往訪
「客間」でナタンたちが待機していると、オリヴェルの部下たちからの情報が集まってきた。
「ウリヤスは、組織の資金に手を付けていたようです。
まとめ役となったニコが、苦虫を嚙み潰したような顔でオリヴェルに報告した。
「それと、最近、ウリヤスが頻繁に出入りしている場所が分かりました。元は廃屋だったのを、手直しして使っているらしいです。
「なるほど、ご苦労だった」
やはり渋い顔をしたオリヴェルが頷いた。
「そ、その場所を教えてください!」
居ても立ってもいられなくなっていたナタンは、思わず立ち上がった。
「うちの若いのに案内させるから、そう焦るな。話によれば、『戦士型の異能』も何人か……下手すれば雇われている
「は、はい……」
オリヴェルに宥められながら、ナタンは焦燥に苛まれて歯噛みした。
「微力だが、俺も加勢するぜ。リリエには良くしてもらったし、また雇って欲しいからな」
そう言って、ラカニがナタンの背中を軽く叩いた。
オリヴェルの部下である若者の案内で、ナタンはフェリクスとセレスティア、そしてラカニと共に、夜の裏路地を歩いた。
とうに日は暮れ、夜の帳が降りている。
不規則な迷路のような路地は、暗さもあって不用意に歩き回れば二度と帰れなくなるかもしれないと思わされるものだ。
しばらく歩いているうちに、人通りも全く見られず、灯り一つない区域へと出た。
「この一帯は、色々な理由で使われなくなった建物が多くてね」
案内役の若者が口を開いた。
「向こうの、扉のところに灯りが点いている建物、あそこが、ウリヤスさんがいるかもしれない場所だ」
若者が指差した通りの奥には、その言葉通りに、一つだけ灯りに照らされている扉がある。
彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ナタンは矢も楯もたまらず示された建物に向かって走った。
ナタンが激しく扉を叩くと、一人の男が顔を出した。
「うるせえぞ! 何だ、てめぇは……」
言いかけた男の顔を見て、ナタンは、思わず声をあげた。
「あんた……?!」
男は、リリエを
「お前は……あの時の小僧か! 女を取り返しに来たのか?!」
「そうだ! リリエを返せ! ここにいるんだろう?」
「返せと言われて素直に返す阿呆がいるものかよ」
そう言いながら、
しかし、ナタンは迫る刃を紙一重で
幾度も繰り返したフェリクスとの手合わせにより、彼の素早い動きに目が慣れていた為に、
何よりも、この街に来たばかりの時とは異なり、今のナタンには「戦う覚悟」があった。
攻撃を
その隙を見逃す筈もなく、ナタンが
痛みと衝撃で剣を取り落とし焦る
脳を揺らされたのか、
すかさず、その背後に回り込んだナタンは、
時間にすれば、ほんの数秒というところだろう。常人の目では、何が起きたのかすら捉えられない攻防だ。
関節を限界近くまで
頑強な肉体を持つ「戦士型の異能」とはいえ、身体の構造自体は普通の人間と変わらず、無理な動きを加えられれば破壊されるのは同じである。
と、開いたままだった扉の奥から、荒々しい足音と共に数人の男たちが姿を現した。
「何を騒いでやがるんだ?」
ひと
その時、ナタンの背後からも駆け寄る足音が聞こえた。
「ナタン、大丈夫か?」
「いきなり飛び出していくなよ!」
追いついたフェリクスとラカニが、同時に言った。
「何だ、貴様らァ……カチコミか?」
思わぬ来訪者に、
「ここに捕まっている女の子を返して欲しいだけだ!」
ナタンは、先刻戦った
「
そう言って、フェリクスが正面に立っている大柄な男を見上げた。
平均より背丈の高いフェリクスと比べても、相手のほうが更に上背がある上に筋骨隆々の体格で、ひと回りは大きく見える。
「俺に危害加えちゃうって?」
ぼきぼきと指の関節を鳴らしながら、大柄な男が言った。
その立ち居振る舞い全てから、彼の、自分の強さに対する絶対の自信が
「寝言は寝て言うんだな!」
言うが早いか、大柄な男の拳が空気を切り裂く。
大柄な男の、体格に似合わぬ素早さにナタンも驚愕したものの、フェリクスなら容易に
しかし、そこに響いたのは、骨と骨が肉を挟んでぶつかり合う鈍い音だった。
大柄な男の右の拳が、フェリクスの左頬に突き刺さり――いや、止まっている、というより止められている。
依然、静かに佇んでいるフェリクスとは対照的に、大柄な男の顏の顏からは血の気が失せている。
生命を奪っても構わないという意思のもとに放たれた拳を受け、吹き飛んでいる筈の相手が、傷ひとつ付かず微動だにしないという事態に、男が驚き恐怖している――それが、ナタンにも理解できた。
大柄な男は、ゆっくりとフェリクスの頬に当たっていた拳を引っ込めた。
「まだやるのか?」
涼しい顔のフェリクスに問われ、大柄な男は、ぶるぶると首を横に振った。
「こ、こんな奴が出てくるなんて聞いてねぇ。俺ァ
言って、大柄な男はフェリクスとラカニを押しのけ、
大柄な男の、あまりの素早さに、残された
彼らは金で雇われているだけで、命を賭けるほどの義理など存在しなかったのだろう。
「フェリクス、大丈夫ですか?」
セレスティアと、案内役の若者が、物陰から姿を現した。
「下手に反撃したら、乱闘になりそうだったからな。あれで怪我をするほど、俺も、やわではない。誤って柱に足の小指をぶつけた時の方が、余程痛いぞ」
フェリクスが、そう言いつつ微笑んだ。
「怪我するのが普通だろ? あんたの首や体幹、どうなってるんだよ」
半ば呆れた顔で、ラカニが呟いた。
ふと、ナタンは、組み伏せたままだった
「た、頼む……命だけは……」
がたがたと身を震わせながら、
先刻の出来事を目にした上で、逃げられない状態にされているのだ。彼の立場で考えたなら、生きた心地がしないだろう。
「リリエの居場所を教えてくれ。そうすれば、これ以上は何もしない」
「つ、捕まえた奴らは、その奥の通路の突き当りの部屋に閉じ込めてある……」
ナタンの問いに、
「本当だろうな?」
「嘘じゃねぇッ! あんたたちには、二度と手出ししないから、もう勘弁してくれ……!」
「分かった、もういいよ」
ナタンが手の力を緩めると、
「それにしてもナタン、いきなり敵地に突っ込んで行くのは感心しないぞ」
フェリクスに言われて、ナタンは首を竦めた。
「ご、ごめん……」
「ま、気持ちは分からないでもないけどさ。とりあえず、奥の部屋に向かってみようぜ」
ラカニが、扉の先を指差して言った。
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