第19話 純喫茶

純喫茶


どこか懐かしい感じがして、昔から根強い人気を誇っている純喫茶。

ここ数年、純喫茶巡りが趣味という女性が増えているのだとか。


皆さんは、そんな純喫茶にどんなイメージを持っていますか?

例えば、ノスタルジックな雰囲気漂う内装に、レトロな照明で照らされた店内とか、

重厚な椅子や、テーブルがあり、アンティーク風のカップで飲み物が出て来るとか、

黒のベストにネクタイをしたマスターが、注文を受けてから、こだわりのコーヒーを一杯づつ丁寧に入れてくれるとか

でしょうか。


そんな古き良き昭和のイメージを持つ純喫茶ですが、

では、皆さんは、この純喫茶の「純」にはどんな意味があるのかをご存じでしょうか?


それを知る為には、まず、明治時代から続く喫茶店の歴史を紐解く必要があるのです。


日本で最初の喫茶店は、明治21年、1888年に東京の上野で創業した可否茶館(カヒサカン)と言われています。

この可否茶館(カヒサカン)は、コーヒーを楽しみながら、知識人たちの文化交流が出来る場所を目指して建てられました。

店は洋館作りの2階建てで、飲食だけでなく、国内外の書籍や、ビリヤードなどの娯楽、シャワー室なども備えていたといいますから、どちらかというと、複合施設に近い様相(ようそう)だったようです。


この可否茶館(カヒサカン)のコーヒーの値段は、一杯1銭5厘と、とても高価でした。

当時のお蕎麦が、一杯8厘程度だった事を考えると、庶民が気楽に訪れるような場所ではなかったようですね。


そんな可否茶館(カヒサカン)は、資金難により、1892年、僅(わず)か4年でその幕を下ろしてしまいます。

ちなみに、現在も同じ名前のお店があるようですが、どうやら違うお店のようですね。


可否茶館(カヒサカン)が短期間で閉店をした事で、喫茶店文化は日本には根付かないのかと思われましたが、

可否茶館(カヒサカン)の閉店から19年後の1911年、今度は当時の繁華街であった銀座に日本で最初のカフェー、「カフェー・プランタン」がオープンします。

それから、数カ月の間に立て続けに「カフェー・パウリスタ」「カフェー・ライオン」という2つの店舗が、いずれも銀座にオープンしたのです。

そして、ここから幾つものお店が出来て行き、この銀座を中心にカフェー文化が全国へと発展してゆく事になります。


当時のカフェーは、可否茶館(カヒサカン)が目指した、作家や画家などの文化人が交流するサロンのような場所となりました。

お店の会員や常連客として名を連ねた文化人は、そうそうたるメンバーだったと言います。

その中には、カフェーに通い詰めた作家が何人もおり、カフェーやそこで働く女給(じょきゅう)達が登場する作品が幾つも作られています。


当時から、カフェーの主役は女給たちでした。

お店はあくまでも飲食が主体でしたが、白いエプロン姿の女給を目当てに、一日何回もカフェーに通う文化人もいたのだとか。


彼女たちの収入の大部分は、客からのチップでしたが、大卒の初任給の何倍も稼ぐ女給が何人も居たと言うのですから、

当時の文化人たちが、彼女たちの魅力のとりこになっていた様子が伺えますね。


しかし、そんな風景も大正時代の終わり頃になると少し様子が変わってきます。

女給の仕事は、最初は勿論、食事や飲み物を運ぶ、いわゆるウエイトレスとしての役割でしたが、

大正12年、1923年に発生した関東大震災を境に、女給たちは徐々に、客の横に座って接客をするようになっていきました。

お酌をしたり、食事をねだったり、店によっては身体(からだ)を摺(す)り寄せながら会話をするようになっていきます。

次第にメイクや着物は派手になり、サービスも過激に、店は一般人でも気軽に入れるような雰囲気へと変わって行き、

カフェーは飲食の場というよりは、男女の出会いの場の様相を呈して行きました。


そして、そんな過激なサービスを規制する為に、警察が乗り出す事となります。

昭和8年、1933年に「特殊飲食店取締規則」が出されました。

これは後の風営法の基礎となるものです。


この規則により、過激なサービスをするカフェーは「特殊喫茶」と呼ばれ、

逆に、お酒を出さず、コーヒーを主体とするお店を「純喫茶」と呼ぶようになったのです。


このように、純喫茶が産まれた背景には、今のイメージとは違う、少々淫(みだ)らな社会的背景があったのですね。



さて、皆さん、少し話は変わりますが

皆さんは、純喫茶のメニューといえば、どんなものを思い浮かべますか?


コーヒー、紅茶は勿論ですが、他には

クリームソーダやミックスジュースなどの冷たい飲み物。

トーストやサンドイッチといった軽食や、ミートソースやナポリタンといったスパゲティー。

ピラフやミックスピザといった食事や、アイスクリームやプリン・アラモードなどのデザートなどなど。

そんな、どこか懐かしい感じのするメニューを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?


でも実は、このメニューの多くは、本来、喫茶店では提供出来ない物なのです。


これまで、飲食店を経営する為の許可には「喫茶店営業の許可」と「飲食店営業の許可」という2種類の許可がありました。


こうやって聞くと、喫茶店は当然「喫茶店営業の許可」だろうと思われるかもしれませんが、

実は、喫茶店営業の許可では、アルコールの提供が出来ないだけではなく、調理を伴なった食事も提供する事が出来ません。


喫茶店営業の範囲で提供できるのは、袋から出しただけの、あられやビスケットなどの調理が不要なものに限られているのです。

実際にはトースト程度は許されていたようですが、サンドイッチや、スパゲティーなどは提供できないのです。


それらを提供する為には、飲食店営業の許可を取る必要があるのです。

ですから、私達のイメージする純喫茶の多くは、喫茶と名前が付いていても、許可的には、喫茶店営業ではなく、飲食店営業に分類されていたようですね。


この法律は2021年の法改正により「喫茶店営業」という区分がなくなり、飲食店営業の許可に統合されましたので、

今では、どんな喫茶店でも飲食店営業という事になるのですが、

でも、どんな営業の許可でも、丁寧に入れた一杯のコーヒーの美味しさは、いつの時代もきっと変わらないのでしょうね。


いかがでしたか、

今回の話で本格的なコーヒーの香りが恋しくなったという方もいるのではないでしょうか?

そんな方は、この週末は純喫茶でのんびりと一人の時間を過ごしてみるのもいいかもしれませんね。



それでは、またお会い致しましょう

さようなら


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