第4話
おばさんの家は、かつて店が軒を連ねていた地域にあった。今と同じように雑貨屋をしていたと聞いた。店は一階だが、家は三階だ。
建物の中の階段は、その建物ではとても役に立たない有様だった。入口に当たる部分は消えてしまっているし、ほとんど階段自体が無くなっているようなもので。斜めになってでこぼことしている外壁の方が、ちょっとした崖を登るようなものだけれど、まだ登りやすい。窓ならばなんとか残っている。
ひょいひょいと壁を登り、窓からおばさんの家に入った。そこは物置だ。他の部屋も見て回る。壁に奇妙な穴が空いてしまっていたりはするが、外の見かけと比べて綺麗なものだ。さすがに部屋の中まで魔王が入ってくるわけじゃ無いからだ。基本的に、魔王が練り歩いていた外の方が被害は大きい。
僕が前に来た時以来、荒らされたような形跡はなさそうだった。いくら混沌市街が忌まわしく思われているからと言って、盗人まで来ないわけでは無い。大胆不敵な奴はどこにでもいる。側から見たら僕もその一人なのかもしれないけれど、あくまで依頼されてやっているものだから仕方ない。
仕事道具というのは寝室にあると聞いていたし、程なくして見つかった。計算器、帳簿、ペン。中でもペンは、ちょっと前の最新式である上に、彫刻の美しいものだった。いかにも良い品だ。おばさんの一番の目的はこれだったのだろう。
今、おばさんと奥さんのやっている雑貨屋は、正直それほど流行ってはいないと思う。下町の空気とおばさんのやり方が合わないのだろう。だが、ここのような繁華街に戻る力もなく、なんとか下町で生きている。そういう生き方をしている。哀れだ、と思う。
このペンはきっと下町では浮くことだろう。だが、依頼は依頼だ。おばさんから頼まれた物たちをしっかりと布に包んだ上で、ロープで背中にくくりつけた。帳簿は持てるだけ持ってきて欲しいと言われたから新しいものから数年分ほど包んだ。かなりの重量があるし、嵩張って仕方ない。
そろそろ帰るか、と窓を覗きかけ——しゃがみ込んだ。人がいる。
混沌市街に来るような人間は二種類しかいない。盗人か、議会の警邏だ。そして、今見たのはおそらく後者だ。警邏の制服らしい、盗人なんかよりも上等な衣装だった。だけど、立ち入りが禁じられているとはいえ、ここまで警戒されているのを見たことがなかった。せいぜい、入口付近を見回っていたくらいで、こんな奥まで来たことなどないはずだ。
耳を澄ませれば、足音が人のいない街によく響いていることがわかる。それも、複数人。チームを組んで行動しているらしかった。普段は全く人の目などなかったから油断していた。不用意に外に出ていたらまずかっただろう。
幸い、ここは一見入口の見当たらない建物の三階だった。おそらく、警邏がわざわざ入ろうとすることはないだろう。人々の気配が消えるまで、ここで息を潜めていればいい。僕は壁に背をもたせかけ、しばし休むことにした。
革命の魔王は祈らない(仮) アケイロダイ @Akari_Veranda
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