市場

 「無法の街ロウレス」の中でも、「表通り」と呼ばれている辺りは比較的治安が良く、余程不用心な振る舞いをしていなければ、他の国の都市部と同じように歩くことができる。

 ナタンは、その「表通り」の中央にある「広場」で、七日に一度「市場」が開かれることを知った。

 特に「市場」を取り仕切る者が存在している訳ではなく、自然発生に近いものであるらしいが、様々な土地から、軽食や雑貨を売る露店、珍しい食材を運んで販売する者たち、また「帝都跡」から発掘された「魔導絡繰まどうからくり」を買い付けようとする骨董商などが集まるらしい。

 その様は、なかなか賑やかなもので、ちょっとした祭りのようだという話である。

 これまでナタンたちは、数回に分けてはいるものの「帝都跡」の探索を続けていた為に、「市場」の存在に気付いていなかったのだ。

 丁度、滞在中の食堂兼宿屋「おどる子熊亭」の主人デリスから、翌日に市が立つと聞いたナタンは、リリエを誘って出かけようと思い立った。

 今日も、リリエは宿の部屋に一人残って書き物をしている。

 部屋の扉を開けると、リリエは備え付けの小さな机に向かい、書き物にいそしんでいた。

 ナタンが部屋に入ってきたのにも気付かない様子のリリエへ、彼は、おずおずと声をかけた。

「ごめん、今、話せる?」

 リリエは、驚いたように、ぴくりと肩を震わせてから振り向いた。

「あ、あの、書き物に集中していて……ごめんなさい」

「いや、こっちこそ邪魔しちゃったみたいで……」

「それで、お話って何でしょうか」

 リリエは、ナタンの方へ向き直って椅子に座り直した。

「明日、少し時間を取れないかな」

 そう言いながら、ナタンも傍らの寝台に腰掛けた。

「明日、表通りの『広場』で『市場』が開かれるんだって。この街では売ってない雑貨を取り扱う店なんかも来るらしいし、ちょっと見に行ってみない? 後で、フェリクスとセレスティアにも声かけるけど」

 ナタンの言葉に、リリエは少し考えるような素振りを見せた。

「……今、論文を書く準備してるんだよね? そっちを優先したいなら、無理にとは言わないけどさ」

 少し弱気になったナタンは、そう言い添えた。

「いえ、是非ご一緒させてください」

 リリエが頷きながら言った。

「ええと、もしかして俺に気を遣ってない? 大丈夫?」

「大丈夫です。それに、ナタンさんに誘ってもらえるの、嬉しいから……」

 言って、リリエは頬を染めながら微笑んだ。

「やった! ありがとう、リリエ。明日が楽しみだよ」

 ナタンも、満面の笑みを浮かべた。


 翌日、ナタンはリリエやフェリクス、セレスティアたちと共に「市場」が開かれる「広場」へと向かった。

 まだ午前中の時間帯だが、「広場」には既に露店や簡易な天幕を張った店舗、あるいは食べ物を売る屋台などが並び、この街のどこにいたのかと思われる数の人々でごった返している。

「なるほど、小規模の祭りといったところだな」

 「市場」の賑わいを目にしたフェリクスが呟いた。

「フェリクス、あっちのお店を見てみたいのですが」

 セレスティアが、そう言ってフェリクスの腕に自分の腕を絡めた。

「そうか。……じゃあ、ここからは自由行動にして、日暮れまでに『おどる子熊亭』に戻るというのはどうだろうか。『表通り』から出なければ、それほど危険なこともないだろう」

「それでいいと思います」

 フェリクスの言葉にリリエは答えると、ナタンを見た。

「ナタンさんは、私と一緒に歩いてもらえますか?」

「もちろん、そのつもりで誘ったんだ」

 ナタンは二つ返事で頷いた。

「あのお店も面白そうですね。早く行きましょう」

 そう言うセレスティアに腕を引かれ、フェリクスは彼女と共に雑踏の中へと紛れていった。

 ナタンは、一瞬振り向いたセレスティアから目配せされたような気がした。

「セレスティアさん、珍しくはしゃいでいますね」

 二人の背中を見送りながら、リリエが言った。

 ――もしかして、セレスティアは俺たちに気を遣ってくれたのかな……

 ナタンは、何とはなしに頬が熱くなるのを感じた。

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