髪飾り
賑わう「市場」から「
「やぁ、リリエさんにナタンさん」
二人もナタンたちに気付いて、手を上げながら近付いてきた。
デリスは大きな
「あれ、店は大丈夫なの?」
「留守番がいるからね。食堂の営業時間の隙間に、珍しい香辛料を仕入れて来たんだ」
ナタンの言葉に、デリスは丸い顎を撫でながら答えた。
「私は、この人の護衛って訳」
カヤは、夫と、しっかり手を繋いでいる。
すらりとした体型のカヤと、少々ずんぐりしたデリスは、傍目には対照的ではあるものの仲睦まじい様子だ。
「新しい料理を考えとくから、期待してくれよな」
「スリなんかには気を付けるんだよ」
そう言い残して宿へ戻っていく二人を、ナタンとリリエは見送ると、露店の並ぶ広場へ足を踏み入れた。
「……手、繋いでいい?」
ナタンはリリエに手を差し伸べた。
「人が多いから、
ナタンの言葉に頷くと、リリエは、ごく自然に彼の手を取った。
彼らが最初に入ったのは、軽食や甘味を売る屋台の並ぶ区域だった。あちこちから漂う旨そうな匂いに、ナタンの腹の虫が鳴き声をあげる。
「や、やだなぁ……朝飯食べてから、そんなに時間経ってないのに」
腹を押さえるナタンを見て、リリエが微笑んだ。
「あの、何か、買って食べてみますか? お肉も、甘いものもありますよ」
ナタンはリリエの言葉に甘えることにして、周囲を見回した。
迷った挙句、彼は長い腸詰めを渦状に丸めて焼いたもの、リリエは甘く味付けされた生地を丸く成形して揚げた菓子を選んだ。
「食べ歩きって、やったことがないんですけど、こういうのも楽しいですね」
「俺も、女の子と手を繋いで食べ歩きなんて初めてだよ」
リリエの言葉にナタンが答えると、彼女は、少し不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、ナタンさんって、お付き合いしてる女性とか、いないんですか?」
「お、おつきあい?」
ナタンは素っ頓狂な声を上げると同時に、喉に腸詰めを詰まらせかけたが、何とか生還した。
「そ、それはないよ……学校でも、
「そうなんですか? ナタンさん、素敵な人だし、そういうお相手がいても当然だって気が付いたので……でも、ちょっと安心しました」
リリエの、安心した、という言葉の意味を理解するのに、ナタンは数秒の時間を要した。
しかし、咀嚼して飲み込んだ途端、彼は何とも言えない、ふわふわとした気持ちに包まれた。
一方で、リリエは耳まで赤くなっている。
「な、なんか変なこと言って、すみません……」
「え、別に変じゃないよ! 俺は嬉しいよ? だ、だから、安心して!」
途中から自分でも何を言ってるのか分からなくなりかけたナタンの目に、一つの露店が映った。
展示用の棚に並べられた指輪や首飾りなど貴金属と思われる装飾品が、日光を受け輝いている。
「そこの兄さん、彼女への贈り物にどうだい?」
ナタンの視線に気付いた店主が、声をかけてきた。
店に近付いて、ナタンは改めて品揃えを見た。
いずれも精緻で美しい細工が施されている。
「私、こういうの、よく分からないけど、綺麗ですね」
リリエの呟きを聞き逃さず、店主が揉み手しながら言った。
「実は、新人の職人の作品だから少し安くなってるんだ。品質からすれば、お買い得だよ」
品物を見る限り、お買い得という店主の言葉に嘘はないようだ。
ナタンは、指輪や首飾りなどと共に並んでいる髪飾りに目を留めた。
幾つかの連なった花を
少しの間、髪飾りとリリエを交互に見ていた彼は、店主に声をかけた。
「それじゃ、その髪飾りください」
「まいど! 若いのに見る目があるじゃないか、兄さん」
店主は髪飾りを手際よく紙で包んで、貨幣と引き換えにナタンへ手渡した。
「い、いつも世話になってるから……これ、受け取ってもらえるかな。君の髪に、似合うと思ったから」
ナタンは、髪飾りをリリエに差し出した。
「わ、私に……ですか?」
驚いた様子を見せながらも、リリエは髪飾りを両手で大切そうに受け取った。
「ま、元は君からもらった報酬なんだけどね……」
恥ずかしくなって、ナタンは頭を掻いた。
「ありがとうございます。大事にしますね。あ、でも……」
「何か、まずいことでも?」
リリエの少し考え込む様子に、ナタンは不安を覚えた。
「いえ……この髪飾り、着けたら、自分では見えなくなってしまうので……」
「あぁ、それもそうだね。俺は、君が着けてくれてるのを見たら嬉しくなるけど」
ナタンが言うと、リリエが、くすりと笑った。
「ナタンさんが嬉しくなるなら、ずっと使わせてもらいますね」
衝動的な贈り物だったが、リリエが快く受け取ってくれたことで、ナタンは安堵した。
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