完璧な男
ナタンたちは、「板」を回収した建物跡から無事に街へと戻った。
リリエから、護衛の報酬とは別に「板」と「情報体」を分けてもらったラカニは、ほくほく顔で喜んでいる。
「その『板』を売るなら、『
ナタンが尋ねると、ラカニは首を捻って考える素振りを見せた。
「たしかに、売るなら『
彼は、そう言って笑った。
「父方の爺さんがアカラ……南方にある島国の生まれで、若い頃に、この大陸に渡ってきたんだ。俺の肌の色じゃ、どうやっても目立つから、ガキの頃から物珍しそうに見られたり、からかわれたりするのが嫌でさ。でも、『
「私も……分かる気がします」
ラカニの言葉に、リリエが頷いた。
「モントリヒトでも黒髪は目立つ所為か、知らない人から珍しそうに見られることが多くて……言われてみれば、『
「そうだね。『
ナタンが言うと、リリエは、顔を赤らめながら微笑んだ。
ラカニと別れたナタンたちは、次の探索に向けて、数日の間、休養することにした。
リリエが「帝都跡」から回収した「
この日も「
「いい打撃だ。随分、良くなっているぞ、ナタン」
フェリクスが、ナタンの拳を受け止めながら言った。
「フェリクスが相手なら、全力を出せるからね。でも、あんたが本気だったら、そもそも俺の拳なんて当たらないだろ?」
「そうだな……もし、本気の俺に触れることだけでもできれば、お前は誰にも負けないということになるな」
他の者が同じ言葉を言っていたなら、何と傲慢なのかと思うだろうが、相手がフェリクスであれば、何故か、すんなりと受け入れられる――ナタンは、不思議な気持ちだった。
「二人とも、少し休んではどうですか」
蓋つきの手籠を手にしたセレスティアが、ナタンとフェリクスに声をかけてきた。
「宿に頼んで、おやつとお茶を用意してもらったんです」
「やった! 丁度、小腹が空いていたところだったんだ」
ナタンは満面の笑みを浮かべ、裏庭に置かれている木箱を椅子代わりに腰を下ろした。
「ところで、リリエは、まだ部屋にいるの?」
「ええ。ずっと書き物をしています。おやつも部屋で食べると言っていたので、彼女の分は渡してきました」
魔法瓶から
「リリエは、書き物や調べ物に夢中になると食事も寝るのも忘れちゃうからな……」
そう言いつつ、ナタンは、おやつの焼き菓子を手に取った。
セレスティアは茶を注いだ
二人の様子は、見るからに仲睦まじい恋人同士といった感があり、ナタンの目には少し羨ましく映った。
「……セレスティア、ちょっと聞いていいかな」
「何でしょう?」
ナタンが声をかけると、セレスティアは首を傾げた。
「えーと……セレスティアは、フェリクスのどういうところが好きなの?」
「あら、面白いことを聞くのですね」
セレスティアは、頬を染めながらも余裕のある表情を見せている。
「や、やっぱり……女性から見れば、フェリクスみたいに見た目が良くて強くて優しくて余裕がある、完璧な男を『いい』って思うのかな」
「そうですね。そういうところも、フェリクスの美点ですね」
ナタンとセレスティアのやり取りを前に、フェリクスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「フェリクスと初めて会った時……私は何もかも失って、絶望していました」
セレスティアが、淡々と言った。
「自分がどうなっても構わないとさえ思う、自暴自棄な状態だった私に、フェリクスは優しく寄り添い、守ってくれました。そんな彼の人柄に、私は惹かれたのだと思います」
初めて耳にする、セレスティアの過去の一端に、ナタンは驚いた。
常に優しく穏やかな彼女が、そのような辛い状況を潜り抜けてきたというのは、ナタンから見れば思いもかけないことだった。
「フェリクスだって、察しの良くないところがあったり、意外にやきもち焼きだったりしますけど、私には、そういうところも彼の一部だと思えば可愛く見えます」
そう言って、セレスティアは恥ずかしそうに微笑んだ。
「……察しが良くないのは自覚しているが」
フェリクスも、珍しく、ほんの少しだが顔を赤らめている。
「必ずしも『完璧』である必要はないということだな。俺も、苦手なことはセレスティアに助けてもらう場面が多いし。……リリエも、君に好意を持っていると思うぞ。流石に、俺でも分かる」
突然、リリエの名前を出されて、ナタンは座ったまま飛び上がりそうになった。
「リリエのことが気になっているから、さっきのような質問をしたのでしょう?」
にこにこしながら、セレスティアが言った。
「あ……いや、まぁ、そうだけどさ」
ナタンは恥ずかしくなって頭を掻いた。
「リリエは、俺のことを『信用できる』と言ってくれたけど、俺は彼女の『信用』を本当に受け止められるのかって考えたら、ちょっと不安になったというか……」
「ナタンは、真面目なのですね。そういうところも、好感を持てると思いますよ」
セレスティアが、優しく微笑んで言った。
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