法と道理と
ナタンたちは、建物の中に入った。
手入れの行き届いていたオリヴェルたちの拠点に比べると、室内には壊れた家具などのガラクタが放置され、乱雑な様子だ。最近までは廃墟だったことが見て取れる。
壁に
程なくして一行の正面に一つの扉が現れた。
すぐに扉を開けようとするナタンの肩に、フェリクスが手を置いて制した。
「まず、中の様子を確かめてみよう」
小声で言いながら、フェリクスは扉に耳を寄せた。
ナタンも、彼に
扉の向こうには、三、四人の人間の気配があり、微かにではあるが話し声が聞こえた。
その中には、女性の――リリエの声と思われるものも混じっている。
声の調子から見るに、負傷していたり、身体に不調があるといったことはないらしく、ナタンは、少しだけ安堵した。
「どうする? 雇われていた連中は
ラカニが、囁くように言った。
「そうだな。ナタンは、リリエの保護を最優先に。邪魔が入るようなら、俺とラカニで排除、セレスティアたちは、扉の外で待機していてくれ」
フェリクスの言葉に、一同は頷いた。
緊張に、ごくりと唾を飲み込んで、ナタンは扉を叩いた。
「おう、そろそろ交代か?」
部屋の内側から扉を開けた見張り役らしき男が、予想外であろう来訪者の姿に目を剥いた。
男が声を上げる前に、フェリクスが、その
急所への衝撃で失神し、膝から崩れ落ちた男を
薄暗い部屋の奥、入口に背中を向けた一人の男の向こうに、ナタンはリリエの姿を確認した。
「リリエ!」
ナタンは跳躍し身体を丸めながら男の頭上を越え、リリエの傍に着地した。
「ナタンさん……!」
小さく叫んだ彼女を、ナタンは男から庇うように自身の背後へ隠した。
驚きに目を見開き、
「いだだだだだ……折れるッ……骨……折れるうううッ!」
「あれ? こいつ、『異能』じゃなくて『普通』の人間だな」
押さえつけられて悲鳴をあげる男を見下ろし、ラカニが首を捻った。
既に危険はないと判断したのか、セレスティアも室内に入ってきた。
「リリエ、怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
セレスティアに声をかけられ、リリエが頷いた。
「もしかして、お前が『ウリヤス』か」
フェリクスが、組み伏せられている男の傍に屈み込んで問いかけた。
「な、何で、俺の名を……お前ら、何なんだ……ッ?! よ、用心棒どもは何を……?!」
ラカニの手から逃れようと、男――ウリヤスが、もがきながら言った。
彼を改めて見たナタンは、想像していたより無害そうな三十路男の姿に、何となく拍子抜けした。
「あいつらは、そこで伸びてる奴以外、どこかへ逃げていったよ」
ナタンが言うと、ウリヤスが絶望に染まった表情で
「何てことを……奴らを雇うのにかかった費用、まだ回収できてないのに……!」
「――組織の金庫から持ち出した金だろう?」
そう言いながら、意外な人物が部屋に入ってきた。
「オリヴェルさん……?!」
血の気の失せた顔で扉のほうを見つめ、ウリヤスが呟いた。
「頭領として知らんふりする訳にいかないからな。応援として若い衆を連れてきたんだが……すっかり終わった後だったか」
そう言って、オリヴェルは小さく笑った。その後ろには、彼の部下らしき数人の若い男が立っている。
「
オリヴェルが、組み伏せられているウリヤスの傍に、しゃがみ込んで言った。
「……
ウリヤスが、必死の形相で訴えた。
「だからと言って、やっていいことと悪いことがあるだろう。まして、貴重な資格を持った人材を
「でも、『
ウリヤスの言葉に、オリヴェルが息を呑んだのが、ナタンにも分かった。
「お前、自分が何を言ってるか分かっているのか? 俺たちが資金を作っているのは、
怒気をはらんだ声ではあるものの、そう言うオリヴェルの表情は、どこか悲しげだった。
「……もう、いいじゃないですか、あんな腐った国」
ウリヤスが、ぽつりと呟いた。
「俺の家族は虚偽の密告が原因で獄死したから、
そう言いながらも、ウリヤスの声からは覇気が失せていくようだった。
「……そうだったな」
オリヴェルが、小さく溜め息をついた。
「それでも……腐ってしまった国だからこそ、何とかしたいと俺は思っている。とはいえ、お前自身に、その気が無いのなら、縛り付ける権利も、俺には無い。だが、お前には、やらかしたことの落とし前をつける責任がある。お前も、後ろめたい気持ちがあったから、俺たちには何も言わず余所者を使っていたんだろう?」
言って、オリヴェルは、ナタンたちの顔を見回した。
「『
彼の言葉を聞いたウリヤスが、恐怖の為か低く呻いた。
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