第2話

「まったくギカイっていうのは何をしているのかねえ。王様が倒れてからもう5年だよ、5年!」

 依頼人のおばさんは例の如く愚痴っぽく言うもんだから、僕はへらっと笑う。

「まあねえ。でもさ、褒められるところもあるよ。ほら、学校を始めたそうじゃないか。一応は市民に開かれてるんだろう」

「ガッコウ、ね! それこそお貴族どもの真似事だよ! コウちゃんみたいな賢い子が騙されちゃいけないよ……」

「お母さん、いつまでコウちゃんを引き留めるの!」

 店番をしていた雑貨屋の奥さんが引っ込んできて、声をかけてくる。おばさんは忌々しそうにため息をついた。そして、僕の耳に口を寄せる仕草をしつつ、完璧に奥さんにも聞こえるように言う。

「あの子はギカイの手先なんだよ、肩持っちゃってさあ」

「お母さん! コウちゃんも忙しいのよ」

「わかったよ、わかった。じゃ、よろしく頼むね」

「うん、任されましたとも」

 僕がひらりと手を振ると、おばさんはまたひとつこれ見よがしなため息をついて、椅子に深く腰掛け直す。

 奥さんは店先で僕を見送りながら、困ったように笑って小声で言った。

「ごめんね、いつも……お母さんもこんなしょっちゅう呼びつけないで、一度に頼めばいいのにね」

「大丈夫、僕としても仕事が増える分には嬉しいからさ。おばさんも寂しいんだよ。故郷との繋がりが欲しいんだろうね」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。だけど、こんな……」

 おばさんは口をつぐんだ。そして、にっこりと笑って「気をつけてね」と手を振ったから、僕も頷いて店先から出た。

 だけど、こんな。

 この後はどうとでも想像できるし、奥さんの人柄から言ってそれを推定することはできる。多分、僕を気遣ってくれている。なにしろ、僕は哀れっぽく見えているはずだ。彼女は僕が稼いで家庭を支えていることを知っている。顔に巻いた布はしばしば未だに街にしばしばいる、革命で傷を負った人々と同じなのだと見るからに分かる。極め付けに、僕がまだ若くて女であるものだから。

 しかし、言葉の続きが口をついて出たとしても、僕は同じように笑って去るだけだろう。奥さんも望んでいない。何より、僕が付き合っていられない。彼女の哀れみは貧民の僕を見下すことから来るものだ。彼女自身も気づいていないけど。思想が違えどそれはおばさんにも言えることで、革命の前も、後も、変わらない。

 くだらない。それでも、それでいいのだ。そうやって己を宥めすかす。

「さて、行かないとね」

 わざとらしく明るく声を張って独りごち、跳ねるように街を抜ける。声をかけてくる人々には、愛想よく挨拶を。ご用があればこちらまで、と言うのも忘れずに。そうすれば人々は困ったような、関わりたくないような顔を見せることもあるけど、そういう人は大抵常連だった。

 僕は御用聞きだ。それも、今は混沌市街と呼ばれる、旧城下に用がある人向けの。

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