躍る子熊亭

「……そうだ。リリエが資産家ってことは、知られないようにしたほうがいいよね」

「もちろん、俺は客の情報を軽々しく喋るようなことはしないから安心してくれ。その代わりと言っちゃあナンだが、装備品なんかの買い物は、うちを贔屓にしてもらえると助かるね。勉強させてもらうぜ?」

 ナタンの言葉に、「武器屋」の店主が片目をつぶってみせた。

「……そう、ですよね。私……そういうことに、あまり気が回らなくて。お気遣いいただいて、すみません」

 リリエも、納得した様子で頷いた。

「ナタンも、色々分かってきたようだな」

 フェリクスが、少し驚いた様子で言った。

「あぁ、『無法の街ここ』じゃ、故郷にいた頃みたいに、何も考えず過ごしてたら命が危ないって、よく分かったからね」

 ナタンは、照れ臭くなって頭を掻いた。


 「武器屋」を出たナタンたちは、今後の予定について話し合おうと、昨夜から利用していた食堂兼宿屋「おど子熊こぐま亭」へ戻った。

 時刻は既に正午を回っていた為、一行は昼食を摂ることにした。

「あの……費用は気にせず、好きなものを食べてください……ね?」

 案内されたテーブルに着いて、リリエが言った。

「やった! もちろん、その分は働くから、何でも言ってくれよ」

 ナタンが嬉しそうに言うと、リリエは頬を染めた。

 二人の様子を、フェリクスとセレスティアが、微笑ましいとでも言いたげに眺めている。

「やぁ、お客さんたち、丁度いいところに来たね」

 注文を済ませたところで、宿の主人が、ナタンたちのテーブルに近付いてきた。

「ついさっき、四人まで泊まれる部屋が空いたんだ。今日もウチに泊まるなら、そっちに移動できるけど、どうだい? 二人用の部屋に三人だと、やはり窮屈だろ?」

「そうだね……リリエは、泊まるところ、決まってるの?」

 宿の主人の言葉を聞いたナタンは、リリエに目をやった。

「ま、まだ……です。『無法の街ここ』には、着いたばかり……なので」

「それなら、探索に向けての作戦会議とかもあるし、俺たちと一緒のほうが、便利じゃないかな。いや、一人の方がよければ、無理強いはしないけど」

「いえ……私も、皆さんと一緒のほうが……安心だと、思います」

 リリエが、何度も頷きながら答えた。

「フェリクスたちも、構わないだろ?」

「無論、問題ないぞ」

「私も、女の子が増えて嬉しいです」

 ナタンの言葉にフェリクスとセレスティアが同意したのを確認すると、宿の主人は、分かったと言って厨房に向かった。

「ところで、リリエは『無法の街ここ』に着いたばかりと言ったが、荷物などは、どうしているんだ? 研究目的であれば、調査や分析に使う機材なども必要ではないのか?」

 フェリクスが、リリエに問いかけた。

「……ま、街の入り口近くに『ケルラの預かり所』というところがあったので……そこに預けてきたのですが」

 リリエの答えを聞いて、ナタンも、街に入った際に「預かり所」の看板を見たことを思い出した。今になって思えば、直ぐに使わない物だけでも預けておいたなら、或いは素寒貧すかんぴんになることもなかったかもしれないが、後の祭りだった。

 一方、リリエは少し不安そうな表情を見せた。彼女も、このような街では何があるか分からないという危機感を持ち始めたのかもしれない。

 と、一同の頭上から、やや低めな女の声が降ってきた。

「ケルラのところなら、心配ないよ」

 ナタンは声の主に目をやった。

 そこには、黒髪をひっつめに結った女の店員が、料理を盛りつけた皿を手にして立っていた。年の頃は三十代半ばといったところだろうか。きびきびした動作と、引き締まった体つきが印象的だ。

「はい、鶏肉の照り焼きと『白米ハクマイ』大盛りね」

 目の前に置かれた料理から湯気と共に立ち昇る、醤油ショウユと砂糖の織り成す甘辛く香ばしい匂いに、ナタンは目を輝かせた。

「これも旨そうだなぁ。『白米ハクマイ』に合いそうだ」

「うちの人の料理は何でも美味しいから、沢山食べておくれよ。私も、胃袋を掴まれたクチさ」

 言って、黒髪の女は、フフと笑った。どうやら、彼女は宿の主人の妻らしい。

 他の料理も手際よく並べながら、黒髪の女が言った。

「『ケルラの預かり所』は、料金は高めに感じるかもしれないけど、『異能いのう』の見張り役を何人も置いてるし、『無法の街ここ』じゃ、安全性は一番だからね」

「やはり、地元の方は詳しいのですね」

 セレスティアが、感心したように目を見開いた。

「というか、ケルラも、『武器屋』の親父も、うちの人も、発掘人ディガ―時代の仲間なんだ。みんな、そこそこ儲けて、今は『無法の街ここ』で趣味と実益を兼ねた店をやっているというところさ」

 そういう生き方もあるのか――何とはなしにナタンが将来について考えていると、カウンターの向こうから、宿の主人が顔を出した。

「次の料理、上がってるよ」

 はいよ、と返事をして、黒髪の女は別のテーブルへ料理を運びに行った。

「うちの嫁さん、ああ見えて、現役時代は『帝都跡』の『化け物』どもをカタナでバサバサ斬りまくってたんだ。俺は、もっぱら守ってもらってたほうだけどね。今でも、彼女がいる御蔭おかげで、うちの店には変な客が寄り付かないから助かってるよ。用心棒代も浮くって訳さ」

 言って、宿の主人は肉付きのよい顎を撫でつつ、妻に柔和な眼差しを向けた。

「一目見て、感じの良い店だとは思ったが、この店の治安の良さには、それなりの理由があったのか」

 なるほどと、フェリクスが頷いた。

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