素顔

 別のテーブルの客に呼ばれたカヤが去ってから、ナタンは口を開いた。

「ちょっと、いいかな」

 彼は、リリエに顔を向けた。

「あの、その……一度、眼鏡を外して顔を見せてもらえないかな?」

「え……」

 ナタンの言葉に、リリエは顏を強張らせた。

「変な意味じゃなくて、何かあった時、顔をよく知らないとかだと困ると思ってさ」

 リリエの反応に、ナタンは戸惑った。

 何かあった際に顔も知らないのでは不都合がある、というのは事実だが、彼としては、単純に、リリエの素顔を見てみたいという気持ちもあった。

 ――もしかして、モントリヒトでは、人前で眼鏡を外すのは恥ずかしいことなんだろうか……いやらしい奴と思われてたら嫌だな……

「ど、どうしても駄目なら……仕方ないけど」

「いえ……ナタンさんの、言う通りだと……思います」

 リリエは少しの間ためらう様子を見せていたが、意を決したのか、かけていた瓶底眼鏡を外した。

 そこに現れたのは、東方の血を感じさせる扁桃アーモンド型の大きな目だった。

 彼女は、大きな目を更に見開いて、そのはしばみ色の瞳でナタンを見た後、恥ずかしそうに目を伏せた。

「……かわいい」

 自分が無意識に呟いていたのに気付いて、ナタンは顏が熱くなるのを感じた。

 故郷にいた頃、ナタンにも近付いてくる女性は幾人かいたものの、彼は、それに対して何の感情も抱くことはなかった。女性たちの視線の先にあるのが、自身ではなく「家柄」や「財産」であるのが見え透いていた為だ。

 しかし、素顔を露わにしたリリエを前にして、ナタンは感じたことのない胸苦しさを覚えていた。

 そんな彼をよそに、リリエが泣きそうな顔で呟いた。

「あ、あの、気を遣わなくて大丈夫……です! じ、自分が綺麗じゃないこと、分かっているので……」

「気なんか遣ってないよ?! 綺麗じゃないどころか、子猫みたいで、すごく可愛いよ?」

 気の利いた言葉の出ない自分を、ナタンは歯痒く思った。

「ナタンは、お世辞が言えるほど器用ではないだろう。今の言葉も、本心だと思うぞ」

 助け船のつもりか、フェリクスが口を挟んだ。

「そうですよ。それに、誰が見ても、リリエは可愛いですよ」

 セレスティアも、そう言って優しく微笑んだ。

 リリエは少しの間、俯いていたが、やがて顔を上げると、眼鏡をかけ直した。 

「あ……眼鏡、かけちゃうんだ」

「すみません……これが無いと、何も見えないので」

 残念そうに呟いたナタンに、リリエは微かにではあるが、照れたような笑顔を見せた。

「学生の頃……ずっと、周りの人から、不器量で勉強しか取り柄がないって言われていて……ナタンさんのように言ってくれた人は、初めてです」

 その言葉に、ナタンは、これまでのリリエの態度に納得すると共に、彼女を傷つけてきたであろう者たちへの憤りを覚えた。

「ひどいなぁ。君が可愛くて頭もいいから、嫉妬されたんだろうけど。俺の目の前にいたら、そんな奴、ぶっ飛ばしてやるのに」

「だ、駄目です……ナタンさんも『異能いのう』だから、相手の人が死んでしまいます」

「君は優しいな……でも、これからは、君が傷つけられないように、俺が守るよ」

 ナタンが言うと、リリエは、耳まで赤くなった。

 そんな二人を、フェリクスとセレスティアが、にこにこしながら眺めていた。

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