出自

「……ナタンさん、『白米ハクマイ』が好きなんですか?」

 鶏肉の照り焼きと大盛りの白米ハクマイを夢中で食べていたナタンは、突然リリエに話しかけられて、危うく喉を詰まらせるところだった。

 慌てて茶を一口飲むと、ナタンは答えた。

「うん。何にでも合うし、お腹も膨れるからね。ここで食べるまでは、知らなかったんだけど」

「い……いきなり変なことを言って、すみません。亡くなった父が……時々『白米ハクマイ』を取り寄せて食べていたのを、思い出したので」

 リリエは、そう言って、申し訳なさそうに肩をすぼめた。

「あなたは、ヤシマの方だと思っていたのですが、違うのですか?」

 セレスティアが口を開いた。

「俺も、リリエはヤシマ出身かと思っていた。君の姓である『ワタツミ』は、ヤシマの言葉で『海』を意味するものだ」

 そう言って、フェリクスもリリエに視線を向けた。

「……父方の祖父が、ヤシマの人だそうです。私は……生まれも育ちもモントリヒトで、ヤシマには行ったことがありません……」

 リリエは、少し緊張した様子で言うと、俯いた。

「モントリヒトなら、クラージュの隣国だな」

 ナタンは、彼女の言葉に目を丸くした。

 モントリヒト共和国は、ナタンの故郷であるクラージュ共和国の隣国で、友好国の一つでもある。

 学問と魔法技術の国としても名を馳せており、モントリヒトで開発される、あらゆる魔法技術は、近隣の国々の発展にも貢献していた。

「モントリヒトで、大学を飛び級で卒業してるなんて、リリエは凄いなぁ。そういえば、俺の下の兄貴が短期留学してたけど、周りの学生がみな優秀で気後れしたって言ってたよ」

 ナタンの無邪気な褒め言葉に、リリエは顔を赤らめた。

「いえ、あの、わ、私は……勉強しか、できないから……」

「それは君の長所には違いないし、褒められた時は、『ありがとう』と言っておけばいいと思うぞ」

 フェリクスが、そう言って微笑むと、リリエは、ますます真っ赤になった。

 ――彼女は優秀なのに、何故どこか自信無さげなんだろう。いや、奥ゆかしいってやつなんだろうか。

 ナタンは首を傾げつつも、恥ずかしがるリリエを可愛らしいと思って見ている自分に気付き、戸惑いを覚えた。

 と、宿の主人の妻である黒髪の女が、空いた皿を下げに来た。

 それを見たリリエが、おずおずと彼女に声をかけた。

「あ、あの、お尋ねしたいことが、あるのですが」

「何だい?」

「『帝都跡』の最新の地図が手に入るところを、ご存知では、ありませんか?」

「なら、うちの向かいにある店に行くといいよ。あと、私のことは、カヤと呼んでおくれ」

 黒髪の女――カヤは、快活に答えた、

「そこは消耗品なんかを扱う店だけど、発掘人ディガーたちから情報を集めて、地図も作ってるんだ。多少、値は張っても、情報はマメに更新してるし信頼度も高いよ」

「無法地帯だと思ったけど、けっこう至れり尽くせりなところもあるんだなぁ」

 ナタンは、感心した。

「昔は、みんな何でも自力でやってたものさ。駆け出し発掘人ディガーの頃に欲しいと思っていたものを、今、自分で作っている連中も多いよ。『預り所』なんかも、そうだね」

「なるほど、後進の為に環境を整えようという者たちもいるのか」

 フェリクスが、カヤの言葉に頷いた。

「食事が済んだら、街を見に行かないか。俺も、『無法の街ここ』についての情報は、護衛していた隊商からの伝聞が主で、実際に見ていない部分の方が多いからな」

「それは、いい考えですね」

 フェリクスの提案に、セレスティアも賛成した。

「見物に行くのはいいけど、歩くのは『表通り』だけにしといたほうがいいよ」

 カヤが、真面目な顔で言った。

「この街は、どこの国の管理も受けてないから、明るいところを歩けなくなった連中の吹き溜まりでもあるんだ。特に、街の奥へ行ってはいけないよ」

 その言葉に、ナタンは、リリエを攫おうとしていた男たちを思い出した。彼らも、「街の奥」の住人なのだろう。

「お、お気遣い、ありがとうございます……」

「なに、あんたたちみたいな、金払いも行儀もいいお客さんがいなくなると困るからね」

 頭を下げるリリエに、カヤが微笑みかけた。

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