甘く熱い時に
ナタンは、傍らにいるリリエを見た。
「君は、どうして欲しいと思う?」
「ええ……わ、私は……」
リリエは困惑した様子だったが、少し考える素振りを見せた後に、口を開いた。
「あ、あの、もう二度と、こんなことはしないと約束してください」
「それだけ? 百叩きとか市中引き回しとかしなくていいのか?」
ラカニが、冗談とも本気ともつかない口調で言うと、彼に押さえつけられているウリヤスの喉から、ヒッと声が漏れた。
「怪我をさせられた訳でもないし、その方が反省してくれれば……」
頷きながら、リリエが言った。
「リリエは、こう言ってるけど、みんなは、どうかな」
ナタンは、仲間たちの顔を見た。
「彼女が、そう言うのなら、俺に異存はない」
フェリクスが、事もなげに言った。
「リリエは優しいですね」
言って、セレスティアが微笑んだ。
「そういうのは、甘いって言うんじゃないのか? ま、いいけどさ」
ラカニが、肩を竦めた。
「俺は、正直に言えば、全力で一発くらい殴ってやりたいけどさ……リリエは優しいから、どんな奴でも自分の為に傷ついたり死んだりしたら悲しむだろうし、彼女の意見に賛成するよ」
ナタンが言った時、部屋の奥から突然、男の声が響いた。
「――ちょっと待ったあああ!」
その場にいる全員が声のした方に注目した。
若い男が一人、尻餅をついたような格好で床に座り込んでいる。テーブルの影に隠れていた為に、今まで誰にも気付かれていなかったのだ。
先刻の出来事に驚いて、腰を抜かしていたらしい。
よろよろと立ち上がる男に、ナタンは見覚えがあった。
「クルトさん……? あんたも
ナタンの言葉に、クルトは、ばつの悪そうな顔をした。
「……余計なお世話だ。それより、聞いていれば、その男は、ほぼ無罪放免も同然じゃあないか。僕は、三日も監禁されていたんだぞ」
言って、クルトはウリヤスを指差した。
「縛り首にでも、しようというのか? この場で、被害者である君が、そう言うのであれば、そうなるかもしれないが」
フェリクスが、クルトを静かな目で見ながら淡々と言った。
「別に、殺すまでは……ああ、もう面倒くさいな! 僕は、さっさと帰りたいんだ。こんなことに時間を取られたくないから、好きにしたまえ」
吐き捨てるように言って、クルトはフンと鼻を鳴らした。
ふとウリヤスを見たナタンは、彼が涙を流しているのに気付いた。
「どうして……? これが、恵まれた国の奴らの考え方なのか……?」
「そうかもしれんな」
弱々しく呟いたウリヤスに答えると、オリヴェルは立ち上がった。
「ありがとう、皆さん。こいつの処遇は、後で考えることにするよ。これから先、この街で俺たちが力になれることがあれば、遠慮なく頼ってくれ。それくらいしか埋め合わせできないが、許して欲しい」
言って、オリヴェルが、ナタンたちに向かって頭を下げた。
やがて、オリヴェルと、その部下たちは、ウリヤスを連れて撤収する準備を始めた。
「ナタンさん……」
リリエが、ナタンの顔を見上げた。
「ごめん、守ってあげられなくて。怖かっただろう?」
申し訳なさに、ナタンは俯いた。
「いえ……きっと、ナタンさんが助けを呼んできてくれるから、大丈夫だと思っていました」
そう言うと、リリエは眼鏡を外し、目頭を指で押さえた。
「だ、大丈夫?」
「変ですね……悲しくもないのに、涙が出てきちゃって……」
ナタンが、思わず抱き寄せると、リリエも、自然に彼の胸へ顔を埋め、小さく
当然のことだが、やはり、心身に相当な負担がかかっていたのだろう。
ナタンは、リリエを、そっと抱きしめた。
彼女が、自分を信じて待っていてくれたということが嬉しくもあり、それと同時に、恐ろしい思いをさせてしまったという後悔が、ナタンの胸の中で
――リリエを守れるように、もっと強くならなければ……
腕の中のリリエの身体は、ナタンが思っていたよりも、ずっと細く頼りなく、そして柔らかかった。
彼女の、ふわりと甘い匂いに、ナタンは頭がくらくらするような気がした。
「あの、ナタンさんの身体……凄く熱いですよ?」
ふと、リリエが不思議そうな顔でナタンを見た。
「えっ? ……ああ、き、君と、こんなにくっついてるからかな……何だか頭がふわふわするよ……」
ナタンは微笑みながら、
誰かが遠くで何か言っているのを聞きながら、彼の意識は途切れた。
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