第3話
混沌市街には普通、近づきたがる人はいない。入れば気が狂うと言われている。忌避されているし、立ち入りは禁じられている。けど、そんなすぐに気が狂うようなところじゃない。現に、僕はその地を踏んでいる。だけど、まあ、気が狂うってのも間違っているわけではないと思う。実際気が狂いそうな景色が広がっているものだから。今日も今日とて狂いそうな景色だった。
積み木みたいにばらばらに組み替えられた建物。城壁の石壁と溢れそうな土と宝石店の看板が奇妙なバランスで壁を作り、建物と建物の境は消え失せている。
石畳の隙間から白いものが生えていると思えば緩やかに振られている犬のしっぽだ。
僕の目の高さくらいの壁から太い木の幹が生え、曲がった針金みたいに弧を描いて地面に突き刺さる。
瓦礫の隙間から人間の肌が見えることがあり、動いたりするが、不用意に救い出そうなどとは考えてはいけない。それは、瓦礫自体と融合している。
つまりここは、何もかもが混じりあい、溶け合った、混沌そのものとなった街なのだ。
ここは五年前まではこんなものではなく、城下らしく街の中心で、富裕な市民が闊歩する賑わった場所だった。しかし、魔王がここを通ってから変わってしまった。魔王が一夜にして城下を狂わせたのだ。
王族とは秩序の神に選ばれたとされる一族だった。だから市民出身で王城勤の文官だったセマーヌが、それを秩序の神の庇護が欠けたのだと理由をつけて離反し、革命を起こした。そして、それは成り、今に至った。
この場所は、忌まわしき魔王の制裁が下った場所であり、革命の起源そのものなのだ。だが、今は僕の食い扶持ともなっている。しばらくは近づきたくもなかった人々も、今は混沌市街に置いてきた物や確認したいことに堪えられなくなってきた。だから、僕が代わりに混沌市街に忍び込んで、持ち出せそうなら持ち出し、無理そうだったら様子を伝える。それが僕の商売だ。
混沌市街行きにはもうすっかり慣れたが、この気味の悪い景色は来るたびに怖気が走る。しかし、景色なんて気にするより、次の足を乗せる場所を探る方が重要だ。何せ、何もかもがめちゃくちゃで、凹凸や瓦礫だらけ。おまけに一歩先がどこかで生きている誰かの内臓であることすらありうる。
魔王から逃れきれなかった人々は、この街に体の一部をしばしば置いてきていた。でも、不思議なことに、たとえ内臓の一部をここに置いてきていても、体はまったく問題なく動いている。機能はそのままに、見た目の構造だけが入れ替わっている。それがまた気味が悪い。一歩一歩探りながら、歩みを進める。
おばさんの依頼は、残してきた仕事道具や帳簿を探して欲しいと言うものだった。
こうしたそれほど大きくないものは、元の家にあって無事なことがほとんどだ。大体の建物のめちゃくちゃ具合は、形がねじれていようが折れ曲がっていようが、建物の幾らかが別の建物などの素材に入れ替わっている、くらいで済んでいるから、元の建物の場所を最初に探す。だけど、元の城下の地図と現状の混沌市街を見比べても、建物がめちゃくちゃだからひどくわかりにくい。その場所を特定したとしても、そこにあるのがまるきり違う建物だった、ということもしばしばあるものだから、気は抜けない。
しかしまあ、今回は常連のおばさんのご依頼だから、そこは楽だ。前にも同じような依頼で彼女の家には行ったことがある。今日中には行って帰って来られるだろう。
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