広がった。

「このゲームの勝利条件は、定められた占領マーカーを一定時間保持し続けることです。任意のヘックスに占領マーカーが置かれます。部隊を指揮し、ユニットをマーカーの上に移動させてください。マーカーの上にユニットが移動した次のターンからカウントが始まります。マスターの部隊と敵の部隊はともに進入ポータルから戦場に突入します。必ずしも全機出撃させなくてもよろしいですが、レベルアップのためにも、しばらくは全機出撃をおすすめします」

 ナレーションとともに画面上でアニメーションによる説明が続いている。

「敵とその他の諸情報は、索敵を行わなければ表示されません。占領マーカーも同様に索敵でのみ発見することが出来ます。戦場に着いたらまず、情報収集から始めてください。その点マスターはお目が高い。すでに索敵に適したユニットをお持ちでいらっしゃいます。もちろん、その他のユニットも索敵はできますのでご心配なく」

 ふーん。俺が持ってるユニットまでこのオペレーターは把握してるのか。ホントにオペレーターみたいだな。ただ決められた文句を順番に流しているだけじゃないみたいだ。AI搭載のメニューシステム?何じゃそりゃ。凝り過ぎだろう。そんなゲーム機訊いたことないぞ。

「では、論より証拠、習うより慣れろ、でございます。いざ出陣いたしましょう」

 しゃべりもふるってる。

 画面は出撃ユニットを選択する画面に切り替わった。愛李の勧め通り全機出撃をクリック。

「門(ゲート)、オープン。戦場(バトルフィールド)に進入します」

 画面中心に小さな金色の輪っかが生まれ、グーンと広がっていく。進入を思わせるグラフィックだ。

「オールグリーン。戦場に進入しました。マザー、索敵を開始します」

 愛李は右端下のちっちゃなウインドウに収まっている。その横に【マザー】の名前がついたウインドがある。クリックすると、ポーんと中央で広がりステータスが表示された。特に異常はない。当たり前か。さて搭載ユニットを発進させたいんだが、ボタンはどこだ。これか。【搭載ユニット】をクリック。搭載されている5機のユニット名が出た。チェックを入れて【発進】をクリック。マザーの回りのヘックスに、5機が自動的に展開された。便利だけど、細かく置き場所を決めたいときはどうするんだ。ま、いっか。追々分かるだろう。

「索敵範囲に占領マーカーなし、敵影なし。マスター命令を」

命令ねー。マップの一番下に出てきたわけだから、このまま上に向かって進むとしよう。【マザー】をクリック。移動範囲が表示されたので、一杯まで移動を指示。索敵範囲も一緒に動く。移動地点に行く前に右の方でピッとヘックスが光った。

「補給ポイント確認。エネルギーを補給できます」

ふーん。修理は出来ないようだな。

「マスター。ターンを終了しますか?」

【Yes】をクリックした。

 画面にターン終了の文字。続いて相手のターンの文字が浮かぶ。ターン製のシミュレーションゲームか。ものの10秒ほどでコンピューターのターンは終わった。さっきのターンに発進したガンマを選択。お、移動距離が長い。さすが電子戦機。左上一杯まで移動させる。あと5ヘックス程で移動が終了するときから、ピッ、ピッと警告音。敵だ。移動終了地点の真上と少し右方向に、一体ずつ敵ユニットがいた。

「敵機確認。未確認飛行物体2機」

 おいおい、相手はUFOかよ。カーソルを敵ユニットに持って行くと、ポップアップにUFO(Unknown Flying Object)とある。正体が分からないのか、俗に言う空飛ぶ円盤なのかどっちだ?迎撃用にアルファを送る。ベータは母艦とUFOの間に配置、デルタもアルファの横に配置しイプシロンは母艦の下に持っていく。やっぱイプシロンは足が遅いな。敵は真上と右上にもいるはずだ。が、とにかくどんなやつかUnknownなので一発叩いてみるしかない。ベータで削ってそれ以外で叩く。イプシロンは母艦の護衛だ。よし、ターンエンド。

 2機のUFOの内1機が、移動せずにガンマに攻撃を仕掛けてきた。反撃、回避、お任せのポップアップが浮かぶ。お任せって何だよ。ユニットもAIか?まずは回避を選ぶ。こういう機体は戦闘に向いてないというのがお約束だ。画面が切り替わり戦闘画面が映し出される。UFOがアップになりそこから4本のミサイルが放たれた。空飛ぶ円盤だ。ミサイルがガンマに一直線に向かう。どんどん近づく。が、四本のミサイルは何事もなかったようにガンマの回りを通過していった。ガンマの背中に広がる羽のような構造物がきらきら光っている。ジャミングか。ミサイルはガンマを途中で見失ったようだ。戦闘処理が終わりヘックス画面が現れる。

 残った1機が接近してくるガンマの右横にくっついた。攻撃してくる。また回避を選択。

UFOはグーンとガンマに近づき、バルカン砲を掃射した。ガンマは優雅に弧を描きながらそれをかわした。ガンマは無傷だ。よし、と思ったらピッピッピッと警告音が続けざまに鳴り、ガンマの右方向に二体のUFOが現れた。同時にマザーの右下に5機のUFOが出現した。上の四機は陽動、狙いはマザーってことか。コンピューターのターン終了。

 さて、どうしたものか。まだ敵機が潜んでいるかもしれない。ガンマをマップの真ん中に移動させる。索敵範囲に敵はいない。次のターンにガンマはマザーの護衛に向かわせよう。上の四機はアルファとデルタで落とし、ベータとイプシロンで下の5機を迎撃だ。アルファをUFOの横につける。攻撃を選択、どの武器を選ぼうか。近接特化なら武器で切れ込むのが一番でしょう、ということでブレードを選択。さーてどんな戦闘画面が飛び出すやら。

 アルファがUFOに向かって飛んでいく。すり抜けざま左の脇に指してあるブレードを一閃。居合い切りだ。UFOは真っ二つになって爆発、落下していく。次はデルタだ。一ヘックス程移動して武器を選択。ビームライフルを選ぶ。片腕で掲げたライフルからルビー色のビームが放たれ、UFOを貫く。落ちる間もなく爆発した。次はベータの番だ。攻撃をクリックしてみるとオッケイ、長距離砲の射程にUFOが入っている。なかなかの射程距離だ。移動砲台として十分使える。長距離弾道弾をクリック。戦闘画面へ。ベータは銃身が長いライフルのような銃を構えた。先端から弾丸が発射される。一筋の線が伸びてゆきUFOは砕けた。イプシロンは待期。ターン終了。

 コンピューターのターンが始まった。残った2機が続けざまにアルファに攻撃してくる。今回は反撃を選択。アルファはダメージなく2機のUFOを迎撃。右下の4機はグーンとマザーに接近。次のターンに攻撃か、その前に2機は落とせるな、なんて思っていたら、また警告音が続けざまに鳴った。思わず前のめりに座り直す。アルファの視界外から5機のUFOが急接近し攻撃を仕掛けてきた。武器の射程外からの攻撃なので反撃が出来ない。5回中二度、ミサイルによるダメージを受けた。まだHP(ヒットポイント)には余裕があるが嫌な感じだ。次はガンマが5機のUFOに取り囲まれた。全ての攻撃をかわしたが、敵のZOCにより移動に支障が出そうだ。マザーの真下にもまた5機出現。敵は一体何機いるんだか

 ターンが回ってきた。怪しい雲行きになってきた。チュートリアルとたかをくくっていたが、まじめにやらないと負けてしまう。冷静に勝利条件を確認する。占領マーカーを一定時間保持し続けること、これが条件だ。未だに何処に占領マーカーがあるのか分かってない。真っ先に見つけないと。ガンマをクリック。案の定、移動範囲が狭い。なんとか敵の包囲の外に出れた。移動先でメニューが開く。終了を選ぼうとしたとき、ふと気づいた。【索敵強化】の文字。カーソルを合わせると説明文がでた。索敵範囲を広げます。その代償としてその他の能力が低下します、とある。勢いでクリック。ガンマの索敵範囲が4ヘックス広がった。そしてポンポンポンとアナウンス音。右上方に新たなユニット。カーソルを持って行くと『母船』とある。葉巻型の大きなユニット。こいつが親玉か。その回りにはUFOが6機展開している。そして見つけた。母船の左方向マップの上限ほぼ中央にあった。『占領ポイント』ここか。

 二三十秒ほど考えた。ユニットのレベルアップなんて悠長なこと言ってる暇はなさそうだ。コンピューターの母船からは毎ターンUFOが出撃するだろう。雑魚キャラだが数が多い。長引けば長引くほど不利になっていく。敗北条件を確認する。『全滅』。徹底的に攻撃してくるようだ。

 マザーをクリック。まっすぐ行けるとこまで上方に移動。イプシロンも同じ。ベータは4ヘックス程斜め右上に配置し、ガンマの近くにいるUFOを落とした。アルファとデルタは占領マーカーに向かわせる。デルタは1機UFOを落としてターン終了。

 相手ターンに代わり、母船の周りにいた6機のUFOは占領マーカーに向かって移動した。こちらの動きの変化に対応しているのか?空いた母船の回りのヘックスをすかさず新たなUFOが埋める。毎ターン6機ずつ増えるって寸法か。4機のUFOはアルファの行く手を阻むように展開しながら射程外から攻撃を仕掛けてくる。また二度ほどダメージ。ちくちく削られてる。中央の5機もガンマの針路を遮るように移動し、攻撃をしてくる。4回攻撃を受けた。このままいくとガンマはやばい。マザーに収容した方が良さそうだ。ターン終了かと思ったとき、またまた警告音。ちょっと今までと違う音だ。愛李が報告する。

「敵の増援を確認。マップ右上方に敵母船」

今いる母船の右側に6機のUFOを従えた葉巻型の母船が1機現れた。なんてこった。コンピュータはターンエンド。

 毎ターン12機増える。とても間に合わない。一番HPが高いマザーを占領マーカーに乗っけて、踏ん張るしかない。マザーは次のターンにマーカーにたどり着ける。ガンマはマザーに収容、残る四機を占領マーカーに群がるUFOの排除に向かわせる。1機ずつ計四機のUFOを落としマーカーへの進入路を作る。相手ターンでまた塞がれるだろうが、とにかく排除しておかないと。二回行動可能とか、マップ破壊兵器とかないのか。出来ることがなくなりターン終了。

 二つの母船の回りに展開していた12機のUFOがマーカーに向かってくる。そしてご丁寧にアルファに攻撃を集中してくる。どんどんアルファのHPは削られる。このままいくとアルファは落ちる。苦虫をつぶしながら画面を見ていると、6機目の攻撃をかわしたとき短いファンファーレが鳴った。そして『レベルアップ』の文字。おーっ!来たー。アルファはレベル2になり全パラメーターが上昇した。効果やいかに。よし、続けて受けた攻撃を全部かわした。ソードでミサイルを切り落とすグラフィックもあった。切り払いも憶えたか。画面に展開していたUFOはすべてマーカーに向かってきている。下方からやってきたやつはイプシロンに攻撃してきた。攻撃は命中、しかしほとんど損傷なし。固いな。イプシロン。迎撃も成功。最後にまた増援だ。母船が1機先程の近くに現れた。UFOも6機。ターン終了。

 こんな感じで毎ターン増援が来るのか。憂鬱になりつつ敵を排除し、マザーを占領マーカーにねじ込んだ。ポップアップが浮かぶ『マーカー保持連続3ターン。次ターンより計測開始』きっついね。このターンは数えてくれないのか。UFOを落とせるだけ落とし、マザーをクリック。ガンマの状態を確認。全快ではないが出撃させる。そしてメニューより選ぶ【ECMジャマー】これで敵の命中率が下がった。最後にマザーをクリック。【シールド展開】をクリック。これで3ターン凌ぐのみ!

 敵はマザーに集中攻撃を仕掛けてきたが、ジャマーにより攻撃精度を欠き、シールドの防御力も相まって3ターンを凌ぐことが出来た。毎ターン増援はあったが敵の攻撃も決定打を欠いていた。画面に『MISSION COMPLEATE』の文字が浮かぶ。ちょっと焦ったが、無事勝利を収めた。

「マスター。まずは一勝、おめでとうございます。今回の戦績評価はランクDでございます。より高い評価を目指し精進してください。評価が高ければ高いほど多くのボーナスが与えられます。今回は残念ながら戦績ボーナスはありません。」

 へいへい。わかりました。負けなかっただけ上等ってもんだ。

「続けてこのマップをプレイすることも出来ます。次の段階に進むことも出来ます。どうなされますか?」

そうだな、ユニットのレベルアップは必須事項だ。もうちょっと修行するか。俺は『このマップをプレイする』を選んだ。しばしレベル上げに取り組もう。

 食事する間も惜しんで、ユニットのレベル上げに励んだ。妻と子供が5時には帰ってくる。俺の持ち時間は少ししかない。頑張って全ユニットのレベルを2に上げた。たぶんアルファはもうちょっとでレベル3に成ると思うが、そこまで頑張れる時間はなかった。午後4時57分。本日のミッションは終了した。

「マスター、お疲れでした。順調なレベルアップでしたね。チュートリアル2に進まれることを進言いたします。では、またのお越しをお待ちしております」

 にこやかな笑みとともに、愛李は画面から消えた。今日はもう無理だが、明日からは夜勤だ。半日は時間がある。よし、チュートリアル2に進むぞ!と気合いを入れたとき、集合ドアホンが鳴った。子供が先に帰ってきたようだ。鍵を開け速やかに『箱』一式を押し入れに突っ込んだ。今から父としての任務が始まる。風呂を洗ってお湯を張る。洗濯物を取り込んで畳む。洗い物をする。ご飯を食べる。子供の勉強を見る。最近になってやっと慣れてきた。共働きとはこういう事だ。頭では解っていたが、体に染み込むまで時間がかかった。男にはつらい時代だ。男が本来持つ狩猟本能や、お馬鹿な発想や、深い探究心などよりも、女がもつ気配り、コミュニケーション能力、マルチタスク実行能力のほうが求められている。子供にしたって外で遊ぶ場所がない。男の子を満足させるスリルが伴う『冒険』が今の世の中には見つけられなくなった。行き着くところはゲームの世界。それだって所詮作り物、本物じゃない。これからのゲームにワクワクはあるのかな?なんて自分の世界で妄想をしていたら室内の雲行きが怪しくなってきた。

「はー、今月も赤字赤字…このままじゃいつまでたっても赤字が減らないぃぃぃぃ」

 妻がうめいている。危険な兆候だ。嵐が来る。俺は表情を変えずに心の準備をしずかに行った。どんな角度から襲来するんだろう。おもむろに本を手に取った。ページをゆっくりめくる。

「あなた、今月も赤字が埋まらないの」

「そうか」

「だから私のパート代で穴埋めするしかないの」

「うん」

「こんだけ働いても、ぜーんぶ家に持っていかれて、私の手元にはちっとも残らない」

「そうだな」

「いいわね、あなたには小遣いがあって」

「昼食代もいるから…」

「ほとんど毎日お弁当作ってるじゃない。昼食代が必要な日なんてほんのちょっとでしょ。なのに小遣いのほとんどを自分のためだけに使って。ちょっとは家族に還元しなさいよ。今日は俺が出すから、晩ご飯食べに行こうとか言えないの。だいたいあなたって人は…」

 ここら辺から俺は仏像になる。じーっと嵐が過ぎ去るのを待つのだ。結婚すると女は強くなると言う。ホントにそうだ。生活環境が変わる。命を体に宿し、命を産む。そのたびに心と体のOSは上書きされ、子育てを通してブラッシュアップされる。否応なくバージョンアップしていくのだ。それに比べて男はずーっと変わらない。余程のことがない限り。会社でドラスティックな出来事が起きるかな?起きたとて大体は、致命的なダメージを受けてしまう類いの事件であろう。会社以外の空間が今の男に、今の俺にあるか?ないね。あるわけがない。若いときはそんな空間を求めて、自分探しの本をよく読んだ。今振り返ると、本を読むことしか出来なかった、しなかった自分がよく見える。所詮、そんなものだ。今生きてる自分以外の自分なんてない。その日その日を生きていく。ただそれだけなんだ。いつしか自分を捜さなくなっていた。今は家族のために生きている。

 なんとか嵐は過ぎ去った。風呂に入る。疲れたから炭酸浴入浴剤を入れよう。ささやかな贅沢だ。後頭部が痛い。目もしばしばする。最近ではまれに見る集中力を発揮していたから疲れが半端じゃない。久しぶりに湯船で溺れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る